第47話 砂の泉狂騒曲
最初は小さな変化だった。
普段、代り映えしないアリバス商会の販売リストに二つの商品が加わった。余談だが、アリバス商会の販売リストは定期的に更新されて購買部と商会の店頭に張り出されている。基本的にはカテゴリごとに分類されてアルファベット順に並んで記載されているが、新規に追加されたアイテムは全体を刷り直すまでは先頭に書かれることになる。その際、手抜き感を払拭するために『新商品入荷』といった目立つロゴが添えられることがある。
アリバス商会の販売リストに追加されたのは、フラスコと砂袋だった。
フラスコは実はアリバス商会としては初めて取り扱う品だった。フラスコはポーションの入れ物としてダンジョン活動での必需品だ。そのため生徒会が管理し、卒業生から回収して新入生に支給するという配給制になっている。割れたガラスは修復魔法を使える者に有償で修理を依頼する。卒業時には、高等部入学時のダンジョン登録と同時に支給される数と同数のフラスコを返納する必要があるから、小遣い稼ぎに自前のフラスコを他人に譲り渡すこともできない。見慣れた器具であるにもかかわらず、商会で取り扱うことのなかった商品なのである。
今回、冶金鍛造研究部でガラスの製造を始めたことで、今まで出来なかった新品のフラスコの流通が始まることになった。新規に製造されたフラスコには製造者を示す刻印が刻まれ、生徒会が管理するフラスコと区別されることとなった。
新しいフラスコは一個一個が手作りである。従来品よりも品質が多少劣るものであったが、まだまだ数が少なくプレミアム価格が付けられていた。これには、冶金鍛造研究部が初期投資を回収するためにダメ元で商会に高値を吹っ掛けたところ、初期ロットを言い値で一括買い上げされたという裏話があったりする。
普通の生徒は自前のフラスコを持っているので、馬鹿げた価格のフラスコを見てどんな好事家が買うんだと笑った。
その隣に並んだ砂袋もまたアリバス商会が初めて取り扱う商品だった。商会としては誰が何の目的で使用するのか想定できず、文字通り二束三文の売り値をつけた。商会に持ち込んだ生徒もたまたま見つけた採取場所から持てるだけ持って帰ってはみたものの、その価値を計りかねていて商会が付ける安い買い値に文句を言いつつも反論できずに売り払った。
この二つの新商品が同日に店頭に並んだのはいわば偶然だった。どちらも役に立たなそうな物なのに、片やそうそう手が出ない高価格、片やその値段でも食指が動かない低価格をつけられていたことから、生徒たちの間で悪い意味で話題になった。
ところが翌日、高値のほうのフラスコがすぐさま完売となった。購入者は魔法薬研究所である。名称は研究所となっているが生徒による部活動の一つだ。魔術部、魔法陣研究部と並んで三大魔術部と呼ばれている。もとは魔術部一つだったが人数と備品が増えたために部室を別々に確保する目的で分割・設立されたという経緯がある。部活のカテゴリとしては戦闘系に分類されている。
魔法薬研究所は様々な効果を持つ魔法薬を開発・製造しており、製品の売り上げもかなりの額に上る。魔法薬研究所としては調合や実験用にフラスコはいくつあっても足りないくらいなので、その潤沢な資金に物を言わせて高額な商品を大人買いしたのだとみんなが納得した。生徒たちはぼろ儲けしたであろうアリバス商会をいつものように妬ましく思った。
さらに翌日、砂袋が品切れになった。そこそこ数が出ていたが、一気に無くなったところを見ると誰かが買い占めたらしい。
次の日、少しだけ入荷したフラスコがまたすぐに当日完売になった。同時に、砂袋の価格が倍に跳ね上がった。こちらは入荷していないにもかかわらず、だ。
馬鹿にしていたり妬んでいたりした生徒たちが、何かが起きている雰囲気を感じてざわつき始めた。
そのころになって一つの噂が立った。
『第三階層で砂が採取できる部屋があるらしい』
噂はあっという間に生徒たちの間に広まった。数名の生徒が噂を確かめると言って第三階層へ降り、多数の砂袋を抱えてアリバス商会に駆け込んだ。そのころには砂袋の価格は元の十倍に高騰していた。労せずして多額のエストを手に入れた者が吹聴して回ったため、多くの生徒が砂の泉に殺到した。
さて、ガラスの製造は冶金鍛造研究部の工房が行っているわけで、人手も設備もそうすぐには増やせない。いくら製品が高値で売れるといっても、一日に作れる量は制限される。つまり、消費する原料の量は一定以上必要がない。最初は知られていなかった砂の価値が理解されて価格はある程度高止まりしたが、消費量が限られる以上アリバス商会としては一定量以上の買取はできない。商会から突っぱねられた生徒たちは工房に買取を依頼しに殺到した。だが、工房としては必要な原料は調達済みで、無限に持ち込まれる砂を買い取る道理はなかった。また、個人的にフラスコを売ってくれという依頼もあとを絶たなかった。転売して儲けるつもりなのが丸わかりで、職人肌の工房ではそのような客を毛嫌いしていたから全て断った。
せっかく取りに行った砂が文字通りただの場所ふさぎになってしまい、儲け話に乗り遅れた生徒たちはなんとかしてくれと生徒会に訴えた。騒ぎがここまで大きくなると生徒会としても無視できなくなる。やけくそになった生徒が廊下のそこここに砂袋を放置して捨て去る事例が出始め、ついに見かねた生徒会が砂の売買を統制することを通達した。
・当面は砂の買取を購買部で取り仕切ること。
・ガラス製品の注文および販売は購買部が仲介すること。
・ガラス製品取引に関するトラブルは生徒会が調停を行うこと。
購買部での砂の買取価格は比較的高値に設定された。そのため、不満を抱えていた生徒たちの多くはストレージを圧迫していた砂袋を購買部で売り払い、満足して帰っていった。廊下に放置されていた砂袋も、投棄した本人かそれともゴミ漁りをする者の仕業かはわからないが、きれいに持ち去られて元通りになった。
砂の泉を巡る狂騒は盛り上がったのと同じくらい早く収まっていった。
***
「コウタ、すまん」
「いえ、テツさんが謝ることじゃないですよ」
「だが、せっかくコウタが見つけた砂の供給源だってのに……」
「あとをつけられていたとしても気づかなかったボクの落ち度ですし、隠し部屋の入り口は開けっ放しになっていたから、いずれ誰かが気づいたはずです」
「それにしたって先行者利得ってもんがあるじゃないか。第一発見者が儲からないっていうのが、俺は何とも納得がいかない」
「お金儲けのためにダンジョン探索をしているわけじゃないですし、ボクとしては隠し部屋を自力で開放したことが十分得難い経験になりましたよ」
「だが称号も得られていないんだろう?」
あの部屋は最初に開けた誰かが開放者の称号を持って行ったみたいで、ボクのステータス画面には新しい称号が現れなかった。そのことはちょっとは残念に思うけれど。
「先行者利得っていうんなら、砂を通じてテツさんとの縁が出来ましたから。今の工房に、個人的にガラス製品の製作依頼が出来るのはボクとひよりくらいなんでしょう?それってとってもお得なことですよね」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。おう、おまえさんたちの頼みはいつだって最優先で聞いてやるぜ。任せとけ!」
どん、と胸を叩くテツさんがとても頼もしかった。




