第43話 ファンデルワールスの靴
「はい、コウくん。これどうぞ」
ひよりから修理の終わったブーツを受け取る。
「ありがとう。でも、連日鍛冶屋さんのほうで忙しそうにしてたはずなのに、いつの間に修理したの?」
「昨日だよ。ロウ引きした糸が手に入ったんだー」
「それで作業台に靴と糸をセットして帰ったら、朝には出来ていたってことね」
「むー、わたしだって手作業でできるよー。でもせっかく便利な魔法道具があるんだから使わないともったいないじゃない」
まあ、魔法道具同好会なんだから魔法道具を使ってなんぼというところはあるよね。
「ごめんごめん。ありがとう、ひより。ありがとう、妖精さん。大事に使うね」
ブーツを捧げ持って中空に祈るように目を閉じる。
「よろしい」
ひよりが腰に手を当てて胸を張る。
ははー、とひよりにもお辞儀をしてブーツを履く。
とんとん、と軽くジャンプ。うん、ぴったりだ。
ステータス画面を開いてエストをチャージする。ついでに魔法陣の音声操作を登録する。
「リップ」
浮遊術式が起動して体が持ち上がる。
「スティック」
今度は靴底がべったりと床に張り付く。
「リリース」
床に張り付いていた感触がなくなり、元に戻る。
「うん、いい感じ。これでちょっと練習してみよう」
「ねえねえ、なんで『リップ』なの?」
「んとね、辞書で『反発』って調べたら『repel』って出たから言いやすいように短縮して『リップ』にしたんだよ」
「ふーん、『反発』なんだ」
「そ。『浮遊』だと床から浮く上方向のイメージだけど、ボクはこの靴で壁を走ったり天井を蹴ったりして三次元機動をしようと思ってるんだ。だから浮くって言うより反発するイメージがいいかなって。『stick』は糊みたいに貼り付くイメージ。魔法ってイメージが大事でしょ?」
「そういう意味だったのね。『リップ・スティック』って口紅のことだから、なんでかなーって思ったんだけど」
「へ?」
し、知らなかったーっ。
「べべべ別に女装趣味があるとか、そういうことじゃないからね」
手をぶんぶん振って否定する。
「わかってるよー。コウくん、どっちかっていうと女の子っぽいもの、嫌いだもんね。似合うのに」
うぐー、失敗。でもなあ、他の言葉だとしっくりこないんだよね。戦闘中に使うことを考慮して発音しやすいよう選んだんだし……
口の中でつぶやくくらいの声量でも魔法陣が反応することがわかったので、とりあえずこのまま行くことにした。
さて、気を取り直して試運転である。
さっそくブーツを履いて第二階層に来た。通路の直線が続く箇所で普通のダッシュと付着術式ありのダッシュを比べてみる。
「付着」
かかとを浮かし、設置面積を少なくした構えから床を蹴る。ぐっと踏ん張った右足がすべらずに全身のバネの力をすべて床に伝える。それが反発力となって勢いよく体を前に押し出す。
一歩一歩、床を蹴る力が無駄なくボクを加速する感覚。
あっという間にトップスピードに乗る。ダンジョンの通路は短距離走をするには短すぎる。すぐに曲がり角の壁が迫ってくる。前進する力を緩めると同時に、今度は前に出した足を踏ん張る形で自分のスピードを殺す。
「ととと、解除」
最後は止まりきる前に付着術式を解除。ずざざー。
ふう。思った以上だよ。ひより。
付着術式ありのほうが全身の力が必要な感じで負荷が大きい。でもその力がすべて突進力になる感覚で、付着術式ありとなしでは短距離ダッシュの鋭さが全然違う。スパイクシューズで走る感覚に近いのかな。
ダンジョンの中は基本、石畳だし、滑りやすいというほどではなくても踏ん張るのには向いていない。重い剣戟を交わす戦闘ではそのほうが足運びが楽なので困らないけど、ボクみたいなフットワークで勝負する軽量級のファイターには不利だ。でもこの靴があれば、蝶のように舞い蜂のように刺す戦闘が可能になるだろう。ボクシングの試合で靴底に松脂を付けるのと同じ効果だ。
「陸上部の人たちが喜びそうだね」
昨日見たフィールド競技の部員達の姿が頭に浮かぶ。
お次は床のトラップの飛び越えに挑戦。
たったったっ、
「付着、っつ」
おっとと。
踏み切りの一歩だけ付着術式でグリップを増そうとしたけど、つんのめりそうになって失敗する。助走をつける場合、途中で付着術式をオンにするのは案外タイミングが難しい。早すぎるとスタミナを持っていかれてジャンプが弱くなるし、遅すぎるとブレーキになってスピードを殺してしまいかねない。
いろいろ試してみて、走り高跳びのように三歩まえくらいから付着術式を起動してグリップ力を上げ、同時に踏ん張る力を増やして一気に加速するのが一番しっくりくることがわかった。
「やっぱり運動競技の動きって、意味があるんだなあ」
当たり前のことだけど、体験して納得した。うん、これからもどんどん技術を盗んでいこう。
だいぶコツをつかんできたので、一つのトラップで立ち止まらずに次のポイントまで走りつつ、連続して罠を回避しながら進んでいく。
走るスピードを活かして床を大きく飛び越え、壁を蹴って三角飛びで障害物を回避する。
天井側に罠のあるエリアではパルクールで学んだ動きでジャンプと同時に体を小さく丸めて横回転し、低い姿勢で切り抜ける。
最後は直角に曲がる通路でコーナーの壁を走って速度を落とさず駆け抜けた。
「ひゅー、最短記録、大幅更新!」
タイムは測ってないけど。
さて、ここからは戦闘もある第三階層だ。ちょっと落ち着いていこう。




