第127話 シン・ダンジョン
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「今年は会議が多いわねぇ。書記をやんなくって良かったわ」
唐金が笠取をからかうように言った。
笠取本人は、そうですか?と涼しい顔で聞き流している。
本来は多くて年に一回、下手をすると二、三年に一度の開催になることもある三頭会議だが、今年は二学期だけですでに三回目の開催である。唐金の感想ももっともだ。とはいえ、真剣な会議の場でこの軽口はいただけない。
「高揚する気持ちは分かるが、会議に集中しろ、唐金」
「はあい」
唐金がしまった、というふうにおどけた表情で舌を出す。全然反省していないようだが、まあいいだろう。
「さて、今回の遠征とその周辺の事象について総括を行う」
うむ、と松下紺気がうなずく。
「アンノウン討伐隊の損耗が想定以上に大きく残務処理に時間がかかっているため、調査隊のほうの結果の精査および報告はアカデミーに委託したので後ほどそちらから報告してもらう」 松下紺気部活連頭取の言葉を受けてアカデミー代表金今眞秀がうなずく。
「まず、アンノウン討伐だが、今までにない異種魔物同士の高度な戦術連携があった。とくに立体的な運用は我々も経験が少なく、甚大な損耗の主要因となっている」
「事前に聞いていたが、やはり信じがたいな。正体不明の魔物とはいえ、それほど高度な作戦立案能力があるとは。アンノウンの正体は判明したのか?」
「状況証拠でしかないが、剣術部一年生の時任正宗が本体だったようだ。もっとも、直接対峙した俺でも同一人物とは思えないほど違ったが」
「そのように変貌したのはやはり正体不明の能力強化剤の作用でしょうかね。興味深いな」
金今眞秀がただの興味本位といった表情で嘯く。
何を白々しい。おまえが提供したのだろう、と肩を揺さぶりたくなる気持ちをぐっとこらえる。
「アンノウンは知能はともかく、対峙した感触としては完全に魔物だった。時任がアンノウンだったというより、何か得体の知れないものの影響下にあって操られているような印象を受けたな」
「それは、どのような理由からそのようにとらえたのでしょうか?」
「魔物の連携があまりに取れ過ぎていた。合図や号令といったものもなく、全体が息を合わせて動いていたとしか思えん。そのうえ、討伐後にアンノウンからだけなく参戦していた魔物すべてから怨念のようなオーラが立ち昇って合流するように見える現象が観測されている」
一同がうーむと考えこむ。このときばかりは金今眞秀も本心から謎としてとらえているようだった。
「オーラに関してはもう一つ、報告がある」
一息置いて、松下紺気が議題を続ける。
「アンノウン戦終了後に集まったオーラがフロアボスに吸収され影響を与えた可能性がある」
「なに!?」
「生徒会に確認した情報では第四階層のフロアボスはミノタウロス一体のはずだった。が、実際の戦闘では開始時にゴブリン・サージェントとコボルト・トルーパーからなる複数の部隊を召喚してる。ミノタウロス本体も想定より巨大化していた上に、俺の大剣で傷一つつかない体になっていた」
「眷属召喚に攻撃無効化ですって?あなたが装備していたのは例の大剣だったんでしょう?」
信じられないという表情で唐金が身を乗り出す。
私も同じ心境だ。
眷属召喚はともかく、松下紺気が帯刀を許されている大剣は戦闘部門統括者の権威を示す神器級の武器だ。正しく闘気を制御できる者ならば切れない物はない。そして、松下紺気はこの半世紀で最高との呼び声も高い傑物だ。
「そうだ。切れぬものなどない攻撃力を持つ刃を弾き返した。アレは物理的な防御云々ではない、別のレベルの現象だと考えている。例えるなら神々の加護と言ったところか」
「……まじか」
唐金がどさりと椅子にもたれかかる。
「半世紀ぶりの邂逅とはいえ、フロアボスの性質が過去の記録とこれほどかけ離れているとは考え難い。可能性があるとしたら、アンノウンのオーラによる能力強化ではないかと推測している」
「それほどの能力を示したフロアボスをどうやって倒したのですか?聞く限りでは今の我々の戦力では手も足も出ないと思うのですが」
「うむ……」
金今眞秀の問いに、珍しく松下紺気が言いよどむ。
「石出魔術部部長の新魔術と魔法道具同好会姫野荒太の貢献、と言ったところか……」
「新魔術?」
「なぜここでコウタくんが出てくるの?」
金今眞秀の疑問と唐金美宮の問いかけがかぶる。
「新魔術の詳細は近々魔術部が技術発表会を開催するらしいから、そこで確認してくれ。俺が理解したのは、魔法と物理学を融合させた魔術で従来とは一線を画すエネルギー規模とエスト効率を両立した新体系の魔術らしいということだけだ」
「なかなか興味深いですね」
「だが、自分で試してみようとはするなよ。泉副部長曰く、一度起動したらキャンセルは不可能な魔術らしい。破壊力を直接体験した身としては、この魔術は使用禁止にすべきだと会長に進言するつもりだ」
なかなか恐ろしいことを言う。忘れずに使用禁止通達を出すこととしよう。
「ふむ、残念ですね」
金今眞秀があっさりと引き下がる。だが本当にあきらめたのかどうか、怪しいものだ。
「そっちはいいとして、コウタくんはどこに絡んでくるの?」
「彼は、まあ、直接絡んできた、かな」
「直接?だって彼は討伐隊に招集していないでしょう?ルール違反をして勝手についてきたってこと?」
「いや、本人にその気はなかったらしい。曰く、一種の事故だったそうだ」
「事故?」
唐金が、ますますわからないという表情になる。
「ああ。部室で女神像の修復をしていたら突然魔法陣が起動して最奥の間に続く回廊に転送されたそうだ」
「なっ……」
「……そういえば、古い記録にありましたね。第一階層からは第五階層までの各エリアにつながる転送の魔法陣が存在した、と。封印派の最初の工作で失われて、いまとなってはどこにあったのかも記録が残っていないのですが」
笠取書記が取っていた議事録から顔を上げて記憶を探るような表情で発言した。
「女神像ならさもありなん、というところですね。何といっても民衆を見守る慈愛の象徴ですから」
「コウタくんが戦闘に参加したくだりは分かったわ。でもフロアボスには攻撃が効かないんでしょう?もともと攻撃力が低くて討伐隊候補から外されたコウタくんがどうやって戦闘に貢献できたの?」
「理由は分からん。だが、姫野荒太のパーティメンバーの攻撃だけが、ミノタウロスにダメージを与えることができた」
「そんなばかな……」
「俺もそう思う。だが、事実だ。姫野が現れる前から、弓術部の一矢七香の弓だけがミノタウロスに効いていた。姫野が到着したとき、いっしょに現れた白井あかりが見慣れないアーマースーツで肉弾戦を挑んでミノタウロスを跪かせた。身動きが取れないようにしたミノタウロスの背後に登って姫野荒太が止めを刺したんだ」
「えっ?でも武器は効かないってさっき……」
「ああ、そのはずだ。だが姫野の日本刀がミノタウロスに止めを刺したのも事実だ。なんせ、その次の瞬間にミノタウロスが消え去ったのだからな」
「日本刀?」
「冶金鍛造研究部が製作した最新の武器だ」
「そんなものをどうして彼が?」
「日本刀の原料は砂鉄だ。砂の鉱脈を見つけたのは姫野荒太。そのつながりで鈴懸が融通したらしい」
「なら、その日本刀に特殊な力が?」
松下紺気が疲れたように首を振る。
「わからん。最初は矢傷なら負わせることができるのかと思ったが、石出の物理法則を利用した新魔術と白井の空手技を見て打撃系の攻撃が有効なのだろうと考えた。だが姫野の日本刀は何の抵抗もなくミノタウロスの延髄を切り裂いた。正直、俺には訳が分からんよ。試してみようにもフロアボスは扉が開いた以上もうリスポーンはしないから確かめようもない」
全員が再び考えこんで沈黙が降りる。
「わからないことを考えても仕方あるまい。今日の議題は今後のダンジョン運営についての方針決定だ。仔細はのちほど分析チームを編成して当たることとしよう」
「わかりました」
「では、次は私の報告ですね。調査隊の結果を端的に報告します。第四階層の新エリアは基本的には素材供給のためのフィールドと考えてよいでしょう。アンノウンを除いて脅威度が最も高い魔物はセイレーンですが、こちらは個体数が限られており生息域も地底湖の小島に限定されます。セイレーンからは羽根が、水中のマーマンからは鱗が、水牛からは角と皮革が回収できます。木もいくつか発見されております。再生速度の確認は必要ですが、今後の木材資源の供給源として期待できます。金属鉱脈は鉄、ニッケル、銅が確認できました。今後の調査でさらに多数の鉱物が発見できるでしょう。総じて、古い文献にあるとおり、第四階層の奥のエリアは優秀な素材提供場であることが確認できました」
「うむ。これで今まで取り組めなかった生産系の事業にも光明が見えるな。ありがたい」
「至れり尽くせりって感じだね。今後のダンジョン運営を考えるとありがたい話だけど」
「本来、ダンジョンは第四階層までが準備用のエリアだからな。ダンジョンを作った大魔導士オビエス様のお考え通りなのだろう」
「第五階層が開かれた今、我々の世代はようやく本当のダンジョンへの挑戦を開始できるようになったということでしょうね」
珍しく金今眞秀が感傷的な言葉を吐く。
「第五階層以降は今までのぬるいダンジョンとはわけが違うだろう。入場者の制限が必要ではないか?」
「そうだな。今後は挑戦者の実力に応じたクラス分けによる入場エリアの制限が必要かもしれん」
「じゃあさ、冒険者ギルドでも作っちゃう?」
「美宮さん、ゲームじゃないんですから」
「いいじゃん、購買部なんて堅苦しい名前やめてさ、ギルガメッシュの酒場とかさ、そういう感じでやろうよ」
唐金がはしゃいだ様子で話すのを笠取がたしなめている。
「まずは第四階層新規エリアを一般生徒に開放する。第五階層は剣術部主導の調査隊による先行調査を行って脅威度を評価してから開放の是非を検討しよう」
「うむ」「わかりました」
いよいよ、ダンジョン運営組織たる我らの本懐への挑戦が開始される。
ダンジョン最下層の第十二階層踏破。
その先に待っている運命を考えると、私にはまだ十分な覚悟が出来ているとは言えない。
こんなに早く今日が来るとは考えていなかった。
或いは自分の世代でも真のダンジョンの姿を見ることはないだろうとさえ心のどこかで考えていたらしい。
姫野荒太。
彼が来てからすべてが動き出した。
彼は私を運命へと導く星なのだろうか。
真っ暗な夜の荒海に揉まれ、言うことを聞かない舵にしがみ付きながら、嵐の雲間に覗くシリウスの煌めきを必死に追いかける幻視を見た気がした。
エピローグに当たるお話です。
我らのダンジョンの秘密をいろいろと知っていそうな面々による反省会の模様を描いてみました。
ダンジョンの成り立ちに関する伏線を残した形になっていますが、これはもともとこの連載が本当の意味でのダンジョン攻略のプロローグとなる物語として位置付けて書いたためです。
真ダンジョン攻略物語は生徒会長が主人公になるという裏設定があったりします。
長かった連載(自分的には)もいよいよ次のお話で最終回です。
第五階層以降の深層の物語を書く機会があるかどうかは分かりませんが、ここまで読んでいただいた記念としてでも、ブックマークを残しておいていただけると幸いです。




