第125話 フロアボス
松下紺気は冗談みたいな太さの棍棒を振りかざすミノタウロスに臆することなく踏み込んでいった。
ゴッ
コンクリートの柱ですら一撃で粉砕できそうな打ち下ろしを盾で受ける。背骨を軋ませる圧力に耐え、反撃に出る。
「おうっ」
ミノタウロスの脇腹にがつんと叩きつけた大剣が固いゴムをハンマーで殴ったような不思議な感触を伝えてくる。
「刃が通らない?」
硬い鎧や分厚い鱗でなければありえないような手ごたえに戸惑いを隠せない。確かにこの剣は鋭利に切り裂くものではなく重量で叩き切る特性の武器だが、切創を作れないような鈍らではない。
ミノタウロスの棍棒を盾でいなし、腕や脚や胴体に何度も切りつけて確信する。
こいつは何らかの魔法的な力で護られている。
自分の攻撃ではダメージが一切通らないのだ。
単純な防御力という話ではなく、もっと神話的な加護を持っているように思える。
「くっ」
手詰まりに苦戦して押し込まれそうになったとき、鋭い矢音がミノタウロスの眼球を貫いた。
「グオォォォォッ」
松下は顔面を抑えて身もだえするミノタウロスからいったん下がって距離を取った。
左手で押さえた眼窩から黒い矢が突き出ている。
矢が通った?眼は無防備ということか?
二の矢がミノタウロスの左腕に突き立つ。
「ガァァァッ」
ミノタウロスは苛立ちを露わにした咆哮を上げて自分に傷を負わせた現況を探すように周囲をねめつけている。
矢に耐性がないのか?彼女の攻撃だけが通る理由はなんだ?
松下は敵の動きが止まったタイミングで一旦引いて素早く周囲の状況を確認しながら、忙しく思考を巡らせた。
作戦通り敵の連携を防いで少しずつ敵戦力を削っている。潰した敵ユニットはないが、トータルでの損耗は敵のほうが多い。
だが、肝心のボスに通常のダメージが通らない。理由が分からない以上、弓矢の攻撃だけではジリ貧だ。
数を減らした敵部隊が一旦ボスの周囲に集まって体制を立て直そうとする動きを見せている。
どうする?潮時か?
撤退の二文字が松下の脳裏を過る。
そのとき、石出部長の声がかかった。
「松下君。準備が出来ました。強烈なのをぶちかましますので下がってください」
わくわくと目を輝かせている石出部長の表情を見て、あれはやばいことを企んでいる顔だと悟る。
こんな密閉空間でどんな魔術を使う気だ?
やめろと言いたいところだが、ブレイクスルーが必要な状況であることも確かだ。
一か八か石出にかけてみるか。
「部長、やめてください。こんなところで使ったら爆風に巻き込まれて全滅ですよ?」
「障壁魔法でどこまで耐えられるかはやってみないと分からないじゃないか」
「だからって今試すことではないでしょう」
身内が止めるほどの魔術か。嫌な予感しかしないが、面白い。こんなギリギリの状況は久しぶりだ。
松下紺気は狼のような笑みを浮かべて叫んだ。
「やれっ、石出。全員防御態勢!障壁魔法を出せる者は展開しろ!」
松下紺気自身は最前部に立って大剣を床に突き立て、盾を構えて呪文を唱え始める。
「カラウ メ デーヴァ ヴァラドゥ……」
詠唱同時に丸盾の周辺部が輝きを増していく。やがて獅子の紋章を中心に円形の光の盾が形成される。
「ふっふっふ。ついに私の究極の魔法が解き放たれるときが来ましたね。いまより魔術の歴史が変わる。さあ、世界に目覚めの一撃を!」
石出部長の足元には先ほどの円筒が立てた状態で置かれていた。円筒の内側では何やらものすごい勢いで物体が動いているようで、天頂部と底部に描かれた魔法陣が視認できない速さで明滅を繰り返している。
「大袈裟だなあ。やれやれ、どうなっても知りませんよ」
そういいながら泉副部長がいつの間にかストレージから出した改良型サークル・ランチャーを構える。
魔法道具同好会が試作したものよりもかなり洗練されて近未来的なフォルムになっている。ブラスター風の筐体の先を魔物が集まる中心部の天井部分に向けた。
照準を示す赤い光点が瞬く。
泉副部長がサークル・ランチャーの引き金を引く。
光点を中心に直径十メートルの魔法陣が天井に映し出される。
「『メテオ・ストライク』ッ!」
ばっばっばっと無駄にポーズを極めた石出部長が最後に天井の魔法陣を指さして音声コマンドをコールする。
次の瞬間、天井の魔法陣の中心から、わずか六センチメートルほどの鉄球が姿を現した。
だが、その姿を肉眼で確認できる者は居ない。
石出部長が持ち込んだ真空の円筒ガラスの中で五分前から自由落下を開始した鉄球は、円筒ガラスの底に描かれた転送魔法陣から落ちて円筒の天井の魔法陣から現れる事象を繰り返し、毎秒九コンマ八メートルずつ加速し続けている。
石出部長が円筒の底部と大部屋の天井をつなぐ転送陣を起動したとき、鉄球はすでに秒速三キロメートルに達していた。
バンッという鉄球が大気にぶつかることで生じた衝撃波が松下紺気に届くより早く、十分に加速された重さ一キログラムの鉄球がラスボスの立つ場所を直撃する。
カッ
絶対破壊不能オブジェクトたるダンジョンの床が、鉄球の持つすべての運動エネルギーを反発して返す。だが鉄球は自分の慣性に縛られて跳ね返ることを許されない。結果、鉄球は瞬時に押しつぶされて形を失い、灼熱の蒸気となってTNT火薬一キログラムに相当するエネルギーをその場に解放した。
その名の通り、隕石落下の爆裂が周囲に暴力的な破壊を行使する。
高温と衝撃波とわずかに含まれる溶けた鉄のしずくが爆心地にいた魔物たちを穿つ。
ずたずたに切り裂かれた魔物たちは吹き飛ぶまもなく光の破片となって砕け散った。
松下紺気が展開した障壁魔法はその爆発的なエネルギーの奔流にも揺らぐことなく耐えきった。さすがというほかはない。だが、自分の背後にいる者を守るべく直立して障壁を支えた松下紺気は無事ではすまず、一瞬の抵抗ののちに両腕を折られ、顔面を強打して打ち倒された。
「いやー、すごい威力だね。あれ?耳がおかしいな。衝撃波で鼓膜がやられちゃったかな?ははは」
「はははじゃないですよ。もう。被害甚大じゃないですか。これじゃ敵も味方も見境なしのジェノサイドですよ」
「ううむ。あと十メートルは離れたほうがいいね」
互いの声が聞こえているのかいないのか、部屋の隅まで転がされた魔術部部長と副部長の間では掛け合い漫才が繰り広げられていた。
「やったか?」
ここにコウタが居たら絶対に突っ込まれるようなセリフをヨギが吐く。ヒコが盾を斜めにして床に伏せ、その陰でヨギをかばってくれたのだ。
「うげっ」
取り巻きどもは殲滅できた。が、ミノタウロスはまだ生きていた。
左腕がもげ、あごから下は砕けてぶら下がっている。血まみれのスプラッタな姿にもかかわらず、その瞳は怒りを倍加させて赤黒く光っていた。
「どんだけ頑丈なんだよ……」
「下がれ、こいつには剣の攻撃が効かない」
「部長も下がってください。その腕では防御も難しいでしょう」
剣術部副部長が松下紺気に駆け寄って支える。
「すまないねぇ。私も魔力切れだ。攻撃の手段もネタ切れだよ」
石出部長が満足そうな顔で無責任な台詞を吐く。
「ひええ、どうすんだよこれ?」
ヨギが今にも逃げ出しそうな弱音を吐く。しかしその手はせわしなく動いていて、倒れた松下部長に代わって前線に立ちタンク役を務めようとするヒコに障壁魔法の支援を送っている。
「サンキュー、ヨギ。部長、負傷者の撤退が完了するまで持ちこたえます」
「すまん」
そのとき、大部屋の入り口から小柄な影が二つ、駆け込んできた。
「お待たせ!」
「コウタ!どうしてここに?」
「詳しい話はあと。ヨギは下がって防御支援を」
「なに床にへばってんのよ。わたしたちが突っ込むから、あんたは後ろからわたしを守りなさい!」
「は、はいぃぃ」




