第124話 最奥の間
「軍隊式に言えば全滅と言っていい損害ですね」
ポーションを飲んで回復待ちのメンバーたちの様子を眺めながら副部長がつぶやく。
アンノウンとの戦いで討伐部隊の三割がリスポーンとなってこの場から退場した。残った人員もポーションでは十分に癒えないほどの重傷者やエストが枯渇して戦えなくなった魔術師が多く含まれている。さらに、この先で予想される屋内戦闘ではあまり有効に機能しないことから弓術部のメンバーが撤退することが決まっており、戦力は当初の七割減というところだろうか。単純な数字で言えば壊滅という表現が正しいだろう。
当初のアンノウン討伐という目的は一応達成した。
だが。と松下紺気は考える。
扉の奥に響き渡った咆哮が気になる。
松下はダンジョン運営組織の一翼の長としてこの扉の先に何があるのか知っていた。それは生徒会と一部の限られた生徒にのみ知らされているこのダンジョンの秘密の一端でもある。
この先にはこの階層で最も強力な魔物が置かれているはずだ。通常の迷路内を徘徊する魔物とは違い、フロアの最後の扉を守る存在として配置されている。その魔物を倒すことで初めて最後の扉が開くのだ。
あの瘴気が魔物を凶暴化させる働きがあるとしたら、ただでさえ最強の魔物の脅威度がワンランク上がっている可能性がある。その可能性に気づいてしまった以上、ダンジョン運営組織の戦闘部門を統括する部活連頭取として、状況確認をしないまま帰還することはできない。
あの瘴気は周囲の瘴気も集めて増大していたように見える。あれは今回だけの現象だろうか?それとも、日々斃される魔物の怨念が集積され続けるのだろうか?このまま放置することが脅威度の増大につながるとしたら……。
できるだけ早い時点でフロアボスを排除しなければならない。
「少し席を外す。部隊の再編を進めておいてくれ」
「わかりました」
副部長に声を掛け、松下は人目を避けた岩陰で通信用の魔法道具を起動した。
「松下だ」
「あら、早かったわね。終わったの?」
通信の相手は生徒会の唐金だ。
「アンノウン討伐は決着がついた。だがひとつ気になることがある」
松下は自分の懸念事項を伝えた。通信の先には生徒会長も控えており、簡易的なトップメンバーの協議を行った。
「では了解した。部隊再編が完了後、速やかにボス部屋に突入する」
「ああ、武運を祈る」
生徒会長の了承は得た。現場の最高責任者として冷静にリスクを見極めるよう努めているが、松下紺気とて手ごわい敵との戦闘に期待する気持ちがないわけではない。思わず獰猛な笑みが漏れそうになる。
生徒会の情報ではフロアボスは棍棒を武器とするミノタウロス一体ということだ。強力とはいえ敵が一体なら残存兵力の二十名で何とかなるだろう。もし無理だと分かったらその時点で撤退を試みる。フロアボス戦が撤退可能なのかどうかは分からないが、ゲームと違って戦闘が終わるまで扉が開かなくなるなどというギミックはないと思いたい。
「松下部長」
「どうだ。再編成は済んだか?」
「はい。剣術部隊が二十名、魔術師が五名、弓兵が一名です。剣術士四、魔術師一の五名を一ユニットとして四小隊編成としています」
「それだと若干名が余るな」
顔ぶれの中には姫野荒太のパーティから召集したメンバーが全員残っていた。やはり封印門を突破したのは運だけではなかったということだ。
「前述の小隊とは別に魔術部の部長が残っています。先の戦闘では魔術師部隊の指揮を執っただけで自分は実戦に参加できていないからといって引かないもので……。申し訳ありません」
話し込んでいる松下部長と剣術部副部長を見つけて石出魔術部部長が会話に割り込んでくる。はらはらした表情の魔術部副部長も一緒だ。
「おいおい、頼むよ松下君。せっかく用意した私の切り札が無駄になってしまうじゃないか」
「石出部長、本当にそれを使う気なんですか?止めたほうがいいと思うんですけど……」
「心配しすぎだ、泉くん。ちゃんと状況を見極めて使用するさ」
「部長が僕を名前で呼ぶときはたいていその気がないときなんですよね。心配だなあ……」
「構わん。何にせよ、やる気があるなら参加してもらおう」
魔術部部長の評判を考えなくもないが、戦力は少しでもほしいところだ。
「さすが、松下君は話が分かるねぇ。さ、魔術具のチェックをしておこう。来たまえ、泉くん」
そういうと石出魔術部部長は直径十五センチほどの透明な円筒を具現化させた。円筒の中には直径六センチメートルほどの鉄球が入っているのが見える。
「ほら、ちんたらしていないで筒の中の気圧をチェックしたまえ。真空でなければ効果が減少するのだからな」
「……はあ、心配だなあ」
泉副部長は気苦労が絶えない表情でぼやきながら後に従って行った。
「いっちゃいましたね……」
「弓兵一名を彼等の護衛につけて後方待機させろ」
「了解しました」
「諸君。連戦で申し訳ないが、この先の部屋にいるであろう敵の威力偵察を行う。戦力は少ないが屋内の戦闘には十分な規模が残ったと判断した。希望しないものは今申し出てくれ」
一呼吸だけおいて、形だけの確認を済ませる。全員参加だ。
「征くぞ!」
「応!」
青銅の扉に両手を当ててぐっと押し開く。
蝶番が軋む音が中の回廊に重々しく響く。
グォォォォォ
遠く回廊の奥から獣じみた咆哮が聞こえる。
歩を進めるうちに、咆哮がどんどん大きく明瞭になってくる。
「なんだか蒸し暑くね?」
端のほうを歩く小隊で過足進がやっぱり帰るんだったとぼやいている。
「ドラゴンの巣穴に入っていくみたいだな」
道場嘉彦が珍しく軽口を返す。
「やめてくれよ。余計に怖くなっちまうじゃんか」
回廊は赤黒い照明に照らされた大部屋で終わっていた。
最奥の間の中心には、全身が鋼の鎧のように盛り上がった筋肉で覆われた巨人がかがみこむような姿勢で討伐隊を待ち構えていた。頭部には湾曲した角が大きく張り出しており、突き出た鼻面からは涎が糸を引いている。半人半牛の魔神がそこに居た。
「ミノタウロス……」
誰かがかすれ声でつぶやいた。
グォォォォォ
巨大な魔物が黒い剛毛を生やした丸太のような両腕を振り上げ咆哮する。
その足元に魔法陣が浮かび上がり何体もの魔物が姿を現した。
「眷属召喚だと?」
聞いていないなどという格好悪い台詞をかろうじて飲み込んだ松下が素早く状況を把握する。
ゴブリン一体とコボルト四体からなるユニットが四小隊。
こちらの構成と合わせてきたということか。
ゴブリンもコボルトも通常のエンカウントで見かける連中と毛色が違う。単体の攻撃力はもちろん、連携や使ってくる武器、スキルも段違いだろうと予測する。
「各小隊、自分の正面の敵ユニットを攻撃目標に設定。連携が取れないよう引き離せ。中央のボスは俺が対応する!」
「「「「了解」」」」
各個撃破は無理だと判断した松下紺気は各班にそれぞれの敵を引き付けて遅滞戦略を取り、相手が連携できないよう戦線を拡散するように指示を出した。自身はフロアボスとの一騎打ちに向かう。
「最初から全開で行く」
大剣を正面に掲げ、身体強化の魔法陣を起動する。丸盾も防御魔法を発動して微光を放っている。
ミノタウロスが再び大音声を轟かせ、戦闘が始まった。




