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第123話 アンノウン

 剣術部部長松下紺気の号令で最前列の剣術部部員が大盾を手に長槍を腰だめに抱え込み、足並みをそろえて前進する。魔術の射程範囲にはまだ遠い。弓は届くが、分厚い皮をまとった水牛相手にどこまで通じるかわからないので様子見としている。

 距離を半ばまで詰めたところで魔物軍が動いた。

 ブォォォ

 地鳴りとも雄叫びともつかない咆哮を上げて水牛が突進を開始する。

 前線を形成する剣術部隊が盾を構えて迎え撃つ姿勢をとった。

「うわっ」「なんだ?」「上から!」

 討伐隊の動きを見透かしたように、両側の崖の上から大量の岩が降り注ぐ。

 水牛の突進に備えた前線部隊は上からの攻撃への対応がワンテンポ遅れてしまう。それが致命傷となった。

「ぎゃっ」「うわ」

 崖の上の茂みから大勢のゴブリンどもが姿を現し、手に持った石や弓で討伐部隊に次々に攻撃を加えていく。

「ゲヒヒッ」「キャッキャッ」

 投石攻撃に数名が倒れ、幾人かが大盾を頭上に構えて防御する。

 上に気を取られた前線部隊を今度は正面から水牛の突進が襲いかかる。

「がっ」「ぐわっ」「ぎゃーっ」

 跳ね飛ばされ、踏みつけられ、角に突き上げられて戦列が崩壊する。何人もの部員が巨獣の猛攻に踏みにじられていった。

「いかん、水牛の突進を止めろ!」

「「「アース・ピラー」」」

 魔術師部隊がいくつもの土柱を屹立させて直線的に走れないように峡谷を区切る。生き残った剣術部隊は土柱に背中を預け、盾を掲げて上からの攻撃を防いでいる。魔術師部隊も各個にストーンバレットの弾幕を張ってゴブリンどもを牽制する。

 態勢を立て直した剣術部隊が、土柱に身を隠しながら一頭の水牛に複数人で突きかかっていく。

 水牛の最初の一頭を倒した時点で、討伐部隊の実に二割の戦力が失われていた。


「崖上のゴブリンを掃討する。ストーンランス準備。剣術部隊は後退!」

 魔術師部隊が崖の壁面に展開し、岩に手を当てて構える。

「「「ストーン・ランス」」」

 崖上の茂みを貫き、何本もの岩のつららが水平に突き出す。

「ギャア」「グエッ」

 ゴブリンたちの悲鳴が峡谷に木霊する。左右の崖から突き出した岩に隠れ場所を追い出されたアンノウンの伏兵たちが、あるものは貫かれ、あるものは崖から突き落とされ斃れていく。

 渓谷を屋根のように覆った岩のつららはすぐに崩壊し、岩雪崩となって峡谷を埋め尽くす。

「ブギャア」「ヴモォォ」

 突き出した岩のつららにしぶとくしがみ付いていたゴブリンが落下する岩に挟まれて消える。崖下にいた水牛は岩雪崩の質量に押しつぶされて動かなくなった。

「やったか」

 魔術の行使に合わせて一旦退却した剣術部隊が戦果を確認するために前進を再開する。が、魔物の軍隊に与えた大打撃を喜ぶ暇もなく、下卑た悲鳴が谷に響き渡り、剣術部隊は再び足を止めた。

「キャーッ」「キィィッ」

 木々の背後に隠れていたセイレーンたちが一斉に姿を現す。

「一、二、三、四体……」

 多くはないが、侮れない脅威だ。

 大きく輪を描いた死の影が、一斉に急降下し鋭い鉤爪で魔術師部隊に襲い掛かる。

「くっ、『ストーン・バレット』」「ぐえっ」「うわぁぁぁ」

 魔術師部隊が身を守りながら繰り出す散発的な攻撃魔術をセイレーンどもは素早く身をひるがえしてかわしていく。防御力の低い魔術師は黒曜石の鋭さを持った鉤爪がかすっただけでも大きなダメージをくらい、戦線離脱を余儀なくされる。

「低い位置の射撃は味方にあたる危険があるわ。面で狙って斉射よ」

 一矢七香の声が動き回る標的に翻弄されている射手に目標を与える。

「打ち方用意、放て!」

 一斉に放たれた矢が渓谷の中空を埋め尽くす。

「ギャーッ」「ヒィィーッ」

 攻撃態勢に入っていたセイレーンが躱しきれない矢襖やぶすまを浴びてことごとく撃ち落されていく。その中を、一体のセイレーンが急上昇して逃げだす。

「逃がすわけないでしょう!」

 一矢七香の怒声が響く。

 ヒュォォ

 ひと際鋭い矢音を鳴らして黒い矢が上昇するセイレーンを追う。

 かはっ

 後頭部に命中した黒矢が喉を突き破り口から突き出す。

 セイレーンは悲鳴にならない吐息を漏らし、墜落する前に絶命していた。


 上空の脅威が払拭されると、剣術部隊が槍を逆手に持ち瓦礫の隙間に突き刺して回った。埋もれて身動きが取れなくなっている水牛や辛うじて難を逃れて隙間で息をひそめているゴブリンに一体ずつとどめを刺していく。

 そこに、アンノウンが襲いかかった。

 グォォォォォ

 巨大な戦斧を振り回し、敵も味方も関係なく瓦礫ごと吹き飛ばしていく。

 ガハハハ

 嗤っている。

 眼には狂気の炎を宿し、肉体からは赤黒い負のオーラを吹き出して暴れまわる。

 ガキンッ

「そこまでにしてもらおう。ここから先には行かせん」

 暴風のような戦斧の旋回を松下紺気の盾が受け止めていた。

 背後の部隊を守るように構えたそれは、一般の部員が持つ大盾ではなく丸盾だ。周辺部には絡み合う植物のような紋様が刻まれ、中心部には獅子のような神獣の姿が描かれている。その盾には物理防御強化の魔法効果がかけられているようだった。

 ニンゲンフゼイガ、コシャクナ

 アンノウンは松下紺気を敵と見定め、さらに回転を上げて次々と戦斧の斬撃を叩きつける。

「むっ?」

 その斬撃のすべてを盾で受けていた松下紺気が、一歩後退させられていた。

 ハハハ、ヨワイナ。ドウシタ、サガッタゾ

 アンノウンがさらに回転数を上げてくる。

 すさまじい連撃の嵐に自分も本気にならざるを得ないと松下紺気は判断した。

 単純な受けから盾による捌きの動作が加わる。強打を逸らされ躱されて、リズムが乱れた一瞬に、松下紺気が身体強化を発動する。

 それまで腰にいていた大剣を抜き、アンノウンに突き付ける。

 その刀身は大剣と呼ぶに相応しい厚みを持ち、いかなるものも叩き切る硬さを備えていた。

「ここからは本気で相手をしよう」

 フハハハ、ワラワセルナ

 大きく振りかぶったアンノウンの一撃を盾で弾き返す。

 がら空きになった頸に大剣の突きが伸びる。

 ムンッ

 弾かれた戦斧を腕力で無理やり引き戻し、大剣を叩き落とす。

 弾かれた反動をそのまま速度に乗せて松下紺気の体が一回転し、大剣の横薙ぎがアンノウンの頸を再度襲う。

 ムッ

 戦斧を盾のように側面に掲げ、頸への斬撃を止める。

 戦斧に弾かれた大剣が松下紺気の頭上を回って反対の側面からアンノウンの頸に襲いかかる。

 チッ

 何度防いでも的確に頸を狙って迫ってくる刃に、アンノウンがたまらず大きく飛びのく。

 そこに滑るような足さばきで松下紺気が間合いを詰める。

 ビクッ

 正面から突き込まれる大剣の切っ先を両手持ちした戦斧で受ける。

 グウ

 受け止めた衝撃で手が痺れ、次の攻撃へと移行できない。そうこうするうちに相手からはすぐに次の斬撃が迫ってくる。

 ガッ、ゴッ、ガキン

 数合切り結ぶうちに、気づけばアンノウンは大きく後退を強いられていた。

 コンナ、コンナコトハユルセナイ

 オレハ、ニンゲンヲコエタンダ

 雄叫びを上げ、防御を無視して全力の一撃を放たんとしたそのとき、大きく振りかぶる動作の動き出しを見逃さず、松下の大剣がアンノウンの戦斧を下から上へと跳ね飛ばす。

 戦斧は主の手を離れ、くるくると回転して背後の地面に突き立った。

 武器をもぎ取られ、無防備になったアンノウンの体を松下の返す刀が上段から一気に切り下げた。

 オォォォォォ

 フザケルナァ、オレハ、コンナトコロデハ……

 オレハ、ナンノタメニ……

 断末魔の声を上げるアンノウンの体から、赤黒い瘴気が盛り上がる。

 膝をつき崩れ落ちる体から抜け出るように沸き上がった瘴気は鬼のような形を取った。

「なんだ?」

 確かに倒したはずのアンノウンと同等のプレッシャーを瘴気から感じ取った松下は剣を構えたまま周囲を警戒した。

 瓦礫の中からいくつもの瘴気が鬼火のように立ち上がり、瘴気の本体へと吸い込まれていく。

 アオウゥゥゥ

 膨らんだ瘴気は狂気じみた叫びをあげて、背後の青銅の扉の中へと吸い込まれて消えた。

 その直後、扉の奥から地鳴りのような咆哮が響く。

「今のはなんだ?嫌な予感がする……」

 瘴気の去った地面には時任正宗の裸体が横たわっていた。

 が、すぐに光のパーティクルとなって砕け散った。

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