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第121話 刀鍛冶

 ***


 カン、カカン、カン

 リズミカルな槌音のそばで魔高炉が灼熱の舌をチロチロと躍らせている。

 火箸を持つ手首を返して赤熱している鋼を裏返す。

 カン、カカン、カン。カン、カカン、カン

 俺が打ち下ろす小槌こづちのあとを寸分たがわず荷重系魔法『鉄槌』の追撃が炸裂する。

 熟練した鍛冶師が複数人でこなす工程を魔法で補助できるのは正直助かる。

 テコ棒の先に取り付けられた鋼を魔高炉へ突っ込み、左足のつま先で床に置かれたペダルを踏み魔高炉の温度を上げる。

 先ほどまで舐めるように伸びていた炎が竜の息吹のようにいきり立ち、白熱の光が髪の毛を焦がすほどにたたきつけてくる。網膜に直接焼きつくような光に思わず目をすがめる。が、ここで目を逸らすわけにはいかない。魔高炉の放つ炎の色と赤熱する鋼の色を睨みつつ、視覚だけで最適な温度とタイミングを測るのだ。それでも魔高炉の温度制御は魔法陣に組み込まれ機能で正確に制御されているから、ふいごを手で押し引きする労力が要らないぶん刀鍛冶のシロウト同然の俺には大助かりだ。

 魔高炉から出した鋼はバチバチと火花を吐き出している。それを何度も叩いて伸ばしては折り返し、また熱して叩くを繰り返す。

「見てろよ、姐さん。今度こそ合格と言わせてやる」

 ただ日本刀を造りたいという俺の夢を、あの一年坊主が現実にしてくれた。

 そして実際に玉鋼を打ってみて分かったことがある。いいものを作りたいという思いだけでは足りないのだ。

 このひと振りはコウタに使ってもらいたい。

 ヤツの挑戦の助けになる武器を俺が打つ。

 いいじゃないか。面白い。

 思わずにやける表情のまま、その想いを込めて小槌を振り下ろした。


 数日後、俺は魔工部の部室を訪れ、鍛治屋敷部長を呼び出した。

「姐さん、見てもらえますか」

 彼女はその姓が示す通り何代も続く刀鍛冶の家系だ。一般学生では知り得ない本物の鍛冶師の技を身に着けており、俺たちは敬意を持って姐さんとか姐御と呼んでいる。本人は嫌そうにしているが、師匠と呼ばれるよりはと半ばあきらめているようだ。

「ほほう、ついに『火造り』が終わったか」

「はい。まだまだ拙い技ではありますが、いま俺にできる精一杯のものが出来たと思います」

 工房に戻り、数日かけてようやく納得のいく出来に仕上がった刀身を姐さんに見せる。刀身は四十センチメートルほどの脇差だ。きちんと仕上げるには今はこのサイズが精一杯だ。

「うむ、いいだろう」

「合格ですか?本当に?」

「ギリギリ及第点というところだが、初めての作品しては悪くないだろう」

「じゃあ……」

「ああ、約束通り、『焼き入れ』を見せてやる。ただし、おまえが刀を打ってよい場所はこのダンジョンの中だけだ。外で我が家の技術を使うことも語ることも許さん」

「もちろんです、姐さん」

 日本刀の出来は最後の焼き入れで大きく変わる。刃文や反りを入れる一発勝負の工程だ。必要な材料の配合も、水に入れるタイミングや温度管理も各々の刀鍛冶師の秘伝とされている。普通は弟子入りもしていないシロウトに教えるものではない。けれど、このダンジョンの中でしか使えない魔高炉や様々な魔法を駆使する方法なら、外の世界での再現は難しいだろうということで特別に伝授してくれる約束を得た。とはいえ、原材料が揃わない状況では絵に描いた餅に過ぎなかった。

 だが何という幸運。俺は在学中に十分な量の砂鉄を手に入れ、玉鋼の精製に成功した。それもこれも、コウタが見つけてくれた砂の鉱脈のおかげだ。

「手順は説明するが、実演はこの一回だけだ。いいか、しっかりと見て盗め」

「わかってます」

「では、参る」


 ***


「テツさんからの呼び出しって珍しいですね。もうつるはしが完成したんですか?」

「おう、コウタ、来たか。つるはしはまだなんだ。期待させちまってすまないな」

「いえ。いいんです。新エリアはまだ生徒会の封鎖が続いてますからね」

 でもつるはしが出来たんじゃなければどんな用なんだろう?

「ちと、こいつの製作にかかりっきりでな」

 テツさんがカウンターの上に黒鞘拵くろさやこしらえの短めの刀をコトリと置いた。

「これは?」

「覚えているか?おまえさんが初めてウチに来たときのこと」

「えーと、大型ナイフをお勧めしてくれたんでしたっけ。あれ、いまも使っていますよ」

「そうだな。おまえさんは新しい武器が欲しいと言ったが、俺はたいしたものも用意してやれなかった……」

 そんなことないですよ、と言いかけるボクを手で制してテツさんが話を続ける。

「あのとき、刀が欲しいというおまえさんに俺はハッとしたよ。いつの間にか目標をあきらめていたことに気づかされたんだ」

「それは何というか、すみませんでした……」

「コウタが謝ることじゃない。おまえはあきらめて停滞していた俺たちの目を覚めさせてくれた。次々と俺たちに夢をもたらしてくれたんだ。前にも言ったが、俺たち生産系部活の連中はおまえに感謝してもしきれないんだよ」

「そんな大袈裟な」

 ボク自身は自分のやりたいことをやっていただけだし、たまたま幸運が重なったっていうだけなんだけどな。なんだかこんなに感謝されると居心地悪くてお尻がムズムズするよ。

「いや、おまえが成し遂げたことは大したことだ。これがその証拠だ」

 そういってテツさんがカウンターに置いた刀を持ち上げ、ゆっくりと鞘から抜き出す。

「すごい……」

 姿を現したのは白銀の刃を持つ日本刀だった。

 いつも使っている大型ナイフやショートソードとは明らかに一線を画す輝きを放っている。

 磨き抜かれた刀身は鏡のように滑らかで周りの背景を映しこんでいる。そのせいでまるで透明なのではと錯覚するほどだ。それでいて冷たい清流のような瑞々《みずみず》しさを感じる。

「これがおまえの働きの集大成だ。この刀をおまえさんに使ってもらいたい」

「えっ?これをボクに?」

 戸惑うボクにテツさんがうなずく。

「でもでも、確かに鉱脈を見つけたのはボクだけど、作ったのはテツさんでしょう?ボクだけの働きっていうわけじゃないと思うんですけど……」

「まあそう気負うなって。俺はもうダンジョンの下層に行く気はないし、せっかく作ったんだからコウタに使ってほしいっていうだけのことだ。もちろん、お代は要らない」

「こんなすごいものをタダで?ますます受け取るわけには……」

「これは俺の刀鍛冶としての初めての作品だ。見かけはそれなりに仕上がったと思うが、使い勝手や耐久性については未知数だ。悪くすると不良品かもしれん。そんなものを金を取って売るわけにはいかないだろう?」

「じゃあ、モニタ使用ってことで……」

 テツさんは首を振る。

「いや、おまえさんにもらってほしい。もちろん使用感や不具合については教えてほしいが、俺の夢を叶えてくれたコウタに持っていてほしいんだ。もちろん、卒業後の扱いはおまえの好きにしていいぞ。たとえ性能が不十分でも、商会に売りつければ高値で買い取ってくれそうだしな。なんてったって、このダンジョンで史上初めて製作された日本刀なんだからな。がははは」

「そんな、ますます受け取れないよー」

「いいから、持って行け。申し訳ないって思うならもっといろんなものを見つけて持ってこい。楽しみにしているからよ」

 テツさんはボクに日本刀を押し付けると肩をバシーンと叩いた。

「うわっとと」

 勢いあまって体がくるりと半回転し、カウンターに背を向けてしまう。

「さあ、行った、行った。こっちも忙しいんだ。つるはしが出来上がったらまた呼んでやるから、それまでにせいぜいエストを稼いできな」

「ありがとうございます、テツさん。大事に使いますね」

「ああ、期待してるぜ」

 テツさんに背中を押されて、ボクは鍛冶屋をあとにした。


『ウチの学校にはダンジョンがある』の連載を始めるときに、約一か月半分の原稿を書き溜めてから公開を開始しました。連載期間を通じてだいたいその週に公開する分とほぼ同量を書き足すことができて、何とか自分で決めた定期連載の日程を守ってきました。

 が、11月に別のお話の構想を練っていたりして本編の執筆が滞ったこともあり、徐々にストックを食いつぶし、とうとうこの投稿で執筆分のストックがゼロになりました。ひぃぃ。

 だけど、完結までの残り話数分の下書きは出来ています。今週はなんとか自転車操業で乗り切りたいと思います。

 あと三話。次の日曜日公開分で完結予定です。

 エタらず何とか半年間走り抜けられそうです。

 これも皆様が刻んでくれたPV数のおかげです。ありがとう。

 さあ、ラストスパート、がんばるぞい。

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