第117話 魔工部と魔法陣研究部と魔法生物研究所
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「それで、これが魔法道具同好会からの提供品か」
「はい。武器は専門外だからこちらで役立ててほしいと」
私の目の前にはねじくれた太い柄に醜い瘤が付いた棒が置かれている。
『ロッド・オブ・ファイアボール』
棒の上に浮かぶネームタグが妖しい輝きを放っている。
初めて見るマジックアイテムだ。もちろん、炎魔法を放つゴブリン・メイジのことは聞いている。だが、その武器がドロップしたという話は古今東西耳にしたことがない。生徒会の秘匿する情報にはあるのかも知れないが……。
「先方の要求は?」
「中に仕込まれた魔法陣を解析してほしいと。そしてその技術をできれば公開してほしいと言っておりました」
フッ、なんとも太っ腹なことだ。このロッド一本で一財産作れるほどの値が付くだろう。それを無償で提供するとはな。
「これを持ち込んだのは琴浦ひよりだな?」
「はい。ですが、パーティメンバー全員で決めたと言っておりました」
高値で取引したなら分解して仕組みを解析するのはためらわれるだろう。無償の提供だからこそ、魔工部の矜持に掛けてこれをそのまま使用したり転売するわけにはいかない。さらに解析にかかる費用がどれだけ高くつこうと、こちらで持つしかない。無償公開すら絶対条件ではないのだ。我々としてもこれで引き下がるわけにはいかない。
マジックアイテム作成技術の向上のためにはこれ以上ない提案だと感心する。
だが、あの子にはそんな計算すらないのだろうな。純粋に、ただマジックアイテムの仕組みを知りたい、自分で作りたいという欲求に従ったまでのことだろう。
「なんとも純真で、欲深いことだ」
それを良しとする仲間にも恵まれているということか。私の仲間たちも決して劣るものではないが、その心意気に少々嫉妬したくなるものだな。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや。すぐにこのロッドの解析に取り掛かってくれ。炎魔法の再現が可能になれば、魔工技術は飛躍的に進歩することになるだろう。時代が変わるぞ!」
「イエス、マム」「わかりました、姐御」
……ただ一点、私の呼称についてだけは改善してほしい。指摘してもどうしても聞き入れられないのだ。そんなに強面なのかな、私は。
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「石化魔法の魔法陣だと?」
「はい。確かにそう言っていました」
「効果は確かなのか?」
「本人曰く、真っ暗で何も聞こえなくて身動きも取れないそうです」
「は?どういうことだ。すでに体験した者がいるということか?」
「そうですね。そうじゃないと効果も分からないですし」
「そういうことを言ってるんじゃないっ!せっかくの貴重な体験者をお遣いだけでみすみす帰したのかと言ってるんだ!この、馬鹿者っ!」
「す、すみません~」
ええい、気が利かない連中だ。石化術式だぞ?わかっているのか?知られている中でも致死性においても汎用性においても最高峰に位置する状態異常系魔法の術式だぞ?その重要性が分からないとは凡俗どもめっ!
……いかんいかん、ロールプレイに熱が入りすぎた。自分はただの高校生。卒業したら魔法とは縁のない生活に戻るのだ。今年卒業を控えた身としてはこんな魔法省大臣みたいな考え方は慎まねば。
「……部長、なんだかうんうん唸ってますけどどうしたんですかね?」
「あー、うん、あの人、ときどきああなるからそっとしておいてあげて。しばらくしたら戻ってくるから」
「はーい」
真面目な話、石化魔法を実用化できれば大いに魔法技術の進歩が見込まれるだろう。何せ物質変換を実現する魔法なんだから。石に変えられるなら黄金にも変えられる道理……いやいや、これは錬金術師の思考パターンだ。役回りが違う。はっ、塩に変えられればソドムとゴモラの逸話の再現が?おっと、これは聖職者の領分だな。えーと、石化魔法を扱う上での注意点は、と。そうだ、石化解除だ。解除が出来なければ危険極まりないな。まずはそこから解析を進めよう。石化魔法を攻撃手段として公表するのは対抗魔法が完成してからにしないと危険だ。人間は最悪リスポーンすれば復活できるのだろうが、ダンジョン内のアイテムが石化してしまたら解除方法がないとヤバいことになるな。うん、よし。
「こほん。まずは石化魔法がこの魔法陣で実現するかの再現チェック、その次は石化解除の方法を探ってくれ。いいか、石化解除の方法が確立するまでは生き物や希少価値の高いものを実験対象にしてはならないぞ。くれぐれも注意してくれ」
「わかりました」
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「あ、お帰りなさい、高升部長」
「やあ、いま戻りましたよ、前川君。おや?何を調べているのかな?」
「これですか?さっき部長がいない間に問い合わせがあったんですよ。『魔物図鑑に水牛は載っているか?』って」
「なるほど、ふむふむ。で、その角が水牛のものだと?これはブバルス・アルナの角かな。野生の水牛種だねぇ。魔物図鑑に載っていますよ。現実世界の動物で魔物図鑑に掲載されている数少ない例です」
「さすが部長。角を見ただけで学名まで分かるなんて、引くほど博識ですね」
「いや、なあに、この目で実物を見たことがある動物はすべて覚えているだけですよ」
「……そういうところが変態なんですよ」
「前川君は辛辣だなぁ。はっはっは。で?その方はどういう経緯でこの角を手に入れたか言ってましたか?」
「自分で切り飛ばしたって言っていました。あ、水牛は魔物図鑑に載っていますよって教えてあげたら『そっかぁ、やっぱり珍しくないよね。まあヨギ牛とかって名前がついてもカッコ悪いからいいや』って言ってこの角は記念にと置いていきました。部長に差し上げます。どうぞ」
「ほう、いい方だねぇ。ありがたいなあ……って、自分で切っただって?」
「はい。十頭近くいる敵を千切っては投げ千切っては投げの大活躍だったそうです」
「なにっ。と、いうことは生きている水牛にダンジョンで遭遇したと?」
「はい。そういってました」
「ほかには?他にも何か言っていませんでしたか?」
「あとセイレーンとスライムも倒したって。あ、スライム素材も回収できたから他の素材と一緒にあとでアリバス商会に売りに行くって言ってましたよ。部長、スライム好きみたいだから買いに行けばどうですか?」
「スライムが素材化?どうやって?あれは切っても細かくなるだけで変化がなかったはず……いや、そんなことより水牛にセイレーンですと?見たことのない魔物の素材……。こうしちゃいられません、前川君、エストを貸してくれませんか。売りに出た素材を買い占めます!」
「えーっ、嫌ですよ。この前の立替分もまだ返してくれてないじゃないですか」
「うぐっ。し、仕方がありませんね。この際生徒会に借金を申し込みましょうか。来年度分の部費の前借でもいいです。とにかく資金を集めて素材が他の部の手に渡る前に買い占めねばっ!」
ばたん。
「来年度の部費ってもう前借してなかったっけ?まあ、いっか」
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