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第116話 クラフトマンとコスプレ同好会

「こっちかな……。あった」

 テツさんのちょっとわかりにくい地図を片手に目的地を探す。ドアのネームプレートには手芸部と書かれている。ここにテツさんの知り合いのクラフトマンさんがいるらしい。そっか、革製品専門って言っていたけど、学校の部活での分類的には手芸になるんだね。いかついクラフトマンさんがほかの女子達に混じって肩身が狭い思いをしている絵を想像してちょっとほっこりする。

「こんにちは」

 ノックをしてドアを開けると中は結構広いスペースで、思い思いに作業をしている生徒の姿が見える。ただ、部屋が広いせいか閑散とした雰囲気があった。

「……でね、この際全身フルサイズで作りたいなって思ったわけさ」

「わかるけど、ここで作ったものは外には持ち出せないわよ?」

「そこなんだよねー。あっちじゃお金がかかるし、こっちじゃ出来上がったものをお披露目できないし。あー、せめてこっちで撮影が出来ればなー」

 革エプロンを身に着けた長い黒髪の女子生徒の横で椅子を傾けた横着な姿勢で話し込んでいる子に目が留まる。

 ん?猫耳?

 後ろに組んだ手にも、もこもことした寅縞の肉球付きグローブをはめている。ぎょっとなって思わず見つめてしまった。

「おや?お客さんだ。どちらさん?」

 猫耳コスプレの女子が傾けた椅子で器用にバランスを取ったままこちらを振り向く。

「あのう、魔法道具同好会の姫野です。高木さんって方はいらっしゃいますか?冶金鍛造研究部の鈴懸先輩の紹介で来たんですけど……」

「高木は私です。冶金鍛造研究部って鍛冶屋の?」

 机に向かっていた女子生徒が手にしていた道具を丁寧に置いて、長い髪を乱すことなくさらりと体の向きを変える。

 あれ、やっぱり鍛冶屋っていうほうが通りがいいのね。

 それにしてもクラフトマンっていうからテツ先輩みたいなオッサン的な男子生徒をイメージしていたんだけど、まさかこんな流麗な身ごなしの女子生徒だとは思わなかったよ。ちゃんと下の名前を聞いておくんだった。

「どのようなご用件ですか?」

 すっとそろえた指先がとても決まっている。真似事ではない、本物のお嬢様の動きだ。

「えっと、あの、高木さんは革の防具類を作っているって聞いたんですけど、あってますか?」

「はい。革製の防具やアクセサリを専門にしています。最近は材料も手に入りづらくてあまり大きなものは作れていないですが」

 やっぱりここでも材料不足で満足な活動が行えていないのか。生産系部活は苦しいね。でも『岩壁の門』が開いたし、これからは色々な素材が豊富に手に入るようになるんじゃないかな。

「あのー、それで革製品以外の防具って作れないですか?鉄の鎧とか盾とか……」

「革鎧の一部に鉄板を使用して補強するようなものであれば作れますが、全体が鉄でできたようなものはちょっと。鍛冶屋さんの範疇だと思うのですけれど、テツさんのご紹介ということはあちらでも扱っていないんですね」

「そうなんです。昔はやっていたみたいなんですけど、今は武器や道具のほうばかりだそうです。鉄鉱石の安定供給の目途が立ったんで、武器だけじゃなくて鉄製の防具も手に入るようになればなあと思ったんですけど……」

 高木さんではなく横で聞いていたコスプレ女子の猫耳がぴくっと反応を示す。

「そうなんですか。せっかく素材が手に入るようになるのに残念ですね。でも私も鉄の加工は専門外ですし、どのような武具があるのかも詳しくなくて」

「あーいえ、全部鉄製でなくてもいいんですけどね。面白い新素材も見つかったし」

 コスプレ女子の猫耳がさらにぴくくっと動く。

「鉄より軽くて耐久力もありそうだし、形も自由に作れるからデザインが出来れば作ってくれる人は別で見つけることもできるかもしれないんですけど」

 ガタンッ

 コスプレ女子がいきなり立ち上がってボクの両肩を鷲掴みにする。

「ニャンですとーっ!聞き捨てならにゃいニャ。軽くて丈夫で形が自由な新素材ってなんニャ!」

 痛い痛い、なんでそのグローブ、爪が出てるの?肩に食い込んで痛いって。

実結みゆさん、ちょっと抑えて抑えて」

 高木さんのとりなしでようやくコスプレ女子が手を離してくれる。肩を怒らせてフーッ、フーッと荒い息をしているから興奮が収まったわけではなさそうだ。爪もまだ出ているし。

「新素材っていうのはこれです」

 ことん、とストレージからスライム素材を取り出して机に並べる。

「この状態では半分固まっていて、木べらとかで切り分けできるんです」

 ブロック状の塊から少し切り出して手に取る。口で説明するよりも実践して見せたほうが早いだろう。

「薄く伸ばしたり、丸めたり、指で簡単に成形できます」

 猫耳先輩はボクの説明を聞きながらクンクンとスライム素材の匂いを嗅いでいる。

「無味無臭だニャ」

「食べないでくださいよ。毒性の検査はしていないですから」

「こんな得体の知れないもの、口に入れるワケないニャ。言葉のあやニャ」

 すっかり語尾が猫になっているけど、こっちが素なのだろうか。

「でもこんなにフニャフニャじゃ役に立たないニャ」

「そこでこれの出番です」

 じゃじゃーんとペン型のUVライトを取り出す。ひよりが色々と作っているのを見てボクもやってみたくなったので百均で手に入る一番安いヤツを買ってきたのだ。

 何となく魚の形に仕上げたスライム素材にUVライトをまんべんなく照射する。

「おおぅ、これはまさか……」

 UVライトの照射を途中で止めて、木べらで魚の目をバッテンで刻みえらを描く。続けてUVライトを当てて完全に硬化させる。

「はい、どうぞ」

 高木さんが透明なアクリル板のようになった魚のオブジェを手に取り、照明に透かしたり曲げたり叩いたりする。

「完全に固まっていますね」

「厚さにもよりますが、強靭さは保証します。セイレーンの鉤爪でも傷一つつかなかったんですから」

 ゴトリ、と黒曜石の輝きを放つ鉤爪をテーブルに置く。

 高木さんはしなやかな指で鉤爪を手に取ると、手持ちの革の端切れに押し当ててつぃーっと引いてみせる。端切れはきれいに切り取られる。続いて魚のオブジェにも鉤爪を当てる。つるりと滑る感じで傷はつかない。

「見事ですね。これなら防具の素材として使えます」

 いつの間にかグローブを外した猫耳先輩が魚のオブジェを手に取り曲げたり捻ったり噛んだりして強度を試している。さっき口には入れないって言ってたのにね。

「原材料は何でできているんですか?」

「スライムです」

「げっ」

 はむはむと嚙み心地を試していた猫耳先輩が女子にあるまじき声を上げて魚のオブジェを手放す。

「完全に硬化させればスライムの特性は失われてアクリル樹脂のようになりますので人体には無害ですよ」

「わかっているわよ」

 あ、人語に戻った。猫型グローブを外したからかな?

「魔法道具同好会の姫野くんって言ったっけ?私はコスプレ同好会の江碕えさき実結みゆよ。この素材、あたしに預けてくれない?」

 先ほどまでの猫っぽい仕草とは全く違う、きりっとした真顔でボクを見つめていった。見事なまでの猫かぶりっぷり、って言いたいところだったけれど、うーん残念。『あたし』の発音がちょっと『あちし』になっちゃっていたね。

「実結さんは中世の武器や防具のデザインにはとっても詳しいのですよ。きっと素晴らしい防具を作ってくださいますわ」

「そうよ。なんでも作ってあげるわよぉ。何がいい?鎧?兜?盾?あ、ヒーローマスクなんかもいいわねぇ」

「いえ、そこまで凝ったものでなくていいんです。とりあえず剣術部が使う大盾と、格闘家用のボディアーマーみたいなのをお願いできますか?」

「いいわよ。大盾はまあいいとして、ボディアーマーは採寸した上で作りたいわね。きみの分でいいの?」

「男子用はMサイズとLサイズがあればとりあえずいいかな。あと女子用を一つ作ってほしいんです」

「えっ、なに?女子も居るの?こりゃあ、腕が鳴るわぁ。任せなさい、その子にピッタリのアーマースーツを作ってあげる」

 ただでさえテンションが高かった江碕先輩がさらにハイテンションで鼻歌混じりにプランを練り始めた。

「格闘女子ねぇ。いいじゃない。ロッ〇マン風にしようかしら、それともプラグスーツ風?うーん、この素材、色が付けられるのかな……」

 おーい。だめだ。完全に自分の世界に入ってしまった。

「ごめんなさいね。実結さんはこうなってしまうとなかなか戻ってきてくれないの」

「わかりました。採寸については後日連絡ということで」

 そうして、手持ちのスライム素材と扱い方を書いたひより謹製のマニュアルを置いて手芸部をあとにした。

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