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第113話 水牛の群れ

「なんだよ?なにが起きてんの?」

 ヨギが慌てて振り返る。

 ブモーッ、フゴーッ

 離れていても分かる水牛たちの雄叫びが恐怖に怯えた逃走の悲鳴に塗り替えられていく。

 水煙を上げて暴れる数頭の水牛。その場から離れようと懸命に脚を動かす残りの群れ。

「水煙の中に何か居る」

 ヒコが目を凝らして様子をうかがう。

「水牛が直立している?」

「いや、違う。武器を持っている。水牛とは別の魔物だ」

 三日月の角を生やした巨躯が自分よりも大きい水牛の喉笛を鷲掴みにして掲げている。水牛の口から血の泡がこぼれる。水煙が収まった足元には別の一頭が体を真っ二つに切り裂かれ、川を血で真っ赤に染めている。

「血しぶき?ダンジョンでは流血しないはずじゃ……」

「理由は分からん。だが、俺にも見えている」

 ヒコの返事からボクの見間違え出ないことが分かる。魔物同士の闘争だからだろうか?

「……アンノウン?」

 ヒコの口からつぶやきが漏れる。

「おいおい、のんびり観察している場合じゃないよ。群れがこっちに向かって来てるって!」

 ヨギの焦る声にひよりの小さな悲鳴が混ざる。

 角を生やした巨躯の魔物の体からは毒の霧のような禍々しい赤黒いオーラが立ち昇っているように見える。

 口から泡を吹いて狂ったように走ってくる水牛の眼にも同じ赤黒い光が宿っている。恐怖によって始まった逃走はいつしか憤怒に狂ったバーサーカーの突進へと変わっていた。

 先頭の一頭は群れから体二つ分も抜けて先行している。

 今から逃げても間に合わない。

「くっ」

 ヒコが大盾を正面の地面に突き立てて防御姿勢を取る。だが、普通の牛の二倍はあろうかという巨体の突進に抗えるとは思えない。

「そのまま動かないでっ!」

 キュンと弓を引き絞る音とともに一矢さんの声が飛ぶ。

 パシュッ

 空気を切り裂くような破裂音とともに矢が放たれる。

 直後に、ダンプカーのように突き進んでいた水牛の脚がガクンと折れ、糸が切れたように崩れ落ち、土ぼこりが舞い上がる。斃れた水牛の額からは矢が生えていた。

 後続の水牛が止まり切れずに仲間の死体につまずいて倒れる。

「ブモォォ」

 脚が折れたのだろう、必死に起き上がろうとあがくがうまくいかないようだ。いいぞ、そのままそこに居てくれ。分厚い皮に守られた水牛に対して有効な攻撃手段を持たないボクは手に汗を握って祈ることしかできない。

「ひよりちゃんを連れて退避して。早くッ!」

 白井さんの声にハッと横を見る。ひよりは震える手でメイスを胸の前に構えている。

「こっちだ、ひより。ボクたちじゃ足手まといにしかならない」

 ひよりの手を強く引いて後方の岩陰に向かう。

「こなくそーっ、水辺が得意なのはおまえらだけじゃねぇっ。喰らえっ、『ウォーター・カッター』ッ!」

 ヨギの右手のワンドが指揮棒のように振り回される。その動きに操られるように、川面から複数の円盤が飛び出し、水牛の群れに向かって乱舞する。

「フゴォォーーッ」

 いくつもの角を切り飛ばし、いくつもの傷を水牛たちに刻み込む。だが、怒り狂った群れの突進を止めるには足りない。

「ちぃ、なんて面の皮の厚さだよ。だけど、これならどうだ?『アース・ランス』!」

 いつの間にか左手に握られたもう一本のワンドを下から上に振り上げる。

 地面から電柱ほどの杭が斜めに突き出す。砂袋で作られたサンド・ランスと同じ魔法だが、構成する質量は桁違いだ。

 突然目の前に出現した杭に止まることを知らない狂気に侵された水牛が突進する。

 ゴガッ

 いっトン近い自重と突進力が生んだ運動エネルギーが、尖った杭の先端に集約された反作用となって水牛を貫く。

 串刺しになった先頭の水牛の胴体が後続の突進に挟まれ千切れ飛ぶ。

 次の水牛も肩肉を深くえぐられて横倒しになる。

 玉突き事故の三頭目が盲目的に突っ込むに至り、ついに石杭が折れて砕けた。

「やるじゃん」

 ヒコとあかりが脚を止めた水牛に向かう。

 ヒコが脚を折って動けない水牛の延髄に素早く直剣を突き立て、仕留めていく。

 額から流れる血で視界を遮られたのか、狂ったようにぐるぐると回っている水牛にあかりが的確に突きと蹴りでダメージを与えていく。

「ヤーッ」

 泡を吹きながら荒い息であかりに頭突きをかまそうとした水牛の眉間に、あかりの掌底が突き刺さる。両足でしっかりと大地を掴み、腰、肩、肘を捻りこみながらがっちりと固めた掌底の一撃がカウンターとなって水牛の脳を揺さぶる。残心の構えに戻ったあかりの前に、水牛の巨体がどうと崩れ落ちた。

「一頭、逃したわ」

 感慨に浸る間もなく一矢さんの警戒の声が上がる。

 ヒュオォォと矢音を鳴らして続けざまに矢が放たれた。しかし、尻に何本も矢が命中しているにもかかわらず、アドレナリンで痛みを忘れているのか、水牛は構わずボクとひよりを追いかけてくる。

「そこの裂け目に逃げ込んで!」

 狭い場所に逃げ込めば、肉食動物でもない限り追ってはこないはず。だが、ボクの予想は外れた。

「ブゴォッ、ブゴォッ」

 何かに駆り立てられるように迫ってくる水牛の吐息が狭い通路に響く。

「奥へ」

 裂け目は思ったより広い枝道になっていた。敵の入って来れない狭い場所に隠れて下校時間までやり過ごそうと思ったのに、逆に袋小路に追い詰められてしまった。くそっ。

「コウくん、あれ……」

「なに?」

 後ろを警戒していたボクの袖をひよりが引っぱる。

「こいつは……」

 枝道の中を薄く照らす天然の魔光石の明かりに茶色い半透明の塊が浮かぶ。

「ブゴォォ」

 ボクたちの匂いを嗅ぎつけたのか、水牛の足音が迫ってくる。

「ひより、ここのくぼみに隠れていて」

「でも、コウくんが……」

「大丈夫、作戦があるんだ」

 少し低い位置にあるくぼみに膝を抱えるようにしてひよりが身を隠す。

 ボクは右手に握りこんでいたクナイを腰のベルトに収納して水牛を待ち構える。

「いつでもこい!」

「ゴフッ、ゴフッ」

 涎を垂らした水牛の頭が狭く曲がりくねった通路を抜けて現れる。

 赤黒く光る眼がいまだに狂気に囚われていることを示している。両方の角はヨギの魔術で切り取られていた。これはラッキーかも。少なくとも、腹を角で切り裂かれる心配はない。

「フッ、フッ」

 荒い息に合わせてカッ、カッと蹄が地面を掻く。

「こいッ」

「ブゴォォォッ」

 覚悟を決めて両腕を広げたボクに向かって、水牛が突進してくる。

「『リップ』」

 ガシィィィ

 衝突の瞬間、残った角の根元を掴んで水牛を突進を受け止める。直前に起動した反発術式で足元の摩擦係数はゼロになっている。ボクは受け止めた突進の勢いそのままに滑るように後退する。

 ぐにゃり

 背中が柔らかい感触に包まれる。スライムの柔軟な体組織が水牛の突進の圧力を柔らかく受け止め拡散してくれる。それでも水牛の突進は止まらない。

「ゴボボォ」

 怒りに我を忘れた水牛は、ボクごとスライムの塊に頭から突っ込んだ。

 シュゥゥゥ

 すぐに水牛の皮膚が溶け始める。さすがに違和感に気づいた水牛が脚を止める。

「逃がすかッ!『スティック』!」

 それまで無抵抗で押されるがままになっていたボクの体が地面に縫い付けられたように固定され、後退りしようとした水牛の脚ががくんと止まる。

「グボボボ」

 スライムの中でもがき振りほどこうとする水牛の頭を抱えるようにして渾身の力で抑え込む。ここで逃がすわけにはいかない。すぐそこにひよりが隠れているんだ。手が、顔が、皮膚がヒリヒリと焼けるように痛い。だけどこのくらい我慢できる。

「ブヒィィッ、ブヒィィィ……」

 水牛の悲鳴はすぐに弱くなり、抵抗が無くなる。腕の中の水牛に目をやると、早くも眼球は溶け去り、皮膚が消え肉が溶け、頭骨が露出し始めていた。

 ボクもだいぶ皮膚をやられている。早くスライムから出ないと。

「ぶはっ。ふー、助かったぁ」

 スライムから抜け出して床にへたり込む。

 はあ、はあと荒い息を整えながらひよりの隠れているくぼみに這いよる。

「ひより、無事か?」

「きゃあ、あっちいけー」

 ゴチン。

「あうっ」

 恐怖に目を閉じたままのひよりが投げつけた重い石の塊がおでこを直撃した。

「コウくん?ごめん、大丈夫?」

「イタタタ。平気、平気。でも目から火花が出るって本当なんだね」

 それにしても固い石だ。それに重い。思わず手を伸ばしたボクの視界にアイテム表示のタグがきらめく。

 なんだこれ、鉄鉱石?

「おーい、コウタ、大丈夫かぁ?」

 ヒコを先頭にパーティメンバーが駆けつけてくる。

「ああ、なんとかやっつけたよ。スライムさまさまだね」

 頭から上半身にかけて溶かされた水牛はいくつかのアイテムを残して光のパーティクルとなって霧散していた。

「外もだいたい片付いた。けど、あの謎の魔物がどこにいるかわからない。もうすぐ下校時間だし、ここで時間まで待機したほうがいいな」

「さんせー。もう今日は戦闘は十分だよ」

「まあ、あんたにしてはやったほうじゃない。見直したわよ」

「そんなー。『牛殺し』の白井さんには敵わないっスヨー」

 白井さんの顔がみるみる赤くなる。あれは怒っているのか照れているのか。

「ばかぁーっ、忘れろー!」

「ぷぎゃっ」

 あらら。ヨギは下校時間を待たずにリタイアかも。口は災いの元だよね。くわばらくわばら。


【本日の入手アイテム】

・風切り羽根×6

・黒曜石の爪×1

・水牛の角×3

・水牛の革×2

・水牛の肉×1

・水牛の尾×1

・鉄鉱石

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