第112話 奥へ
第六章開幕!
ついに岩壁の門を抜け、最初の試練であるセイレーンの猛攻を制したコウタ達は、半世紀の間隠されていたダンジョンの奥へと探索を進める。
この先にあるのは果たして……
地底湖の岸辺を左手方向に進む。浜辺にはちょこちょこと動く生物がいくつか生息しているようだけれど、小さくてもどんな危険が潜んでいるかわからないから近寄らないようにしよう、ということになったのだ。
「でもさー、新種の生物は第一発見者に命名権があるんだろ?誰も来たことがないエリアなんだから今なら名付け放題なんじゃね?」
「じゃあ、一人で残っていいわよ。砂浜で戯れながらヨギガニとかヨギミミズとか探したら?」
「見たことない生き物でも、魔物図鑑に載っているものはもう名前があるから調べないとダメだよー。ちゃんと分類して新種の特徴を定義しないと。それを魔法生物研究所に提出して認めてもらえれば、晴れてヨギガニの登録になるんだって」
「うっ。あらためて考えてみるとあんまり旨味がないな。ヘンな生き物に自分の名前がつくのはイヤだし、調べたりレポートを書くなんて面倒くさすぎる」
「でも、誰も見たことがないはずなのに図鑑に載っているだなんて、変だね」
「昔はこのあたりも人が来ていたんだろう。半世紀ほど前にダンジョンに大きな変化があったっていう話だからな。あの門はそのときに封印されたんだろう」
ふうん。誰が何の目的で封印したんだろう。謎は増えるばかりだね。
人を襲うような大型の生き物に出会うことなくしばらく進む。やがて湖に流れ込む川に辿り着いた。
「向こう側には渡れなさそうね」
河口部は葦のような背の高い水草が繁茂している。対岸は見える距離だけれど、水深が深い部分がありそうだし水中にどんな魔物が潜んでいるのかもわからない。逆に言えば、鳥タイプの魔物以外は川を越えてくる心配はなさそうだ。
「ワニとかいるのかな」
「怖いこと言わないでよ」
「川沿いに上流を目指してみよう」
地底湖に比べると多少幅は狭くなったけれど、洞窟の壁と壁の間は大きな空間が広がっていて、その中央あたりを川が流れている。向こう岸の壁がどうなっているかまでは見えないけれど、こちら側の壁には枝道はないようだ。
やがて背の高い水草が減って、視界が開けてきた。遠目でもわかる大きな生き物が群れを成しているのが見える。
「牛かな?」
「水に入っているのも結構いるね」
「オレ知ってる。ヌーってやつだよ。アフリカの野生動物紹介する番組で見たことある」
ヌーか。ヌーねぇ。もっと毛深かった気がするけど。
「アレは水牛ね。牛より体格も角も倍くらい大きいわ」
白井さんがヨギの当て推量を否定する。
確かに、牛の小振りな角とは違い、三日月型に湾曲した大きくて先端が鋭く尖った角を生やしている。
「十頭くらいいるね」
普通の牛でも体重が五百キログラムはあると聞いたことがある。それよりも大きな魔物が十頭。ゴブリン十体とは文字通り桁が違う。水辺に固まっているので離れて通り抜けられなくもないが、開けた土地に遮蔽物はない。見つかったらひとたまりもないのではなかろうか。
「現実世界の水牛と同じなら大人しい性格をしているはずだけど」
「やり過ごせるかどうかは分からないけど、戦って勝てる相手じゃないのは確かだね」
「一頭だけなら何とかなるんじゃないか?」
「ヨギはチャレンジャーだね。よし、行ってこい」
「無茶言うなって。みんなで一頭なら何とかならないかって話だって」
「あたしが弓で釣りだしてみようか?全部引っかかってくるかも知れないけど」
一矢さんが矢を射かけて一頭だけこちらにおびき寄せることを提案する。でも仲間意識が強そうだし、一頭に攻撃を仕掛けたら群れ全体でこちらに向かってくる可能性もある。
どうするか。連中を回避して先を探索してもいいけど、未知の敵とは戦って情報を得ておきたい気持ちもある。ガーゴイルのときみたいに、やられても情報を持ち帰って対策を練ればいいんだし。
うーん、と考え込んでいると心細げなひよりの顔が目に入って、ハッとした。
いけない、ゲーム脳になっていた。確かにダンジョンを効率良く攻略するなら死に戻りすら有効利用するのが定石だろう。でも本当の怪我はしないとはいえ、魔物に襲われる恐怖は本物だ。普段は非戦闘員であるひよりにそれを強要してはいけない。
たとえゲームでも、命は大切にしなきゃね。
「迂回していこう。今回はマッピングに専念する方向で」
「わかった」
「了解」
ひよりのほっとした表情に、心の中でごめんと謝る。
川岸から距離を取って洞窟の壁近くを歩く。ある程度水牛の群れに近づいたところで外側の一頭が警戒するようにこちらを見たが、他の個体は頭を下げてもぐもぐと口を動かし続けている。どうやら水牛のほうから積極的に攻撃してくることはないらしい。
「おっかねー。この距離で見ると車くらいの大きさがあるじゃん。あんなのとまともにやりあうなんて無理だよ」
「あら?一頭だけなら何とかしてくれるんじゃなかったの?」
「舐めた口きいてスンマセンでしたー」
二人の夫婦漫才を聞き流しながら先へ進む。
水牛の群れをやり過ごした先で川幅は急速に狭まり、洞窟も先細りの様相を呈している。その代わり壁にくぼみや裂け目のようなものが増えてきて、枝道がありそうな気配が濃くなる。
「うーむ。これは全部を探索するには一パーティでは手が足りないな」
「そうだね。でもメインルートはこのまま真っすぐじゃないかな」
先細りの洞窟は大きく右に曲がっており、その先が見えない。ただの勘だけど、そっちに何かありそうだ。
行き先を見つめて歩き出そうとしたとき、背後で魔物たちの絶叫が上がった。
とうとう最終章に到達しました。
コウタの冒険の行く末やいかに。
あと1カ月、完結までのラストランにお付き合いください。




