第110話 門の向こうへ(4)
「キャハハハ」
「ギャーッ、ギャーッ」
ボクたちが逃げだしたことを感じ取ったようで、セイレーンたちが騒ぎ出す。女性の悲鳴のような絶叫のような鳴き声を出している間は歌は止むようだ。
「来るよ。門の内側まで入り込むかどうかは分からないけれど、前回は門の直上まで攻撃範囲だった」
改めてパーティメンバーを見回す。
ヒコは頭を振っている。ダメージはなさそうだが戦闘に入れる状態ではなさそうだ。ヨギはもともとのダメージが抜けていないのか、ぐったりと壁にもたれている。
「一矢さん、迎撃お願い」
「任しといて」
「ヒコとヨギは門の内側で待機していて。ひよりもそちらに付き添ってガードを頼む」
「わかった」
「白井さんは……」
近接戦闘特化の白井さんではセイレーンの相手は難しい。ボクも飛び道具があるとはいえ、止めを刺せるほどの攻撃力はない。どうしたものか。
「任せて、囮や攪乱くらいはできるわ」
「でも……」
「大丈夫、ひよりちゃんに作ってもらった防具があるもの。空中の敵でも、攻撃を捌くことくらいはできるから」
白井さんが両腕に装着した透明なアームガードを掲げる。肘から手甲までをガードする厚みのある透明素材が奇麗な曲線を描いている。腕の内側は動きやすいように複雑な曲面で構成されているようだ。
前回の遭遇から変化が無ければ敵は多くて三体だ。前回門のところまで進出してきたのは一体のみ。だったら白井さんにも戦闘に参加してもらう方が的を絞らせないという点で有利かもしれない。
「わかった、行こう」
「了解」
門から出て弓を構えた一矢さんに駆け寄る。
「囮になってくれるなら、五メートルほど前に出て。それだけ開いていれば狙いは付けられるわ」
「わかった」
指示通りのポジションに着く。白井さんが一歩前に出て上段に腕を構える。ボクは一歩下がってスリングを脇に垂らす。
「フーッ」「ギャ―ッ」「キャーッ」
三体とも来た!読みが外れた。ちょっとキツイか?
少し離れた湖の上空、天井すれすれを三体のセイレーンが旋回する。
「ふん、いい気なものね。高いところに居れば安全だと思ってる?その思い上がりを、正してあげるっ!」
ヒュォォォ、と大きな矢音が頭上を駆ける。
「キャーッ」
旋回していた一体が悲鳴を引きながら湖面に落下する。
「ギャーッ」「ギャーッ」
残りの二体が怒りを露わにして向かってくる。
キリキリと二の矢を引き絞る音。
「来るよ」
白井さんがガードを固める。ボクもスリングを回転させて身構える。ただ、ガーゴイルの例を見ても、魔物の空中機動は鋭い。スリングはどんなに勢いよく放っても放物線で落ちていくから上向きの攻撃力は弱いし軌道も読まれやすい。だからできるだけ引き付けて叩きつけるように撃つ必要がある。
ヒュォォォ
「ギャーッ」
先行するセイレーンが急上昇して矢を避ける。が、避けきれなかった矢が脚部に命中する。
「チッ。でかい図体の割にやるじゃない」
一矢さんは三射目の矢をつがえて仕留めそこなったセイレーンを弓で追う。
残った一体が真っすぐ白井さんに突っ込んでくる。
「カーッ」
黒曜石のように鋭い鉤爪が白井さんに掴みかかる。ボクの腕と喉を切り裂いた攻撃だ。
「ここだっ!」
セイレーンが大きく翼を広げた瞬間、胸の中心、心臓のある辺りをめがけてスリングを放つ。
ゴッ。
鈍い音がしてセイレーンの突進が弱まる。
ダメージは入った。だけど致命傷にはなってない。
「グァッ」
セイレーンの鉤爪が白井さんに届く。
「せいッ」
防御ごと切り裂くかと思われた鉤爪が、カッとガラスの上を滑るような音を立てて払いのけられる。
「やぁッ」
セイレーンがまとわりつくように滞空して二撃目を加えようと鉤爪を開いた脚を伸ばす。その動きを見透かすようにさっと横に体を入れ替えた白井さんの拳が、セイレーンの骨ばった脚をフック気味に捉えて叩き折る。
「ギャース」
思わぬ反撃を受けて身を引いたセイレーンの顔面に、ボクの投げナイフが突き刺さった。
たまらず地上に落下し、のたうち回る。
「せいやーっ」
地に堕ちたセイレーンはもう白井さんの敵ではなかった。翼を踏み抜き、地面に縫い付けたセイレーンの喉ぼとけに渾身の正拳を叩き込む。
「くひゅ」
気道と頸椎を粉砕されたセイレーンは一撃で絶命した。
ヒュォォォ
どさり。
一矢さんの矢音に続いて最後の一体が地面に墜落する音が響く。
額のど真ん中を射抜くヘッドショットだ。
「あんたち、やるじゃない」
余裕の表情で、でもほんのりと紅潮した頬を見せて一矢さんがニヤリと笑う。
「あなたもね」
たったの三射で二体のセイレーンを倒した一矢さんと不利な近接戦闘で空中戦を制した白井さんがハイタッチを交わす。
「空中戦はあなたに任せるわ」
いやー、ウチの女子は強いなあ。逆らわないようにしよう。
***
リーン、ゴーン
どこからともなく響き渡る鐘の音に暗闇でうずくまっていた巨躯がゆっくりと貌を上げる。
「ようやくカ。まったク、シゴトの遅い連中ダ」
足元には殴殺され引き千切られたゴブリンの無残な姿が散らばっている。角を生やした巨躯の魔物の手慰みに皆殺しにされた犠牲者の姿だ。
「あの男ノ指示ハ門が開くまでノことだったナ。門ガ開いた以上、従ウ理由もナくなっタ。ここからハ好きにさせてモらうとしよウ」
真っ暗な部屋からずしんと響く足音を立てて廊下に現れたものはまるで闘牛場に立つ牛のように血塗られている。しかし全身を濡らす血は自身のもではなく、すべて犠牲者たちの返り血だ。変わり果てた姿の時任正宗が嗤い声を上げる。
ゴフッ、ゴフッ
その嗤い声はすでに人のものではなく、魔物の息づかいにしか聞こえなかった。
次回で第五章も終わり、一区切りとなります。
その先は第六章 最後の扉編。この物語もいよいよ最終章に突入です。
長いチュートリアルを終えてダンジョンの本当の姿に触れたコウタたちの行く末は?
残り1カ月、完結に向けて皆さんに楽しんでいただけるよう、がんばります。
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