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第109話 門の向こうへ(3)

 まだ朦朧としているヨギは話が理解できていないようでぽかんとした表情で座り込んでいる。

「ねえ、そろそろ教えてくれない?これは一体何の騒ぎなの?」

「ああ、ごめん。ボクが説明を忘れていたんだ。この『岩壁の門』への挑戦はヨギの進級を掛けたチャレンジでもあったんだ。詳細は省くけれど、ヨギが進級するには固有の称号(ユニークネーム)の獲得が必須で、そのためには門を最初にくぐらないといけなかったんだよ」

「なるほど、そういうこと。知らなかったとはいえ、ごめんなさいね」

「いや、ボクがいけなかったんだ。門の先に行くことばかり考えていたものだから」

「そういえば、ここってどこなんだ?なんだか《《外》》っぽい感じがするが」

 ヒコが眼前に広がる地底湖と自分たちが出てきた門を見比べて言った。

「そうだね。ボクもここは《《外》》なんじゃないかと思っているよ。だけど、ダンジョンの中でもある。」

「どういうこと?」

「今までボクたちがダンジョンのすべてだと思っていた場所は本来のダンジョンの中にある遺跡の一部に過ぎなかったんだ。ボクたちは井の中の蛙だったんだよ」

「なんとまあ……」

 ようやく意識がはっきりしてきたのか、ヨギが湖と鍾乳石の下がる天井を見回している。

「ボクが転校してきたとき、一番最初にヨギが言っていたよね。この学園にはダンジョンがあるけどチュートリアルしかないって。それ、ヨギが思っている以上に正しかったんだよ」

「それって……」

「この門の内側はチュートリアルでしかないってことさ。拙い剣技しか持たない現代人を鍛えて最低限の技を身に付けさせるためのね。ここから先が真のダンジョンなんだよ」

「フフフ、さすがに武者震いが来るな」

 普段は大人びた表情が多いヒコもいたずらっ子のようにニヤついている。

「剣術部に伝わる宝剣を見せてもらったことがある。あれほどの剣が存在するのに敵がゴブリンまでってことはないだろうと常々思っていたんだ。やっぱり本命が隠されていたか。やったな、コウタ」

「ああ、ここからだよ。ここから冒険が始まるんだ」

 感慨深い思いにグッとこぶしを握る。

「なんか凄いことになったな。一大イベントに参加できたことは嬉しいけど、どうやらこの先は俺たちでは足手まといになりそうだ」

「うむ、ここからは覚悟のある者たちのためのフィールドだな」

「っちゅうわけで、俺らは先に帰るよ」

「ありがとうございました。先輩」

「ああ、面白いもん、見せてもらったよ。おまえも気が向いたらまたウチの壁を登りに来い。いつでも歓迎するよ」

「いつでも来い」

 間ノ瀬先輩と乙川先輩が帰っていく姿を見ながら、ヨギがぼやいた。

「で、オレたちはこのあとどうすんの?」

「下校時間までまだ一時間ほどはあるが、どうする?まずは情報収集っていうのがセオリーだが」

「そういえば姫野君は何か知っていそうな口ぶりだったわよね?」

「どうなんだよ、コウタ」

 地底湖のことは美宮みるく先輩から口止めされていたけれど、こうして正面から到達したんだからもう秘密にしなくてもいいよね?

「そうだね。とりあえず湖に近づかないほうがいい。あそこにはマーマンが生息している」

「マーマンっておまえ、もしかして……」

 こくりとうなずく。

「そう。ボクがプールの底から転送された先がここなんだ。厳密にいうと、湖の底だね。複数のマーマンに追われて這う這うの体で逃げた先が、あのあたりかな」

 そういって右手奥の岩場を指し示す。

「ボクが『岩壁の門』を始めて見たのは外側からだったんだ」

「だからおまえ、あんなに確信を持っていたんだな」

「ごめんね。生徒会から《《外》》のことは口外厳禁って口止めされていたんだ」

「まあいいさ。こうやって門を開いてしまったんだ。これからは誰でも《《外》》に来れる。箝口令もくそもないだろう」

「それにしても、よくこんなところから帰って来れたわね」

「帰ったっていうか、リスポーンだったんだけどね」

「それはそうか。水中でマーマンの群れに襲われたんじゃひとたまりもないわよね」

「いや、マーマンからは何とか逃げ切ったんだ。やられたのはセイレーンだよ」

「セイレーン?船乗りを惑わして海中に引きずり込む人魚みたいな魔物?」

「違うよ。鳥の体に女性の頭をくっつけたみたいなやつさ。船乗りを惑わすってところは一致しているみたいだけどね」

「鳥!セイレーンは飛行タイプなのね!」

「そう。だから一矢さんにメンバーに入ってもらったんだ。それに男子はセイレーンに惑わされるから使い物にならないし」

「おい、それって不味くないか?どんなふうになるんだ?」

「えーと、セイレーンの歌声は男子にだけ聞こえるんだ。その声が聞こえると何をおいても声のもとに行かないといけない気持ちになって、水の中に入って行っちゃうんだよ」

「コウタは平気だったのか?」

「人によって耐性は違ってくるみたいだね。ボクは全然平気だった。ヨギは一発で惑わされていたよ、あんな風に……ってヨギ!」

「ああ、行かなきゃ……呼んでる……」

 話しに集中していて気付かなかったけれど、意識の端のほうに微かに女性の歌声が聞こえる。

「ちょっとあんた、寝ぼけてるんじゃないわよ。少しは抗いなさいよ」

 白井さんがヨギを羽交い絞めにして湖から引き離そうと奮闘する。

「くっ、これはキツイな。何でコウタは平気なんだ?」

 ヒコが膝をついて耳をふさぐ。でもこの歌声はたぶん音じゃない。直接精神に響いているのだと思う。

「わからないよ。とにかくヒコが正気のうちにここを離れよう」

 ボクがヒコを立たせて背中を押す。白井さんが羽交い絞めのままヨギを引きずっていく。

 門を超えたところでようやくセイレーンの歌声の有効範囲を出た。

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