第105話 ダンジョン運営報告会
「では始めようか」
「会長、少々お待ちを」
笠取が生徒会長室のドアノブに魔法陣を掛ける。
「施錠と遮音の魔法陣かぁ。そこまでやる必要ある?」
「念には念を、です。平時においてこそ、こういった防諜工作を忘れないことが肝要です」
「楓ちゃんは真面目だねぇ」
「唐金、無駄話はそのあたりにして報告会を始めたいのだが」
「はーい」
「では、報告書をわたくしのほうからご説明いたします」
笠取がバインダーに綴じたレポートをめくり、説明を始める。
「プールの底にあった魔法陣ですが、我々が調査に向かった時点では不活性化していました。水中にあるため調査が十分とは言えないのですが、転移魔法陣であることは間違いないようです。ただ、こちら側からは起動できず、追加検証はできておりません。転移先についての情報は一年生生徒の証言によるもののみとなっております」
「例の姫野君か」
「はい。彼によると、転移魔法陣の先は地底湖でセイレーンとマーマンが生息していたそうです」
「確か、銛で襲われたのだったか」
「そうそう。コウタくんが持ち帰った『マーマンの銛』は本物だったよ。特殊な魔法陣が組み込まれていて魔法陣研究部の連中が大喜びしてたよ」
「彼の証言で最も特筆すべき点は門への言及です。彼は『岩壁の門」の外側であると確信しているようです」
「そうか。厄介だな……」
「まあねぇ。あれだけの規模のモノが何個もあるって主張するほうが無理があるし、普通はそう考えるよね」
「マーマンを従えたセイレーンの生息する地底湖……。伝承の通りだな」
「はい。封印門の外側で間違いないかと」
「封印派に閉じられて以来、長年門を開けるすべを探してきたが、このような形で向こう側への訪問が実現するとはな」
「転移魔法陣の活性化は偶然でしょうか?」
「もう何十年も人間は封印門の向こう側に入れていないんでしょう?その向こう側からしか活性化できないなら、やっぱり偶然じゃない?」
「トラップリシンダーの発見に続き、門の向こう側への転移。これらが同時期に、しかも同一人物の身に起きる確率が果たしてどのくらいあると?」
「じゃあ、楓はコウタくんが狙って引き起こしているとでも考えているの?」
「彼の身元に疑いを挟むところはありませんでした。ですが、彼自身に自覚がなくても、誰かが誘導している可能性はあります」
「誘導ねぇ。まあ確かに、誰かが種を撒いているとして、それを拾い上げる可能性が一番高いのはコウタくんかもね。彼以外にダンジョン攻略に表立って挑んでいる人は居なさそうだし」
「この先も彼が何かを発見する可能性は?」
「一応、口止めはしたけどね。『岩壁の門』に近づくなとも言えないし、本人は攻略するつもりみたいよ。それに、あの子なら何かやってくれんじゃないかなって感じがするのよね」
唐金美宮はどこか嬉しそうに言った。
「報告によると、姫野荒太は先日『スライムの壁』まで到達したとのことです。現在はすでに『岩壁の門』まで侵攻しているのではないかと」
「だが、あの門を開けるには鍵が必要だ」
手元の資料に目を落とす。門の封印を解こうと歴代の生徒会が秘密裏に調査してきた記録だ。そこには半円状の鏡が描かれていた。
「この『大賢の奇貨』が二組揃わないことにはあの門を通ることはできない」
封印派によって岩壁の門が閉じられたおりに、鍵となる大賢の奇貨を巡って激しい争奪戦が繰り広げられた。開放派が二枚の奪取に成功したが、残りの二枚は我々の手に渡ることを恐れた封印派によって破壊され永遠に失われた、と生徒会の記録に記されている。
「数がそろわない以上、彼が門を開けることは不可能だ」
そう、我々が半世紀に渡って挑み、乗り越えることのできない壁なのだ。
「奈穂ちゃんは門が開かないほうがいいの?」
「それは違う。私は開放派の代表として封印の門の解放を願っている」
「じゃあ何でコウタくんの挑戦を歓迎しないのかな。なんだか彼が門を開けるのを止めたがっているように聞こえるんだけど」
「それは……」
なぜだろう。門の解放は我々開放派が解決すべき課題の一つだ。代々の生徒会はその目標を共有し引き継いできた。長年成果がないまま主張し続けたことで実体のない抜け殻になってしまったのだろうか?
違う。ダンジョンを攻略するという大目標は確かにまだこの胸の中にある。
それではなぜ?なぜ今になって臆するのだろうか。
そうだ。私は恐れているのだ。変化を。
「ねえ、奈穂ちゃん。『その時』っていうのは突然来るものだよ。準備不足でも、『その時』が来たら奈穂ちゃんはそれに立ち向かわないといけないんじゃないかな」
「……そうだな。その通りだ。どのような変化が訪れたとしても、そこで舵取りをするのが私の役目だ。よかろう。姫野荒太の動向に注視しつつ、今後の展開に備えて各部活動間の連携の調整を進めよう」
「それでこそロクスレディルの姫様だよ」
美宮が満面の笑みを浮かべる。
「唐金さん、不用意は発言は自重してください」
「ごめんごめん」
ぬるま湯に浸かっていた時間が終わり、挑戦が始まる。姫野荒太はその先触れなのだろうか。
「姫野荒太と話がしたい。会議のセッティングを頼む」
彼が真に変化をもたらす者なのかどうか、この目で確かめたい。
「承知いたしました」
笠取が手元の資料に何かを書き込んで次の議題へと移る。
「九月期のエスト総量ですが、前年比で二十年ぶりにプラスに転じています」
「ほう?」
エスト総量はダンジョン内で流通したエストの総量である。それは経済活動を通じたエストの流通量だけでなく、狩りによって得られたエスト量と魔法の行使に費やされたエスト量を含んだものである。エスト総量の増加はダンジョンの活性化に直結する数値だ。
「要因は複数ありますが、最も影響が大きかったのは砂鉱脈の発見に伴う生産活動の活性化によるものと考えております」
「良い兆候だ。だが前年比でプラスとはいえ最近のエスト総量が過去最低値を更新し続けていたことを考えると、あまり手放しでは喜べぬな」
「もっとテコ入れが必要だよね。こう、何か全員で取り組めるイベントとかさ。そうだ、体育祭の後夜祭イベントでダンジョン最速攻略企画とかやらない?」
「唐金さん、先走りすぎです」
「えー、いいじゃん。お祭りやろうよ。適当に理由つけてさ」
「適当って、そんなわけにいかないでしょう」
ダンジョンの活性化は数年来の課題になっている。起爆剤になる何かが必要だ。だがどうやって?
生徒会は長くダンジョンの運営を担ってきた。だが、安全な運営を心掛けてきたせいで組織の硬直化が進み機能不全を起こしているのかもしれない。美宮のような破天荒な発想が必要なのかもしれないな。
***
「ほう、もう鍵の使い方を解き明かしたのか。彼は優秀だね」
照明を弱めた部屋の奥で金今眞秀が独り言をつぶやいている。
「それはそうだろう。初見であのギミックを突破されてしまっては、さすがに先達たちが形無しになってしまうよ」
いや、独り言ではないようだ。眞秀の背後に闇がわだかまったようなひと際濃い影がある。彼はその影と会話しているようだ。
「そうだね。君の忠告は考慮に値すると思うよ。ふむ。アレにはしばらく門に近づかないように伝えてくれ。今かち合うと共倒れになりかねない。我々の目的はあの門のさらに先にあるのだからね」
「……」
声なき承諾のあとに影が消え、部屋の照明が明るさを取り戻す。
「それにしても私の予想を上回ってくるか……。姫野荒太。この先、警戒すべき対象になるかも知れないね」




