第104話 単眼のガーゴイル(2)
下にたどり着き、石柱の前に立つ。
石化解除の魔法陣を起動した後、どのタイミングで鏡を回収可能なのだろうか。早すぎると石化解除が起動しない可能性があるが、ガーゴイルを封じるまでの時間はできるだけ長く欲しい。
「考えてもわからないことは試してみよう」
これ、魔法道具同好会の標語にしようかな。
片割れの鏡を背中合わせに張り付けて、透明鏡の状態で起動する。
自分の腕時計をストップウォッチモードに切り替えてタイムを計る準備をしつつ、透明鏡を石柱のくぼみにはめ込む。
鏡面が輝き、魔法陣を描く光の線が走り出すタイミングで、すぐに透明鏡を抜き取る。
石柱の表面を走っていた光の線は行き場を失って消失する。しばらく息を凝らして様子を窺ったけれど、石化解除が進行する気配はなし。やはり光の線が石柱の魔法陣を完成させないと石化は解除されないらしい。
次は魔法陣が完成するタイミングで引き抜いてみよう。
再度透明鏡をセットする。
光の線が伸びて魔法陣が完成し、ひと際明るく輝いた瞬間、透明鏡を抜き取る。同時にストップウォッチをスタートする。
ゴゴゴ
よし、透明鏡がない状態でも魔法陣は石柱の表面に残っている。そこから伸びた線が扉の縁を回るのと同時に、ガーゴイル像の台座が回転していく。
縁を回る光が扉の頭頂部で合流するのとほぼ同時に、台座の回転が止まる。
まだガーゴイル像は動かない。
扉の頭頂部から真っすぐ降りてくる線が扉の下端に達したとき、ガーゴイル像の体が砂岩のような灰色から御影石のような滑らかな質感へと変貌する。
ピッ。
ストップウォッチを停止する。
ここまで十秒。
よし、計測終了。
腕時計から視線を戻すとガーゴイルは昨日と同様、固まった体をほぐすように伸びをしていた。
やばっ。
くるりと百八十度反転し、全力ダッシュで門から離れる。
あと数秒でガーゴイルは動き出すだろう。そのときどのくらいまで離れていればターゲットから外れることができるだろうか。十メートル?二十メートル?それとも広場の入り口まで?戦闘を考えず、逃げに徹すればあるいは……。
「「クオォォォゥゥ」」
数メートルも行かないうちに、背後で死刑宣告の遠吠えが響き渡る。
ぬおおおっ
付着術式でグリップを増強した蹴り足が体をぐんぐん前へと押し出し加速する。
けれど、懸命の全力疾走よりも速くガーゴイルの羽ばたきがどんどんと近づいてくる。
振り向いちゃダメだ。ほんの一瞬でも足を緩めれば確実に捕まる。
だけど広場の入り口まではまだ半分も距離を残している。
無理か?まあ、今回は調査だし、やられてもリスポーンするだけだし……。
「頭を下げて!」
とっさに前方に飛び込むように身を投げ出す。
ビュォゥゥ
さっきまで頭のあった位置のすぐ上を黒い影が凄い勢いで通過する。
「カァッッ」
ガーゴイルの苛立ちを込めた声がすぐ後ろから返る。けど、振り返る余裕はない。さっき飛び込んだ床がどんどん顔に近づいてくる。ここで止まるわけにはいかないんだってば。
「『リップ』!」
両手両足に反発術式を展開、四つん這いの姿勢で前方に滑走する。滑りながら振り返ると、先行していたガーゴイルがバランスを崩したように旋回して離脱していくのが見えた。何があった?
ビュォゥゥ
ボクの疑問に答えるように、再び黒い影が頭上を通過し、追いかけるようにして風切り音が駆け抜けていく。
黒い矢が遅れて向かってきていたガーゴイルの顔面に命中する。
「ガァッッ」
ガーゴイルが失速して高度を落とす。が、床に激突する前に態勢を立て直して舞い上がった。
「走って!」
前方からの声に向きなおると、広場の入り口で弓を構えた女子生徒がいた。
「『リリース』」
グローブとブーツの術式を解除して滑走状態から再び走り出す。
女子生徒がときどき矢を放ってガーゴイルを牽制してくれたおかげで、なんとか広場の入り口までたどり着いた。どうやらここまでは追ってこないようだ。
「ハロ―、久しぶり」
「一矢さん?助かったよ」
「どういたしまして。それより、なにあれ?楽しそうなことしてるじゃない」
入り口の角に隠れてガーゴイルの様子を探る。
連中は広場の上空を旋回して周囲を見回しているけれど、ボクを探しているというより門に近づく侵入者を警戒しているような動きに見える。
「うーんと、えーっと」
マズいなあ。あまり考えていなかったけれど、パーティメンバー以外に知られたらダメな件だっけ、これ。どうやってごまかそうか……。
「ごまかそうとしても無駄よ。全部見てたんだから」
「あう」
「心配しなくても他言無用にするわよ。空を飛ぶ魔物なんて初めてだから、あたしもできるだけ独占したいし。でも教えてくんなきゃ、あたしが見たこと全部バラしちゃうからね」
一矢さんがニヤリと微笑む。
「あれはガーゴイルだと思う。『岩壁の門』を開けようとしたら襲ってくるガーディアンみたいな魔物なんだ。あ、ほら、そろそろ元の位置に戻るよ」
「へーえ、ナルホドね」
隠れて遠巻きに見守るうちにガーゴイル達は定位置に戻って再び石化を始める。
「石でできた魔物ってワケね。どうりであたしの矢が効かないワケだわ」
一矢さんの攻撃はガーディアンの突進を止める効果はあったけれど、ダメージを与えることは出来なかったようだ。
「ボクも至近距離からのスリングの全力攻撃を弾かれたからね。魔法攻撃もノーダメージだったし、あれは相当なレベル差があるんじゃないかな」
このダンジョンに数値化されたレベルという概念はないけれど、敵と相対すると直に感じとれる感触みたいなものはある。
「あの距離で顔面直撃でもノーダメか……。チッ」
回収した矢を確認して一矢さんが舌打ちをする。
「せっかく弓の獲物に出会えたのに物理的に歯が立たないなんて……。ツイてないわ」
「でもボクらのパーティじゃあいつらの攻撃を止めることさえできなかったんだ。一矢さんの弓が一番効果あったよ」
岩壁の門の前まで戻ってきてガーゴイルを見上げる。
「きっとあいつらは倒すタイプの攻略対象じゃなくて、解き明かすタイプの攻略対象なんだよ」
「そのようね。あんた、攻略方法は思いついたの?」
「まあね。ちょっと先輩方の協力を仰がないといけないけど」
「そ。やっぱりあんた、すごいわね」
「なにが?」
「次々とダンジョンの謎に挑戦しているじゃない。あたしもダンジョン攻略なんて口では言ってるけどさ、どうにも糸口が見つからないのよね」
一矢さんが苛立たしそうに髪をかき上げる。
「ま、本音を言うとあたしはダンジョンの秘密を暴きたいとかっていうんじゃなくて、この弓の好敵手が欲しいだけなんだけどね。そこの差なのかな」
そういいながら再度ガーゴイルを見上げる。
「こいつらも武器で倒す対象じゃないなら弓があっても意味ないし。ここの攻略はあんたに任せるわ。あー、心配しなくてもあたしからは口外しないから」
一矢さん、残念そうだな。
弓矢か。ボクらが手も足も出なかったガーゴイルに文字通り一矢報いたんだから飛行タイプの魔物を相手にするならとても心強いんだけど。
ん、待てよ。飛行タイプの魔物か……。
「一矢さん、ウチのパーティに入らない?」
「ん、なんで?いま言ったじゃん。こいつらの攻略には用ナシだって」
「今はまだ言えないんだけどさ。《《コレ》》の先に用があるんだって言ったら、どうする?」
一矢さんのきょとんとした顔が徐々に理解した表情に変わり、ニヤリと笑う。
「そうね。あたしの弓に用があるっていうんなら、付き合ってあげてもいいわよ」
ボクも同じような笑みを浮かべながらゲンコツを差し出す。一矢さんも弓を担ぎ直して右手を握り、拳をコツンとぶつけ合った。




