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第101話 岩壁の門(3)

 ヨギが慌ててストレージ操作を行い、砂袋を取り出している。

 さっきまで石像だったガーゴイルが生きているように動き出した。

 ぐぅっと伸びをするように爪を立て、顔を上げて翼を広げる。

「「クオォォォゥゥ」」

 二体のガーゴイルは想像よりも甲高い声で遠吠えのような奇声を上げた。

「警戒態勢、総員散開!」

 ヒコが大盾を構えて前に出る。

 禍々しい単眼が違和感のある視線で床で動くものをめつける。

 魔法陣?

 大きく見開かれたまなこの中心にあるのは瞳ではなく、毒々しい緑の線で描かれた魔法陣だった。瞳孔がないせいで、ぎょろぎょろとせわしなく動く眼球がどこを見ているのか掴みづらい。

「ちっ、飛行タイプか。厄介ね。ひよりちゃん、下がるよ。隙を見て入り口まで走って!」

 白井さんがひよりをかばう位置取りで両腕を顔の前に構えるガード姿勢で立つ。ただ、さすがに武器を持たない状態で空を飛ぶ敵に相対あいたいするのは分が悪い。

 ヨギは手持ちの砂袋を全部開けて周囲に砂の小山を作り出す。

「くっそー、対空魔術は用意してねぇってのに」

 ボクはとっさに石柱にはまっていた片割れの鏡を取り出し、ストレージに収納した。

 それと同時に横方向に走り出す。固まって全員がやられるより、ばらけて一人でも助かる可能性を上げる、それがヒコの指示だ。

 ボクの動きにつられて左扉のガーゴイルが飛び立つ。

「よし、こっちこい!」

 右扉のガーゴイルはヒコに向かって急降下する。

 ガシィッ

 高所からの落下速度を乗せた一撃で、大盾ごとヒコが吹き飛ぶ。

 がらんがらん

 大盾の上半分が千切れて床を滑っていく。

 ヒコはガーゴイルの攻撃に合わせて後ろに跳んで衝撃を逃がしたようだ。それでも大盾は使い物にならないほどに破壊されている。

「今よ、走って!」

 白井さんの声にひよりがくるりと百八十度向きを変え、入口へと走り出す。少し後を白井さんも追走する。

 ボクは走りながら、自分に向かってくるガーゴイルが羽ばたきをやめて突っ込んでくるタイミングを計った。

「ここだっ、『スティック』!」

 一気に飛び掛かろうとガーゴイルが前傾姿勢を強めた瞬間、付着術式で靴のグリップ力を最大限に上げる。同時にくるりと向きを変え、ガーゴイル目掛けて走り出す。進行方向を百八十度変える動きに脚の筋肉と骨が軋む。

「くぉのぉぉぉっ!」

 歯を食いしばり足を踏ん張る。壁にぶち当たった跳弾のように向きを変え、正面衝突も辞さない覚悟でガーゴイルに向かって突っ込む。

「おおおおっ」

 全身のバネを使ってスリング弾をガーゴイルの胴体に叩き込む。

 コォォーン

 すれ違いざま、ボクの全体重とガーゴイルとの相対速度を乗せた鉄つぶては、澄んだ音を立てて弾き返された。

「クァーッ」

 ガーゴイルにダメージはない。上げた叫び声は苦痛を示すものではなく、獲物を逃した悔しさから発せられたものだった。ボクの渾身の一撃は敵をひるませることさえできなかった。

「くそっ」

 鋭角のⅤ字型に切り返したボクの前方斜め左にはヨギとヒコがいる。

 ヒコは最初の襲撃から立ち上がり、ガーゴイルに向かっている。そのガーゴイルはヒコを弾き飛ばしたあと、大きく旋回してヨギを狙っていた。

「来やがれ、こんちくしょー。『サンド・ニードル』!」

 対ゴブリン戦の倍の高さ、倍の幅に渡って石の針山が地面からそそり立つ。だが、石の体を持つガーゴイルには効かなかった。一見滑らかに見える腹が、針の先をことごとく砕いていく。

「ちッ、馬鹿正直に正面から来る奴はこれでも喰らいやがれッ!『ストーン・ランス』」

 根元がひとかかえもありそうな円錐形の槍がガーゴイルの進路にピタリと照準を合わせて形成される。立っている敵ならその場で串刺し、向かってくる敵ならカウンターで大ダメージを与える魔法だ。だが、飛行するガーゴイルは、ヨギの必殺の攻撃を嘲笑うように槍の手前でふわりと制動を掛け、尖った先端を両足の指と両手で器用に掴んでとまった。

 眼球の魔法陣が輝度を上げる。

 はっ、と顔を上げてガーゴイルを見上げるヨギが、次の瞬間、驚きの表情を張り付けたまま凍り付く。柔らかいはずの肌は無機質な灰色に変色し、振り上げた指先が半ば開いた不自然な状態で固まっている。躍動していた髪の毛先までが灰色の石となって動きを止めた。

 さっきまでヨギだったものが石像となってゴトン、と床に倒れる。

「石化?物理無効の上にそんな特殊攻撃まで?」

「ヨギ!このぉぉぉ」

「ダメだ、ヒコ。そいつの視線には石化効果があるっ!」

「くっ」

 ヒコは間一髪で体を捻り全身の石化を免れたが、利き手を直剣ごと石にされて倒れ込む。

 そのとき、ボクの首筋に悪寒が走った。

「ヤバっ」

 前に身を投げ出しつつ、直感だけで回し蹴りを放つ。

「ぐあっ」

 頭部への直撃は避けた。が、セイレーンの鉤爪にも劣らない切れ味の一撃が、蹴りだした脚ごと脇腹を大きくえぐり取る。

「げはっ」

 現実ならば即死のダメージだ。切り取られた大腿部と脇腹から盛大に光のパーティクルが噴出する。

 ボクの死を確信したのか、ガーゴイルは急にこちらへの興味を失ったように岩壁の門を振り返った。ヒコを襲ったガーゴイルも門の扉にある円盤に向かって飛んでいく。

「くそっ、ただでやられるもんか……」

 ポーションを取り出して一気飲みする。この程度の治療では助からないが、多少の延命効果はあるだろう。次の対戦(リベンジ)に向けて、少しでも情報を収集するんだ。

 床に這いつくばったまま、ガーゴイルたちの動きを目で追う。

 二周、三周と悠然と上空を飛び回ったのち、二体のガーゴイルは門の扉へと戻っていく。

 ガーゴイルは扉に付けられた円盤にしがみ付いてとまると、扉の隅々を舐めるようにくまなくねめつけていく。視線を向けられた扉は速やかに石の彫像に変わっていった。

 最後にガーゴイル達がお互いを見つめるようにして右手を伸ばす。それは初めに岩壁の門を見たときの姿勢そのままだった。

 見つめあったまなこに刻まれた魔法陣が輝きを強める。

 互いの体が石化を始める。

 やがて隅々まで石化が完了し、魔法陣は力を失って消失した。

 岩壁の門が元の摩崖の彫刻に姿を変えるころには、コウタの姿は跡形もなく消え去っていた。

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