Phase.8 サンドイッチと親
バターロールのような小さいパンとフォークで掬ったサラダを口に運ぶ。
パンからは麦の香りが、サラダからはそれぞれ特有の匂いが鼻孔を撫でるも舌に乗ったそれらの味はほとんど無かった。
特別美味しいわけでも無く。別に不味いわけでも無い。ただただ素材の味を感じる。ふと視線を自分のお盆からアルマのほうへ向ける。
俺と違ってアルマは朝食をそれはそれは美味しそう食べていた。
そんなアルマを前に俺は……
(美味しそうに食べるな〜。ほとんど味しないのに、慣れってやつか……)
自分の分の朝食を貰っていながらも失礼なことを思ってしまっていた。
視線を元に戻し、俺は手に持っている一個目のパンをもう一かじりする。合間にハムのような薄い肉類を、サラダと順番に口へ運ぶ。……が、
(やっぱり無味はきついな〜)
慣れ親しみの無い無味に我慢が効かなかった。そう感じた俺は持っているパンを飲み込み終えると二つ目のパンを手に取り、そのパンの側面真ん中辺りに親指を突っ込む。
客観的。……いや、個人的に見ても提供された食事に対してこう言ったことをするのは良くない。ましてや格式の高い屋敷の食堂でなんて。
自問自答しつつも俺は本のように両開きになったパンに残りのハムとサラダを乗せサンドイッチにした。
(モグモグ……)
サンドイッチにしたもののやっぱり無味。けど単体で食うよりかはましか。
即席のサンドイッチを片手に正面に映る窓の向こう側の青空をゆったりと眺める。
外は快晴。太陽?……と認識できるものがこの世界を照らしている。けどここまでのアルマとの会話でここが死後の世界じゃ無いってことが分かる。
あの魔物たちに、この村、俺がいた世界とはまったくの別世界。原因はあの電車だ。ただ……俺が何故この世界に運ばれたのかは分からない。どうすれば帰れるのかも……
内心とは正反対の景色を前にそんなことを考えていると……
「君、ずいぶんと面白い食べ方をしているな?」
ふと誰かの声が俺の耳元をなぞる。
「ふぅあ!?」
至近距離のその声に思わず変な声を上げた俺は、ざわつく耳を抑えつつ声のしたほうへ振り返る。
視界に声の主であろう男性の顔が映る。疑問符を浮かべる男の顔にはわずかなほうれい線が浮かんでいる。その顔立ちから中年ほどと年齢を予想。整えられた短い髪に手入れの行き届いた新品同然のスーツを身に纏っている。スーツの胸元に刺繍されている目立つエンブレムが、ふと俺の目に映り込む。
(この人、もしかして……)
「おかえりなさい。お父様」
もう一つの声に振り向くと席を立つアルマが、
「ただいま。アルマ」
その男性はアルマの挨拶に優しく微笑む。
(やっぱり、この人がアルマの父親……)
帰ってきた父親の胸へダイブするアルマ。そんなアルマを父親が優しく抱きしめる。
微笑ましい。そう表せる光景を前に……
(親……か……)
俺の頭の中にその単語が浮かび上がる。
「コータ!」
「…………うん?」
「紹介するわね。あたしのお父様!」
「父のメルフ・バーミリオンです」
自己紹介をするアルマの父・メルフさんを前に俺は慌てて席を立ち、
「千場鋼大……です」
メルフさんへ軽く会釈する。
「センバ……くんか。珍しい名前だね」
「あ、いや、千場はみょう……って言うか。ファミリーネームみたいなものでして……」
「ファミリーネーム?……家のバーミリオンみたいなものかな?」
「あ、はい。まぁ、大体そんな感じです」
「そうか。では私もコータくんと呼ばせて貰おうか。私のこともメルフと呼んでくれれば」
「はい。よろしくです。メルフさん」
そう優しそうに微笑むメルフさんを前に俺は気負ったように返す。
「それでコータくんが食べているそれは何かな?」
そう言うメルフさんは俺の席に置かれている即席のサンドイッチを指差す。
「あ、え〜と、サンドイッチ……です」
メルフさんからの質問に俺は歯切れの悪いように返答する。そらりゃそうだ。無味と感じた手前、出された朝食に対し後から手を加えてしまったのだから……
正直、怒られるのか?と思うせいか。このような返答になってしまう。
「サンドイッチ……初めて聞く食べ物だな。アポロ!これを作ることはできるか?」
口元に手を当て暫し考えるとメルフさんはメイドのアポロさんを呼び出す。
呼び出されたアポロさんは俺が作ったサンドイッチを観察すると、
「かしこまりました」
そう言って厨房のある扉の奥へと消えていった。
それから約五分ほどで一つの皿を手にアポロさんが扉の奥から戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
アポロさんが持ってきた皿の上には綺麗に作られたサンドイッチが一つ。メルフさんはお礼を言い手に取ったそれを口へは運ぶ。
「うん、うん、うまい!アポロ!明日からはこれを朝食に頼む」
「そんなにおいしいの!?じゃあ、あたしも」
「かしこまりました」
初めて口にするサンドイッチを前に予想以上の驚きを見せるメルフさんは、気に入ったそれを翌日も出すようアポロさんにお願いする。
サンドイッチなんて当たり前のものを前に喜ぶメルフさんに俺は終始戸惑うのだった。