Phase.31 帰るまではまだまだ長いみたいです
なんとかヤツを倒すことができた俺はただ一人庭に立ち尽くしていた。
マジックカードによって身につけていた鎧は解け、あらわになった顔色は悪魔を退けた安心感よりも呪いを解除方法を模索する苦いものだった。
とりあえずアルマたちと合流することにした俺は村の門前で戦闘を行っているプテランを呼び出し飛び立つ。
村の門前を確認すると溢れかえっていたモンスターの姿は無く、無数の死骸が横たわっていた。
モンスターどもの死骸からドロップカードを回収したのち、屋敷へ向けプテランの速度を上げる。
損壊した窓からアルマの部屋に足を踏み入れるとアルマはベッドで横になっており、傍の椅子にアポロさんが腰かけていた。
その光景を前に俺の全身に悪寒が走る。間に合わなかったのか?そう思っては目を瞑るアルマへ近づく。
「アルマは……」
ふと零れる声にアポロさんが反応する。
「眠っています。コータさんが部屋を出てから徐々に体調が悪化していき、今は自分の足で立つこともできません。じきに呼吸も止まることでしょう」
「……そうですか」
「……すいませんでした」
「え?」
暗い部屋の中でふとアポロさんが俺に謝罪する。アポロさんの急な言葉に俺は戸惑い見せる。
「あなたを疑って、村に噂を流したの私です。けどアルマ聞いて分かったんです。ここ数日村に魔物が来ていたのは彼女が持っていた悪魔が封印されていた石が原因なんだと……」
アポロさんは悲しげな目でアルマを見つめながら言葉を続ける。
「本当に申し訳ありませんでした」
そう言ってアポロさんは俺へ深々と頭を下げる。
そんな彼女を前に少なからずの怒りを覚えながらも握っていた拳の力を抜く。
「アポロさんの気持ちはわかります。見ず知らずの人間が大切な人の傍にいれば居心地が良く無いのは当然です」
頭を下げ続けている彼女に俺は優しく伝える。
「ありがとうございます。それで呪いを解く方法は……」
「……すいません。ヤツを問い詰めたんですけど方法は無いそうです」
その報告を耳にしたアポロさんは驚愕したような表情を見せると徐々に瞳から涙を流して始めた。
泣き崩れる彼女を前にそれを見ないように俺は俯き目を逸らした。
視界に映る瓦礫と床を見つめながら俺は他に何か方法は無いのか考え直す。
…… …… ん!
ふとあることを思い出した俺はステータス画面を立ち上げデッキ内のカードを確認する。
デッキのカードは度重なる戦闘によって消費した無地と化したノーマルマジックカードが目立つ中、俺は一枚のカードを選択する。
「ノーマルマジック“願いの星石”」
願いの星石はゲームにおいてモンスターの効果や攻撃にかかった縛りを解除する効果を持つカード。
もし今俺が考えていることが可能ならアルマを救えるかも知れない。
その為にはアルマのステータスが知りたい。
俺は部屋に潜伏させている潜漠機兵リモーダを呼び出し、アルマのステータスが確認できるか試した。
【プレイヤー名:アルマ・バーミリオン】
現在のデバフ:魔王の呪い 残り時間:十三分
リモーダの効果によって俺はアルマのステータスを閲覧することができた。
ステータス画面にはデバフの項目があり、“魔王の呪い”と書かれている。
この呪いを消せばいいのか
俺は願いの星石のカードを手にアルマが眠るベッドへと近づく。
アポロさんが見つめる中、俺はそのカードをアルマへかざす。
「……発動」
カードの輝きがアルマを包み込む。やがてその輝きは止み、同時にカードに書かれていた情報が真っ白に消える。
アルマのステータス画面を確認するとでデバフの項目にあった“魔王の呪い”が綺麗さっぱり消えていた。
…… …… 良かった
ステータス画面の項目を前に俺はほっと安堵の息をもらす。やがて瞼をパチパチと繰り返しアルマが目を覚ます。
「あれ、あたし……」
「おはよう。アルマ」
「コータ?あたしはドゥーノートの呪いで……」
「大丈夫だよ。呪いは解除した」
「本当に!」
優しく口にするその言葉にアルマが目を見開く。
「本当だよ。俺がアルマに嘘ついたことあるか?」
「……無い」
「だろ。もう大丈夫だから今は安心して休め。起きたらちゃんと話聞くから」
「うん」
アルマは俺に笑みを見せると横になり直す。
寝直す彼女を記憶に留める前に俺はその部屋をあとにする。
廊下を進み自分の部屋に戻る。
部屋に置いておいたバッグを手に部屋を出る。屋敷の外へ向け階段をそっと降りる中、
「コータさん!」
俺の名前を呼ぶ声がする。
振り返るとそこにはアポロさんがいた。
――二日後――
早朝、あたしはベッドから起き上がる。
目元を擦りながら部屋出たあたしは、同じ階にある廊下端の客間の扉をノックする。
「コータ!朝だよ食堂行こう!」
客間で暮らす年の近い男友達のコータを呼び出す。しかし……
………… ………… …………
部屋の中から返事は来なかった。
まだ寝てるのかな〜
そう思いつつあたしはもう一度今度は力強く扉を叩く。
「コータ!朝だよ」
「………… ………… …………」
しかし返事は無かった。それこそ物音一つ。
些細な音すら聞こえてこないことに違和感を感じたあたしは部屋の扉をゆっくりと開けた。
次にあたしの目に広がっていたのは、掃除が行き届いた丁寧な部屋だった。
ベッドの掛け布団は綺麗に畳まれており、窓のカーテンも全開な状態だった。
その光景が信じられなかったあたしは急いで食堂へと走り出す。
そうだ。アポロに言われて丁寧にしただけだ。朝早く起きて先に食堂に行ってるんだ。そうに違いない
そう思いつつあたしは食堂の扉を勢いよく開ける。
食度には先に朝食をとっているお父さんとあたしの分の朝食を用意しているアポロの姿があった。けど彼の姿は無い。
「おはよう。アルマ」
「おはようございます。お嬢様」
勢いよく開けた扉の音であたしに視線を向けた二人が朝の挨拶をする。けどそんなことを右から左に流したあたしは、
「ねぇ、コータどこにいるか知らない!」
二人のそう訴える。
あたしの言葉に二人はドキッと感じたように固まる。それは隠し事を突っつかれた子供のような反応だ。そしてお父さんはなぜか落ち込んだような表情を見せる。
扉の前で立ち止まるあたしにアポロが近づいてくる。
「お嬢様。コータさんは二日ほど前ここを発たれました」
「へ!?」
アポロからの予想外の言葉にあたしの表情が固まる。思考が止まる。
「なんで……」
「これ以上世話にはなれないと、迷惑はかけられないと、」
「……嘘だ」
「嘘でありません」
「嘘だ!」
あたしは信じがたい事実を耳にしたあまりアポロに怒声を上げ、食堂を飛び出した。
コータがいないなんて嘘だ。起きたら話聞いてくれるって言ったんだ。
あたしは走って自室へと戻ってきた。走り疲れ息を切らしながらベッドに顔伏せる。
手に残る感触からベッドの布が濡れているのに気づく。コータがいないことを信じられないあたしの目からは大粒の涙が溢れていた。
そんな中ふと視界にあるが映り込む。
あたしは床に落ちていたそれを拾い上げる。手にしたそれは彼が持っていたカードというものの一枚だった。
絵の無い真っ白なカードには言葉が綴られていた。
【アルマへ
嘘をついたこと無いって言いつつ嘘をついた。ごめん。
俺は自分がいた世界に帰る方法を探すために少し早いけどこの村を出ることにした。
この世界に来たばかりで右も左も分からない中、ぶっ倒れた。君はそんな俺を怪しいと思いながらも拾ってくれた。生活する場所を与えてくれて、村を案内してくれて、優しくしてくれてありがとう。
お礼もせず離れることを許してくれ。ただアルマの願いが少しづつでも叶うことを応援してるよ。
それじゃ、またね。 コータより】
そのカードはコータからの手紙だった。
心があったかく感じそんなことが書いてあった。止まりかけていた涙が再び湧き出す。それでも……
「コータの、コータのバカー!」
あたしは窓を勢いよく開け、どこかを歩く彼へ向け今のこの気持ちを叫ぶのだ。
――――――――
「このカードをアルマに渡して下さい」
俺は数日前、アポロさんに渡した一枚のカードを思い出す。
「ちゃんと渡してくれたかなアポロさん」
左右に木々が並ぶ道を歩きながらそんなことを思い出
す。
「アルマと話す時間をもっと作ってあげて下さい。彼女のことをもっと見てあげて下さい」
昨日すれ違った馬車に乗っていたアルマのお父さんにも言いつけた。
「またねって書いたけど会ったら会ったでぶっ飛ばされそうだな〜」
次またアルマと出会った時のことを想像するとふと笑い声が漏れる。
「ん〜!それより次の町はいつになったら見えて来るんだ」
歩いても歩いても同じ道の景色に飽きてた俺は空へ向け今の感情を爆発させるのだった。
「はぁ〜いつになったら帰るのやら……」
ため息をこぼし俺は次の町への道を歩き続ける。