Phase.2 安全圏外へは準備を忘れずに
先の見えない森を前に戸惑いながらも俺は周囲を確認する。
うわ!?
ふと振り返ると駅から登ってきた階段の周りは手入れのされていないゴツゴツとした岩で固められていて、まるで洞窟のようだ。
こんな森の奥に駅……って、昔の偉い人が使ってた逃げ道か何かか?とすれば他県や遠い田舎まで乗って来ちまったってことか。……はぁ〜
予想外の現状に思わずため息が出る。
まぁでも、何処かの森か山ならこれを抜ければ町や村・人が住む建物があるはずとりあえず真っ直ぐ歩いてみるか。
人がいる場所に着けることを願いながら俺はよく分からない場所の森を歩き出すことにした。
歩き始めは変わり映えのしない景色が続いた。枝の隙間から差す陽光が森の中を点々と照らす。
迷わないよう洞窟の入口に転がっていた小石を蹴りながら真っ直ぐ進んで行く。
体感で二十分ほど進んだところで差し込まれる陽光の大きくなっているのが分かった。周囲に伸びる木々の数が少なくなっている。
出口が近いのか?そう思いつつ歩き進めているとふと目の前に赤い文字が浮き上がっていた。
[この先セーフティーエリア外です。忘れ事はありませんか?]
なんだこれ?セーフティーエリア?セーブしろとでも言うのか?
突如目の前に現れた赤文字にそんなことを思いながらも俺はその忠告を無視し、再び歩き始めた。
セーフティーエリア外に出たが周囲の光景に目立った変化は無かった。差し込まれる陽光の大きさも変わっていない。
まったく。ラストバトル前のセーブシステムかよ!
そんなことを呟きながら明後日の方向にツッコミを入れる。とその時だった。
ガサガサ、
揺れる草木の音が聞こえて来た。一瞬、風が吹いたのかと思ったがそうじゃない。
歩き始めたから今まで風なんて一度も吹いていない。空を覆い隠すほどの木々がそれを阻害しているだと思う。
セーフティーエリアを出たからか?いや違う。あの音は何かが草木に触れたことで発生したものだ。
音の正体を探ろうと周りに目を配る。
ふと俺の顔の前を何かが横切る。その何かは風を切り勢いよく反対側の木にぶつかった。
木にぶつかった何かを確認するとそれは石づくりの斧だった。
斧を見つめる俺の耳に再び草木が揺れる音が聞こえてる。音のするほうへ振り向くとそこに草を掻き分ける鼠色の小人の姿があった。
雑に切った布を腰に巻きつけ、口からよだれを垂らし、下卑た笑みを浮かべるそいつらを前に、
ゴブリン!?
その名前が真っ先に浮かんだ。
RPGゲームの定番ザコモンスター『ゴブリン』
それが今、僕の前にいる。一体だけじゃない三体もいる。
なんで……、こんなのがここに……?
動いているゴブリンたちを前に戸惑う俺は、とりあえず距離を取ろうとゆっくり後退りする。
その時!何かが僕の左頬を掠めた。
僕に向かって何かを投げたゴブリンの様子は納得のいかないような表情をしている。
ゴブリンが見せるその表情が何を意味するのか?それを理解するのに十秒もかからなかった。
掠めた左頬からすーっと液体が流れる。その液体はわずかな温度を感じさせ、口に流れ込むと鉄のような味を広げた。
血だ。俺の血液だ。
口にしたそれを理解すると一瞬にして全身に恐怖心のようなものが走った。
ゴブリンたちが見せた表情が何だったのか?俺は知っている。
投げたボールが的となるペットボトルを外した時のあの惜しいと口にしてしまうあの感情だ。
コイツは俺を顔面に凶器を投げてきた。コイツは、コイツらは俺を殺すんだ。
危機的状況と理解してか?気づけば俺の体は走り出していた。ゴブリンたちから背を向け歩いて来た道のりを引き返すように足を動かしている。
目指す場所は、さっき妙な赤文字が出たあの場所だ。ここまで曲がること無く歩いて来た。一直線に引き返せば時期たどり着ける。
そう考えつつ時折後ろの様子を確認しながら俺はただただ足を動かした。やがて目の前に見たことのある注意マークが見えた。恐らくセーフティーエリアだ。
そのマークを目にすると俺は残っている力を全て使い一気に駆け抜けた。だが、
ゴン!
鈍い音がしたと思えば俺は何かに勢いよく突っ込んでいた。いや何かと言うより何も無いと言うのが正しいか。
俺はそのマークの手前でぶつかっていたのだ。尻餅をつく俺の前にはまだ道が続いている。けど見えない壁が俺の進行を阻む。
何で?どうして?進めない道に戸惑うも俺はあの赤文字で書かれてたことを思い出す。
――
[この先セーフティーエリア外です。忘れ事はありませんか?]
まったく。ラストバトル前のセーブシステムかよ!
――
一気に血の気が引いた。そんな感覚だった。
嘘だろ。冗談だろ。
そんな言葉を口にしながら見えない壁をなけなしの力で叩く。しかし反応は無い。
視線は一気に地に落ちる。目の前の絶望感を知りながらふと後ろを振り返る。
そこに……たった数メートル先にゴブリンたちが立っている。
数も三体じゃない。いつの間にか十体ほどに増えていた。
ゴブリンたちがジリジリとにじり寄る。それを前に俺はこれ以上下がれない壁を背後に下がろうと手足をバタつかせる。
ゴブリンたちが足を止めることは無い。
嫌だ。死にたくない。
頭の中で湧き出すその感情をただただ繰り返す。
死にたくない。死にたくない。誰かいないのか?誰か助けてくれ!
口に出せない。訴えるも近くゴブリン以外の気配はない。
いつの間にか。一体のゴブリンが二、三歩ほどまで近くに来ていた。
ゴブリンは俺の目にこれでもかと下卑た笑みを浮かべると持っている石の斧を大きく振り上げた。
死ぬ。もうダメだ。お終いだ。
認めたくない三単語。その光景にそう思った瞬間、俺とゴブリンの間に強い光が放たれる。
急な光にゴブリンは空いてる手で目元を覆いながら後退りしていく。
離れるゴブリンを他所に俺の視線は光の元である場所を見ていた。
光源は俺の体。いや腰に巻いているベルトのある部分だ。
俺は光っているデッキケースを開け、一枚のカードを取り出す。
俺がやっているカードゲーム。それにおけるメインのモンスターカードを見る。
デッキケースの光は薄れだし、視界を元に戻したゴブリンがこちらを見直す。
ゴブリンの顔に笑みは無く。気に食わないと言う様な表情だ。
「キシャー‼︎」
ゴブリンは高らかに声を上げると勢いよく俺へ飛び掛かって来た。
俺は咄嗟にそのカードをゴブリンへ掲げ、
「なんでも良い。だから頼む。こいつら全員、やっつけてくれー!」
俺は無我夢中でその言葉を叫んだ。
俺の叫び声に反応して掲げたカードが光を放つ。
ドゴーン‼︎
光が止む頃、森の中から一つの轟音が響き渡る。