Phase.10 レッド・アラート
屋敷を出た俺とアルマは小さく弧を描く橋を渡り、村の広場へ進んだ。
屋敷及び村の外苑には一周するように水の通りがあった。気になったのでアルマにそのことを聞くと、何でもモンスターたちは水を嫌う習性があるらしい。
「ここが家らの村の広場だよ」
広場に着いた俺の目には、村内を行き交う人々や木造の様々な建物が映っていた。砦の存在もあったから村と聞いたとき小規模なのか?と思っていたが、外苑の水路の反対側が見えないくらいの広い村だった。
村の人々の装いも洋服ばかり、表情も活気に満ちている。目に見える範囲で遠目に畑のようなものが幾つかある。
広いな〜。東京ドーム何個分くらいあるんだ?……いや、俺そもそも東京ドームの大きさ知らねえや
そんなことを思っていると俺達の元に近づく影が一つ、
「おはようアルマちゃん!今日も元気だね」
「モク爺!おはよう」
俺らに声を掛けて来たのは、アルマにモク爺と呼ばれる背の低い白髪の爺さん。
モク爺?
「モク爺は今から畑?」
「そうじゃよ。アルマちゃんは……」
頭にハテナマークを浮かべながら俺は、アルマがその爺さんと会話している様子を見守る。……友人が知らない友人と話してる時ってこうなんか寂しくなるよな〜
「コータ!コータ!この人はモク爺」「モク爺。この人はコータ」
アルマに促され、俺はそのモク爺に挨拶する。
「儂ぁモルクス・リーツ。この村の畑で野菜を育てておる。皆からはモク爺と呼ばれておる」
「はじめまして千場鋼大です」
「ほぉ、お前さんがあの……。昨夜は驚かされたよ。他所から人が来るなんて仕事以外じゃ滅多に無いことだから」
「お騒がせしてすいません」
「モク爺、コータは凄いんだよ!外の魔物を退治できるんだ!」
俺がモンスターを倒せることを熱く伝えようとアルマが大きく身振り手振りで表現している。
「そいつは頼もしい!うちの村に傭兵は居ないから」
アルマの説明にモク爺はホッと安堵の息を零す。
「この村に傭兵はいないんですか?」
「うん。傭兵は大陸の中心地に近いところしか居なくて、それに雇うってなると遠征費や報酬で結構な額かかるんだ」
素朴な疑問にアルマは世知辛い経済事情を吐露する。
「まぁ、もうコータがいるから大丈夫だけどね!」
「アルマちゃんの言う通りお前さんがいてくれるなら村も安泰だな。したらこいつは儂からの選別じゃ」
アルマの言葉に相槌を打ちつつモク爺は背負っていたカゴから一個の丸く赤い野菜を俺へ手渡す。
「ありがとうございます。これは……トマトか?」
「そいつは畑で採れたトマトだよ」
あ、トマトなんだ。日本と同じ部分もあるのか?来たばかりのこの世界と自分がいた世界の相違を考えつつ
「いただきます」
俺は貰ったトマトを一口齧りつく。
「もぐもぐ……もぐもぐ……、甘っ!旨っ!」
口にしたそのトマトに俺は思はず感想が出る。
「ほほ、そう美味そうに食ってくれると儂も育てたかいがあるわい」
「村の野菜はちょー美味いよ。なんたって全部ここで育ててるから保存も完璧!常に新鮮!」
えっへん!と自慢するアルマの隣で俺はほ〜と頷きながら口にしたトマトに舌鼓を打つ。……ん?常に新鮮?
アルマの言葉に俺の頭にふと朝食が浮かぶ。
無味の野菜……、あれらもここで採れたものだよな
そんな疑問が次々と頭の中に募る中、俺は三人の会話をさっきの話に戻す。
「さっきの話で気になってたんだけど、傭兵が居ないって言ってたけど外のモン……魔物はここに攻めてこないの?」
「あ、それなら大丈夫だよ。……大丈夫じゃないけど大丈夫」
大丈夫だけど大丈夫じゃないってなんだ?
「砦の中には見張り部屋があってな。村の近くで魔物が発生・襲撃があれば広場に埋め込まれた光石が赤く輝いて知らしてくれるんじゃ」
「その知らせを来たら皆建物の中に入って息を潜めるの。魔物が居なくなるまでね」
短い白髭を撫でつつ語るモク爺の隣でアルマは大変だよと言うかのようにやれやれと首を横に振る。
なるほど広場にはそんな仕掛けがあるのか。二人の話に耳を傾けトマトを食べる手を止めない俺の目に赤い光が差し込む。
「その知らせってさぁ〜。今光ってるやつ?」
俺は膝下あたりで淡く光っている赤い光を目で指し、二人に伝える。
「あ、これくらいなら大丈夫だよ。この光の強さは魔物とまだ距離がある状態。ここから更に光が強くなったら……」
そうアルマが言いかけた直後、広場の赤い輝きは頭の少し上の高さまで発光した。
「皆さん早く家屋の中へ!魔物が来ています!」
村の入口のほうであろう方角から一人が広場まで駆けてくる。その声を耳にした村民たちは駆け足に近くの建物の中へと避難していく。
「儂らも早く避難せんと!」
他の村人の声を耳に急ぐモク爺。そんなモク爺と反対に、
「コータ!」
その呼び声とともにアルマが俺のほうに視線を送る。
「アルマ!村の入口は」
「こっち!」
閑散とした広場を駆け抜け、俺はアルマとともに村の入口へと向かう。