バベルの憂鬱 Sheet6:エピローグ
翌朝。
アキラが目を覚ますと、エルの姿がなかった。
トイレかと思い、しばらくベッドの上でまどろんでいたが一向に戻ってくる気配がない。
辺りを見回すと、デスクチェアの背もたれに着ていたパジャマが掛けてあった。
時計の針はまもなく九時を指そうとしている。
アキラはベッドから身を起こすと、階下にある店の方に向った。
「エル?」
居ないのは一目瞭然だったが、声に出して呼んでみる。
段々と不安が胸の奥から込み上がって来る。
とその時、店の裏口から物音がした。
レジ袋を手に提げたエルだった。
「アキラおはよう。起きたんだ」
「お前、一人で外へ行ったのか?」
アキラと暮らす様になって一年、外出は常に二人だった。
「出掛けるなら、メモとか置いといてくれよ!」
つい強い口調になるアキラ。
「ごめん…LINEしといたんだけど…」
「えっ、LINE?」
アキラがスマホを見ると、『コンビニで朝ご飯買ってきます』とメッセージが入っていた。
「悪い、見てなかったわ」
アキラが詫びる。気が動転していたのを正直に告げた。
「ううん、心配してくれてありがとう」
エルが微笑む。
「でも、どうして急に一人で外出なんてしようと思ったん?」
「昨日誕生日で今日から新しい一年の始まりでしょ?だから記念というか何か一歩前進と言える様な事がしてみたくて…」
「あと…」
エルが続ける。
「マルコさんがコンビニの玉子サンドイッチがめちゃめちゃ美味しいって言ってたから、何か食べたくなっちゃって」
「コレ、何故か外国人観光客に人気だよな。ここでも簡単に作れるのに」
「パンがすごく柔らかいのと、あとマヨネーズが違うみたいな事マルコさんが言ってたよ。私のいた異世界でも天下取れると思う」
エルが二人きりの時に自分の居た世界を"異世界"と言ったのは初めてだとアキラは思った。
「じゃあ向こうへ帰る事になったら…俺も一緒に連れてってくれ。二人で玉子サンドの専門店やろうぜ」
「えー、オムライスも出そうよ。あれも絶対ヒットするから」
エルと向こうへ帰る事を冗談半分でも語り合える様になっていた。
二歩も三歩も前進した気がした。
「ただなぁ、あっちの言葉を覚えるのは大変そうだよな。女神様のギフトか何かで転移した瞬間話せる様にしてくんないかな」
「何甘えたこと言ってんの。その時は私がみっみり教えてあげます。それにグッさんも言ってたでしょ…
『ネイティブの恋人を持つのが上達の近道』
って」
〈完〉