バベルの憂鬱 Sheet5:翻訳
「一分で!?…って私はもうエルさんのやる事には驚きませんよw」
育美がいたずらっぽく笑う。
「Google翻訳へコピペすれば出来ますよね」
薔薇筆が言う。
「うん、やる事は同じだけどエクセルでやっちゃえばブラウザ立ち上げなくて済むから」
言いながらエルはUSBメモリから名簿ファイルを開くとマルコ達に見えるようにPCを回した。
「最初にローマ字入れる列を挿入したら、名前のセルを選択しときます。次は[校閲]タブから[翻訳]を選択すると、こっちに翻訳ツールの画面が出てくるから、"翻訳元"を日本語、"翻訳先"をイタリア語にして…で、こっちをさっきの作ったローマ字用の列にコピペでおしまい」
「さっき話してたみたいに名前の読み方は色々あるから翻訳が全部正しいとは言えないけどね」
エルが少し残念そうに言う。
「いゃあ、これだけでも十分です。エルサンありがとう! でもさすが日本だ。エクセルも高機能ですね〜」
マルコは感心しきりの様子だ。
「いや…マルコさん、たぶんどこの国のエクセルでも同じ事が出来ると思いますよ」
アキラが思わず訂正した。
頷く面々。
「それにしても…」
川口が切り出す。
「同じ世界…地球?俺達が今いるこの世界だけでも色んな言語があって意思の疎通もままならない中、エルちゃんは異世界っていうさらに上位の…上位というか難易度が高いっていうか、そういう所から来てるのに一年かそこらでよくここまで馴染めたよな」
「えへへ、もっと褒めてくれてもええんやで」
仕入れ先がどこか分からない言い方で返すエル。
「マルコさんはどうやって日本語覚えたんですか?」
育美が尋ねる。
「私は若い頃、日本から来た留学生のカオルに恋をしました。カオルにアプローチするのに必死で日本語の勉強をしたのがキッカケです」
「外国語はネイティブの恋人を持つのが上達の近道って言うからな」
川口が何気に口にした言葉。
育美は心の中で『ああっもう!』と叫びながら、何とか話をマルコの方に戻そうとした。
「それで、そのカオルさんとのその後は…」
「残念ながら恋人にはなれませんでした。カオルは異性愛者でしたから…」
「?…!カオルさんって男性だったんですか」
薔薇筆が思わず口にした。
「日本では男女ともに付ける名前だもんな。俺の"アキラ"と同じ様に」
性別不詳のアキラが言う。本名なのかはここに居る誰も知らない。
「まぁでも友人としていいお付き合いさせてもらってますよ、今でもね」
その後のマルコは始終上機嫌だった。
気掛かりだった名簿の件があっけなく片付いたからだろう。
育美とアニメ談義をしたり、アキラ特製オムライスに舌鼓を打ったり、そしてエルとは日本の好きなところを出し合ったりした。
「日本に来ていつも残念に思う事が一つだけあります」
そろそろお開きという頃になってマルコが言う。
「それは、帰らなければならないという事です。出来る事ならずっとここに居たいと毎回思います」
エルはマルコの言葉を心の奥で噛みしめていた。
私はどうなんだろう。
帰らなければならないのだろうかと。
チラとアキラの方に目をやると、神妙な面持ちで何も無い壁の向こうを見つめていた。
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