バベルの憂鬱 Sheet3:バースデー
3月23日。
エルのこの世界での誕生日だ。
アキラがいるこの街に異世界から転移してきてちょうど一年。
当初アキラはこの日が訪れるのに不安があった。
一年という節目でエルが元の世界へ引き戻されるのではないかと危惧していた。
しかしエルによると、向こうの暦がこちらと全く異なるのでこちらの時間経過で考えても無意味だろうとの事だ。
同様に長命種のエルが本当は何歳なのかを聞くことも無意味であり、この世界では今日で満一歳という事になった。
異世界でも"レディに歳を尋ねるのは失礼"なのだ。
今日は日曜、スナック『エンター』の定休日。
チーム『エクセレンター』の面々も休日なので、ちょっとした誕生会を催す運びとなった。
内々の会だが、川口が"ちょっと変わったゲスト"を連れて来るという。
川口が連れて来たのはダイアル錠の一件で持ち主かと思われたイタリア人のマルコだった。
「始めまして皆さん。イタリアから来ましたマルコと申します。以後お見知りおきを」
マルコは流暢な日本語で挨拶をする。
「今日は"白いお猿"は家で留守番です」
育美とアキラ、少し遅れて薔薇筆がジョークと気付く。
アニメ『母をたずねて三千里』の同名主人公が飼ってる猿のアメディオの事だ。
「ご出身もジェノバですか?」
育美が尋ねる。
この返しでジョークが通じてるのがマルコにも分かった。
「ええ、生まれはホントにジェノバなんですよ。猿を飼ってるのはジョークですけどw」
マルコは陽気に笑う。
薔薇筆がエルに、アキラが川口にジョークの説明をする不思議な光景。
「あらためまして、お誕生日おめでとうございますエルサン。これ、ささやかですが私からのプレゼントです」
マルコはそういうと小さな小箱をエルに手渡した。
アキラに促され小箱を開けると、中には花をあしらったベネチアングラスのイアリングがあった。
「ありがとうマルコさん。大切にしますね」
エルはイアリングを光にかざしながら礼を述べる。
「それにしてもやっぱり日本って何もかもがアニメのまんまですね。エルサンも異世界アニメに出てくるエルフそっくりですし」
どこまでがジョークなのかイマイチ分からない。
「そういえばグッさん、例のダイアル錠はマルコさんのだったのかい?」
アキラが川口に尋ねる。
「あぁ、縁ってのは不思議なもんだよな。近況報告を兼ねてメールしようとしてたら、マルコの方から今回の来日の件で先にメールが来てビックリしたわ。あぁ、そう、マルコのだったよ」
話を聞いていたマルコはポケットから件のダイアル錠を取り出した。
「何か私とグッサンを繫ぐラッキーアイテムみたいですね」
マルコが言う。
「実を言うと前回来日した際に知人に貰ったんですが、何か縁起が悪そうだったんでグッサンとこにワザと置いて帰りました」
「何だそれw 縁起が悪いってどういう事? さっきラッキーアイテムって言ってたよなw」
川口もマルコの適当さには敵わない様だ。
「ひょっとして476年、西ローマ帝国滅亡…ですか?」
育美がスマホでググりながら指摘した。
「ブラボー!イクミサン!そのとおりです。私は買った後で気が付きました。"ツーコンノキワミ"です」
「たしかに歴史オタにしては"痛恨の極み"だなw じゃあマルコは要らないかこれ、俺達のラッキーアイテムだけどw」
川口の皮肉を華麗にスルーしたマルコは、
「これは正解したイクミサンにプレゼントします。番号イヤですか?」
「嫌じゃないです。…ていうか、たぶんこれ番号変えられますよ」
「え?」
マルコと川口から声が漏れた。
「メーカーのサイト見ると、確かにこの型番は解錠状態からなら変更出来ますね」
薔薇筆が錠と見比べながら言う。
「あのう…お返ししましょうか?」
育美が申し訳無さそうに言う。
「いやいや、それには及びません。それにしても日本の技術力には毎度驚かされますな」
マルコはそう感心していたが、海外のメーカーでもこれくらいは作ってるだろう。
そもそもそのダイアル錠は米国製だった。