バベルの憂鬱 Sheet2:持ち主
「これがローマ数字って事なら、持ち主が分かったかも知んねぇ」
川口が言う。
「俺が去年、半年ほどご無沙汰してた事あったろ?」
「あぁ、例の"別荘"の…」
アキラがボケる。川口を反社の人間と勘違いしてた頃の話だ。
「それ、薔薇筆クンが分かんないヤツだから。あの時イタリアをメインにヨーロッパ行ってたんだ」
「イタリアンマフィアに会いに?」
「違うわw アキラさん、今日はボケ倒すなぁ」
半分商談、半分プライベートの家族旅行だそうだ。半年丸々居たわけではないが、行ったり来たりを繰り返してたとの事。
「その時知り合った現地コーディネーターでマルコってヤツがいたんだが、こっちにも何度か来てるんで、そいつの物かも知んねぇ」
川口が続ける。
「自国っていうか古代ローマに詳しいのはもちろん、歴史オタが高じて東洋にも関心が移りなかなかの日本オタになったんだと。日本語もかなり上手い。エルちゃんとタメはれるくらい」
エルは"タメはれる"が何だか分からなかったが日本語を褒められてる手前、後から一人で調べようと思った。
「今度あいつが日本に来た時にはここにも連れてくるよ」
川口は話を締めるかの様に言った。
話題が尽きるのを待ってた訳でもないだろうが、薔薇筆が次の話を持ち出した。
「ネット見てたらローマ数字って4000以上の表記が出来ないみたいですね」
「えっそうなん?古代ローマってもっと沢山兵士とかいたんじゃないの」
アキラが言う横でエルが、
「ホントだ、エクセルでもエラーになる」
パソコンの画面を見せながら言う。
「このダイアル錠、四桁だったら表記出来なかったかもって話か。あ、でも一桁ずつに分ければいいだけか」
川口は疑問を自己解決した。
「実際やりようはいくつもあったみたいですから思ったほど不便はなかったんでしょうね」
薔薇筆はネットで調べたスマホ画面を回し見した。
ローマ数字、アラビア数字、日本には漢数字。コンピューターの世界では二進法とか十六進法とかもある。
数を表すだけでも色んな種類・方法があってエルは覚える大変さに辟易してるんじゃないだろうか?
アキラはふとそんな事を思った。
最近の漢字の勉強を見てるから尚更だ。
「エルもさぁ、転移先が日本じゃなくイタリアとかだったら少なくとも漢字で苦労しなくて済んだのにな」
「駄目です!イタリアにアキラはいません!」
エルがマジな口調で言い返した。
「!」
アキラはしばし二の句が継げない。
「あらあら」
育美が満面の笑みだ。
川口も薔薇筆も微笑ましく見守っている。
「あ、いや、何だよエル、膨れっ面すんなよ。こういうのは"言葉のあや"って言って日本語って難しいだろ?な?…俺もエルが日本に転移してくれて俺の所に来てくれて嬉しいよ。もちろんじゃねぇか…っていうか育美さん、顔がニヤケ過ぎ!」
アキラがしどろもどろになりながら、エルのご機嫌を取る。
スナック『エンター』の見慣れた風景だ。