バベルの憂鬱 Sheet1:ダイアル錠
とある街の小さなスナック『エンター』。
何故かIT絡みの難事件が舞い込むが、馴染み客と結成したチーム『エクセレンター』が華麗に解決。
【登場人物】
アキラ:『エンター』の店主。性別不詳で通している。ショートヘアで丹精な顔立ち、Tシャツにレザージャケットが定番のスタイル。
客はマスターかママか分からないので、「アキラさん」と呼ぶようになる。
エル:『エンター』唯一の従業員。自称異世界から転移してきたエルフ。尖った耳がユニークな北欧系美人。魔法は使えないがPC、特にエクセルに精通している。"エル"はアキラの付けた愛称。
川口:チーム『エクセレンター』発起人。通称"グッさん"。ダジャレとオヤジギャグを好む会社経営者。
育美:『エクセレンター』命名者。サブカル好きな20代OL。マニアックな知識が問題解決の糸口になったりする。アキラとエルのカップリング推し。
薔薇筆:20代後半の技術系会社員。店のサイトにクイズを送り付けて来た。"薔薇筆"はその際のハンドルネーム。理数系が得意な事から『エクセレンター』のメンバーに加わる。現在育美と交際中。
三月上旬。
今日も開店早々にチーム『エクセレンター』の三人、川口、育美、薔薇筆が集う。
スナック『エンター』の見慣れた光景。
川口以外の四人はサイトにアップする「最初の一杯無料クイズ」の打ち合わせをしている。
手持ち無沙汰になった川口はスーツのポケットから何やら小物を取り出すと、両手でそれを弄り出した。
クイズの打ち合わせが一段落したアキラがそんな川口を目に留め話しかける。
「グッさん、何それ?」
「あぁ、会社の倉庫…ってほどのもんじゃねぇな、物置にあったんだ」
そう言うとアキラに手渡した。どこにでもあるダイアル錠、数字を合わせて開ける小さな南京錠だった。
アキラはそれを返しながら尋ねた。
「開ける番号が分かんないとか?」
「そうなんだ。使わなくなった手提げ金庫の横にあったから、落とし主じゃない誰かが置いたんだと思う。ウチくらいの規模の会社でも何年かやってると、誰が何の目的で買ったのか分からん備品ともいえないガラクタが山ほど湧いて出てくるもんさ。
まぁダイアル3桁しかないし、総当たりでも大した事ないからな。こんなもんでも自転車のセカンドキーくらいにはなるだろ」
「端っこに手書きでアルファベット書いてあるけど、それが番号と関係あるんじゃない?」
CDLXXVI
「これな。番号3桁なのに字数多すぎじゃねぇか?」
アキラと川口のやり取りを聞いてた薔薇筆が声を掛ける。
「それ僕にも見せてください」
ダイアル錠を受け取ると育美と一緒に眺め、文字をノートに書き写した。
エルにもせがまれたのでそちらへ回した。
エルはさっきまで打ち合わせでパソコンを使っていたので、そこにメモ代わりに入力した様だ。
錠は隣のアキラを経由して川口のところへ戻ってきた。
「"XX"は伏せ字かしら?」
育美が誰に尋ねるともなく言った。
「いやこれ、ひょっとしてローマ数字じゃないかな」
薔薇筆が言う。
「Vが5、Xが10なのは知ってるけど、位が上の方はCとかDなのかい?」
アキラが尋ねる。
「確かそんなだったと思います。僕もうろ覚えなんで断言出来ませんがネットに早見表か何かあると思います」
「476、エクセルで変換した」
とエルが言った。薔薇筆がまだ検索をしようとした矢先である。
「エクセルにそんな機能があるの?」
育美は何度この台詞を口にしただろうと自問自答した。
「ARABIC関数ってのがあって、ローマ数字をアラビア数字に変えてくれるよ。さっきセルのA1に入力してあったから、隣のセルに『=ARABIC(A1)』って入れただけ」
川口がエルの言った数字に合わせると、当たり前かの様に錠は開いた。
「スゲーなエルちゃん」
川口の言葉にエルは、
「薔薇筆さんがローマ数字って教えてくれたおかげです」
と答えた。
「それにしてもエルさん、エクセルの関数全部覚えてるんですか?」
育美の疑問にエルは、
「エクセルの関数って五百ちょっとあるけど、半分も知らないよ。特に利率とかの財務関数(?)なんか全然分かんない」
「それでもそんなにたくさん覚えたんだ。やっぱスゲーよ」
川口が褒める。
「エクセルの関数なんて、漢字に比べたら大した事ないです。漢字、"トーヨー"漢字だけで二千以上あるんですよ。それ全部覚えてる皆さんの方がスゲーですよ」
エルが熱く語る。このところ漢字の習得に腐心してるからだ。
「まー、俺なんて読めはするけど書けって言われたら怪しい漢字いっぱいあるけどな」
アキラがそう言うと、
「私も」「僕も」「俺も」
皆異口同音に応えた。
「えーっ、そうなんだ」
エルには意外だった様だ。
「パソコンやスマホで変換してくれるから現代人の方が顕著にその傾向はあるだろな」
川口が言う。
『魔道具に頼り過ぎると魔法が廃れる』
エルは元の世界での師匠の言葉を思い出していた。