家族になる
今日は書類の直しが少なく、定時で帰路に着けた。
スミレは、何を贈ると喜ぶだろうか。
改めて考えてみると、スミレのことは何も知らないということを突きつけられた。
食べものは何が好きで、花は何が好きで、服の色や柄は何が好きで、装飾品は何が好きで、娯楽は何が好きで。
なんにも知らないことが、ようやく分かった。
何を買うべきか。何を贈るべきか。
うんうん唸りながら、ふと、店じまいをしている花屋が目に入る。
「店主、少しいいか?」
「おお、ノイシュ、どうした? スミレちゃんに花でも贈るのか?」
なんとなく威厳っぽい雰囲気を漂わせながら、顔見知りの花屋店主に声をかける。
声をかけられた店主は、実家の食堂の常連で、小さい頃から知っているおれのことは騎士団長としては扱ってくれないようだった。
「まあいいや。おっちゃん、なんか良い花ねえか?」
「おう、おれがこだわって集めた良い花しかねえぞ? まずは見ていけ」
こだわって集めたと言うだけあって、店内には色とりどりの綺麗な花々が置かれていた。
見映えの良い大きな花が多い中で、小さな鉢にひっそりと咲く花が目に入る。
「……なあ、おっちゃん。これは?」
「おう、お目が高いなノイシュ。その花は……」
「ただいま」
花屋で買った花を手に、実家の大衆食堂のドアを開ける。
「おかえりなさい、ノイシュさん」
まだ客が残っている中で、忙しそうに動き回るスミレが、パッと花咲くような笑顔で迎えてくれる。
……この笑顔は、兄に向けたものじゃなかったんだな。
「スミレ、これ」
「……ノイシュさん、この花って……?」
「うん、スミレの花。花言葉は、誠実、謙虚、小さな幸せ、だってさ。花屋のおっちゃんが教えてくれた」
「……これが、スミレの花……。本物を直接見るのは初めてです……」
「本当はもっと、鮮やかで大きな花を花束にしてもらいたかったんだけど、なんか、こっちの方がいいなって思って」
小さな鉢に植えられた小さな花を、食い入るように見つめるスミレ。
おれの思い込みかもしれないけれど、なんか、すごくぴったりだ。
「小さい花だけれど、清楚で可憐で、控えめで。でも、すごく綺麗で。おれも、目が離せなくなった。花屋のおっちゃんに聞いて、すごく納得できた」
「……あの、これ、もらって良いんですか?」
おれの顔を見上げてくるスミレに、微笑んでうなずく。
「うん、もらってほしい。……本当は、指輪を贈るのがいいんだろうけど、時間なくて。また今度、一緒に選びにいこう。指輪」
ああ、顔が熱い。スミレの目を見るのがつらい。そらしたい。でも、目を離したくない。
「スミレ、愛しているよ。兄としてではなく、男として。家族になろう。義理のじゃなく、本当の家族に」
声は、震えていなかっただろうか?
言葉は、想いは、ちゃんと伝わっただろうか?
スミレは、どう思っているだろうか?
「……あの、あの、ノイシュ、さん」
「うん、スミレ。落ち着いて。ゆっくりでいいから」
スミレの目に、涙が溢れる。
まずいなあ。泣かせてしまう。
「……あの、私で、いいんですか?」
「きみがいいんだよ、スミレ。スミレと、きみと家族になって、生涯添い遂げたいんだ」
頬がひきつる。心臓がうるさいくらい。
「……喜んでっ!」
スミレの花を片手に、涙をこぼしながら、花のように笑い、抱きついてくるスミレ。
この清楚で可憐な一輪の花を、生涯守り抜こうと、改めて心の中で誓ったのだった。