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秋ナスの喉越し

作者: しめさば

 半月が洗濯物の間から見えた。

 まだ明るい空に綺麗な月が浮かんでいると、なんだか得をした気分になるのは私だけだろうか。

 美しいものは、見るだけで価値を感じられる。

 手に入れたいなんて、思わない。


 旦那が帰ってきた。

 沸かしておいた風呂に入れ、その間に食事の用意を済ませ、洗濯物を畳む。

 私の靴下が片方なくなっていることに気づいた。

 秋風に飛ばされてしまったのかもしれない。


 今晩は秋ナスの煮浸しを作った。

 平日の折り返し、水曜日なのに、手の込んだものを作ってしまった。

 共働きでも、料理は私が作る。

 その方が、食べたいものが食べられて、都合がいいのである。


 缶ビールを二つ、旦那が冷蔵庫から持ってきた。

 首に巻いたタオルで頭を掻きながら、仕事の愚痴を二、三こぼしている。

 こういうとき、私は真摯に話を聞くことにしている。

 彼が私に甘えたくなるように、最大限仕向けるのだ。


 私はいつも彼のあとに風呂に入る。

 食事のときは、まだ化粧を落としていない。

 今日はあまり汗をかかなかった。

 状態が良いのだろう、旦那の私を見る目が違う。


 私はグラスを二つ持っていく。

 缶のまま飲もうとするのを制して、酌をした。

 乾杯と言って、グラスを打つ。

 彼の方はすぐ飲み干した。


 グラスを取り上げながら、テレビに映るタレントの名前を尋ねる。

 彼の視線が逸れた隙に、グラスを私のと交換して、注いだことにする。

 空いたグラスを彼から遠いところに置いた。

 そうすれば旦那の気は利かないのだ。


 酒はできれば飲みたくなかった。

 なぜか彼にはそう言えなかった。

 万が一のことがあるから。

 そう言ったら、彼はどんな顔をするだろう。


 私は箸で秋ナスを持ち上げる。

 垂れた紡錘形の先を舌で受け止めた。

 ヘタを丁寧に処理して、あえて残している。

 そこまでを、すべて口に含めた。


 タレントの名前を思い出して、呑気に喜んでいる。

 私はナスの根元を前歯で噛み切って、そのまま飲み込んだ。

 旦那のグラスが再び空いた。

 喉越しがいいでしょう、と酌をする。


 旦那は食事を終えるとベランダで煙草を吸った。

 昔は、指の根元で煙草を挟む、彼の仕草が好きだった。

 今でも横顔は美しいと思う。

 どうしても手に入れたくて、ついに手に入れたものだった。


 手に入れたら手に入れたで、つまらなくなるものだ。

 しかし、さらに一つ手に入れるには、すでにある一つを手放さなければならないという。

 本当にそうだろうか。

 そうでないことを証明してみたい。


 二人の夕食分以上の食器を洗う私の背中越しに、彼が言った。

 なんか、靴下が落ちてるよ。

 見ると、私たち二人のどちらのものでもない、若いデザインのハイソックスだった。

 秋風に乗って飛んできちゃったのかもね、と私は誤魔化した。

一応、エンディングが二通りあります。。。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ! と思いながら読みました。こういう仕掛けって気付いた時気持ちいいですね。色々思いの丈を感想を書きたいところですが、感想欄からのネタバレ防止のため、お口チャックしてる自分がいます。 す…
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