5 わかってくれない婚約者
「不愉快ですって……!」
子爵令嬢は声の相手が誰だかわかっていないのか、不服そうな顔をして、マオニール公爵閣下のほうに顔を向けた。
そして、相手が誰だかわかった瞬間、彼女の表情は驚愕のものに変わった。
「マ、マオニール公爵閣下!」
子爵令嬢は慌ててカーテシーをしようとしたけれど、マオニール公爵閣下は、それを止める。
「挨拶はいらない。そのかわり、今日はもう帰ってもらえるかな?」
「え!?」
子爵令嬢は大きな声を上げた。
慌てて、彼女のパートナーの子爵令息がやって来て、マオニール公爵閣下に頭を下げる。
「パートナーが不快な思いをさせてしまいましたようで申し訳ございません! 今後、このようなことは起こさないようにいたしますので」
「もう遅いよ。悲しんでいる人を笑うような人間とは付き合いたくない。君達の家名はわかっているし、もう二度と関わることはないだろうから安心してくれ」
「そんな!」
子爵令息と令嬢の悲痛の叫びが重なった。
「申し訳ございません、マオニール公爵閣下! お許しください!」
子爵令息がマオニール公爵閣下に近付こうとしたけれど、彼は後ろにさがって逃れると首を横に振る。
「僕に謝る必要はない。礼儀知らずな人間とは話をしたくないんだ。出ていってくれるかな? あ、それとも、ノマド嬢は謝ってほしいかな?」
「もう二度と会うことはないかと思いますので結構です」
「そうか。じゃあ、二人共、末永くお幸せに」
マオニール公爵閣下の笑顔はとても冷たいもので、本当にそう思っているようには見えなかった。
「申し訳ございませんでした! マオニール公爵閣下の気分を害させたいわけではなかったのです!」
子爵令嬢が叫んだけれど、マオニール公爵閣下は笑顔で会場の出入り口を指差す。
「出口はあっちだよ。今日は来てくれてありがとう」
二人にそう告げたあと、マオニール公爵閣下は私のほうに顔を向けて促してくる。
「場所を移動しよう。君の婚約者に会いたい」
「承知しました」
「お待ち下さい、マオニール公爵閣下!」
子爵令嬢達は追いすがってきたけれど、すぐに会場の警備についていた騎士達に捕まり、会場から追い出された。
「脅しはしたけど、子爵家にどうこうするつもりはないから安心してくれ。それとも、罰を与えたほうがいいかな?」
「十分です。ありがとうございました」
人をバカにしていた罰が当たればいいとは思っていたけれど、こんなに早く当たってしまうだなんて、と実はかなり驚いていた。
これからは反省して、あんな馬鹿な真似をしないように祈るわ。
パーティー会場の隅でロバートの姿を見つけ、マオニール公爵閣下と一緒に向かうと、彼も私の姿を見つけて近付いてきた。
まずは、私だけで先に話をすることにして、ロバートと合流した。
「何をやってたんだよ。心配するじゃないか」
「そのわりには探しにも来てくれないのね」
「しょうがないだろ。君のご両親と話をしていたんだ」
「そうですか」
あまりにも腹を立てているからか、ロバートにも敬語になってしまった。
「アイリス、どうして謝ることが出来ないんだよ?」
「謝れないんじゃないわ」
言い返すと、話が聞こえていたのか、お母様がロバートの隣に立って言う。
「あなたも同じようにイタズラをしないから、あなたがターゲットにされるの。ただの遊びなんだから、もっと気楽にしなさい。やり返せばいいだけじゃないの」
「そんな問題ではありません。お母様達がやらなければいいだけです」
「まあ! あなたは本当に真面目すぎるわ! ユーモアってものを知らないんだから!」
「ユーモアで済まされるものではありません!」
少なくとも、私の心は傷付いているのだから、絶対にユーモアで済まされるものじゃない。
「お姉さま、子供じゃないんだから、こんなところで拗ねないでよ。このままじゃ、私の評判が悪くなってお嫁にいけなくなるじゃない」
ココルが口をとがらせるので、彼女を軽く睨んで言う。
「あなたにはロバートがいるでしょう」
「お姉様、まだ、そんなことを言ってるの?」
「アイリス。さっきのはただの悪戯だって言ってるじゃないか。俺は君が泣いて別れたくないって言ってくれると思っていたのに、そうじゃなかったから悲しんでるんだよ」
「意味がわからない! あなたの思う通りにならなかったからと言って、私を責めるのはやめてよ!」
強い口調で言うと、ロバートは悲しそうな顔で私を見つめる。
「わかった。そのことについては許してあげるよ。でも、君は家族を低評価しすぎだよ。君は家族をあまり好きではないようだったけど、とても楽しい人達じゃないか。君の感覚がおかしいだけじゃないのか?」
――まさか、ロバートがこんなことを言う人だったなんて。
具体的な話まではしていないけれど、ロバートに家を出たいという話は何度かした事がある。
家族の悪戯が嫌でしょうがないということも何度も話をした。
そのたびに、優しく慰めてくれたから心が救われたこともあった。
だけど、彼はいつの間にか、私の家族の色に染まってしまっていた。
今日のために、私の知らない間に、お父様達と何度か集まって打ち合わせでもして、その内に仲良くなってしまったんでしょう。
騙されたなら騙されたままでいればいい。
私にはもう関係ない。
「私ではなく、私の家族の味方をする婚約者なんていらないわ」
「何を言ってるんだよ、アイリス。まだ拗ねてるのか? どうしたら機嫌をなおすんだよ。君が悪いのに俺に謝れって言うのか?」
そう言って、ロバートが私の腕をつかもうとした時だった。
「彼女に触れるな」
そう言って、私の腕を引いたのは、先程から私の後ろで話を黙って聞いてくれていたマオニール公爵閣下だった。