42 誕生日当日の朝
1日が過ぎるのはゆっくりというような気がしていたけれど、この十数日はあっという間に過ぎた。
誕生日パーティーの準備が忙しすぎたということもある。
リアムから話があった時には、すでに招待状は作られていて、呼びたくない人がいたら、その人をはじくという作業からはじまり、ドレスを仕立てたりと大変だった。
本来ならばパーティーは相手の都合もあるので、かなり早くに招待状を送っておくのが当たり前なのだけれど、今回は、主要な貴族しか呼んでいないということと、その様な人達は私の誕生日なども頭にいれてくれていた上に、リアムが話だけは先にしてくれていたこともあり、急なお誘いであったにも関わらず、多くの人から出席の返事が返ってきた。
そして、誕生日前日の昨日の晩、私の誕生日パーティーが開かれた。
といっても、基本は社交場なので、一通りの挨拶を終えたあとは、リアムから後は任せてくれたらいいから、気にしないで眠って良いと言われた。
疲れていたので、招待客の人には無礼をお詫びすると頭を下げてから、自分の部屋に行き、楽な服に着替えた。
でも、興奮しているのか眠れなくて、彼が部屋に戻ったら教えてほしいとトーイにお願いして、部屋で待っていた。
すると、彼が部屋に帰ってきた時刻が、日付けが変わる少し前だったので、一緒に誕生日を迎えることが出来た。
「お誕生日おめでとう、アイリス」
「ありがとうございます」
「この年がアイリスにとって良い年になるといいけど」
「なんだか新年を迎えたみたいですね」
「アイリスの人生にとっては新年だろう?」
リアムの部屋で向かい合ってお茶を飲みながら話していると、とても幸せな気持ちになって、最高の誕生日になりそうな予感がした。
家族でさえも日付けが変わった時に一緒にいることはなかったから、私にとって、一生忘れられない思い出になる気がした。
お飾りの妻じゃなかったら、一緒の部屋で眠って、もしかしたら、私が経験したことのない世界に足を踏み入れていたのかもしれないけど……って、こんな、ありえない想像をしちゃ駄目ね。
リアムに失礼だわ!
こんな妄想をしてしまったことは、今日が誕生日ということで大目に見てほしい。
「アイリス様、お誕生日おめでとうございます」
朝食をとるため、ダイニングルームに向かう途中で、顔を合わせた使用人から誕生日を祝われて、幸せな気持ちでいっぱいになる。
家族にお祝いしてもらうよりも嬉しいなんて、おかしいかしら?
何より誕生日祝いの悪戯を心配しなくていい朝なんて、素敵すぎる。
いつもはケーキは自分で買いに行っていたのだけど、ある年の誕生日に珍しくケーキを用意してくれたので喜んでいたら、ケーキの中にプレゼントを入れられていたり、プレゼントの箱かと思ったらびっくり箱だった、などなど、毎年、誕生日が来るのが憂鬱に思えていたくらいだった。
今年に関しては独り立ちできると思って、待ち遠しい誕生日ではあったけれど。
昨日のパーティーは無事に終えられて良かったけれど、問題は今日の身内だけのこじんまりとしたパーティーだった。
今日のパーティーの招待客は、サマンサと私の家族とお義父様とお義母様。
ただ、私が出席していない、他の方が開かれたパーティーで、お二人は私の家族と顔を合わせてしまったらしく、その時にとても不快な思いをされたようで、私の両親とは、もう二度と会いたくないと言われてしまった。
だから、お義母様達は、私の家族が帰ったあとに、こちらまで足を運んでくださるらしい。
今日が正念場だわ!
気合を入れるために、パチン、と自分の両頬を叩いたと同時に、ダイニングルームの扉が開いて、リアムが中に入ってきた。
「おはよう、アイリス。まだ眠いなら眠ってきたら?」
どうやら頬を叩いているところを見られていたようで、リアムが心配げに私の座っている席に近寄ってくる。
「お、おはようございます! 大丈夫ですっ!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ」
リアムはそう言って笑うと、私の頬に触れて続ける。
「叩くから赤くなってるよ」
「……気を付けます」
「何に気を付けるのかわからないけど」
リアムはくすりと笑ったあと、笑顔を消して心配そうな顔をして聞いてくる。
「本当に家族に会うんだね?」
「はい。新しい私に生まれ変わる為に、誕生日は良いきっかけになるかと思いまして」
「最悪な誕生日になったらどうするの?」
「その時は、リアムが慰めて下さい」
冗談っぽく言って笑うと、リアムは私の頬を親指で優しく撫でてから頷く。
「わかった。だけど、無理はしないように。僕もなるべく一緒にいるようにするから」
「なるべく?」
「君のお友達も来るだろ? さすがに邪魔はできないし。女性同士の会話に僕がまじっていくわけにはいかないだろ」
「そうですね。サマンサとは二人で話したいこともいっぱいありますから! お気遣いいただき、ありがとうございます」
「君が喜んでくれるなら嬉しい」
最近のリアムは勘違いしてしまいそうなくらいに優しい。
契約条件の変更のことで後ろめたさがあるのかもしれない。
だから、期待しても意味がないのはわかってるのに、自分の心がコントロール出来ない。
それで、さっきみたいな変なことを考えてしまったんだわ。
邪念を払おうとしていると、リアムに顔を覗き込まれる。
「アイリス、本当に大丈夫?」
「大丈夫です!」
「……あまり大丈夫そうには見えないけど」
「緊張してるんだと思います」
これは嘘じゃない。
今日こそは家族との縁を切る。
元々、実家を出た時点で縁を切ったはずなのに、向こうはそんなことを忘れてしまっている。
だから、もう終わりにしなくっちゃ。
リアムに守られてばかりの私はもう嫌。
私の手で、家族に痛い目を見てもらおうと決めた。




