39 リアムの悩み
プリステッド公爵令嬢との出来事から数日が過ぎた。
鉱山に関しての手続きは問題なく進められ、リアムは今まで以上に忙しそうだった。
その間に、リアムの役に立つためには何をしたら良いか考え、お義母様やお義父様、トーイ達に相談したところ、特別感のあるものが良いのではないかと言われた。
私に出来ることというと、実家でたまにやっていた料理くらいなので、それはどうかと相談した。
すると、料理人に手伝ってもらうのなら良いと言われた。
実家にいた時は家事全般をしていたこともあり、最初はハラハラしながら見守ってくれていた周りも、しばらくすると何も言わなくなった。
料理人とも、今日の献立を一緒に考えたりするようになり、誰のために始めたのかわからなくなってきていた。
最初は手料理なんて重いかしら、と思っていたけど、リアムはとても喜んでくれた。
喜んでもらえるのが嬉しくて、頻繁に作るようになり、最近は一緒に食べるのをやめてまで、彼の食事を作るようになっていた。
そんなある日、トーイに呼び出された。
リアムの執務室横にある側近の休憩用の小部屋で、トーイが来るのを待っていると、彼は少ししてから部屋に入ってきて、頭を下げる。
「お手間をおかけし申し訳ございません。ですが、どうしてもリアム様の件でアイリス様にお願いがありまして」
「私に出来ることなら頑張ります!」
「よろしくお願いいたします。これからリアム様が執務室に来ますので、僕が話をします。その話をアイリス様に聞いていただきたいんですが、本人にはバレないようにしていただきたいんです」
「わかったわ。盗み聞きするのは気が引けるけれど、何か理由があるのよね?」
意味がよくわからないけど、トーイはリアムのためになるから、そんなことを言うのだと思うことにした。
首を縦に振ると、トーイは頭を下げて部屋から出ていった。
そのまま部屋の中で静かにして待っていると、隣の部屋の扉が開く音と足音、そしてリアムの声が聞こえてきた。
「あとどれくらい頑張れば仕事が終わると思う?」
「しばらくは無理かと思われます」
「そんな冷たいことを言うなよ」
トーイに冷たく返され、リアムのうんざりする様な声が聞こえてきた。
彼は人前では大人びているけれど、身内だけだと実際は違う。
子供っぽいところもまだ残っているし、実は甘えん坊だったりすることも最近はわかってきた。
それにしても、トーイは私に会話を聞かせてどうしたいのかしら?
「リアム様、ここ最近、仕事のスピードが落ちてますが、何かありましたか」
「……やっぱりそうかな。今まで通り仕事をしてたつもりなんだけど」
「たまに上の空になっている時がありますよ。一体、何が原因なんです?」
そんなことは知らなかったので、私はリアムの返答を聞き逃すまいと耳を澄ます。
「僕はアイリスと一緒に食事をしたいんだよ」
リアムの返答を聞いて、私の頭に疑問符が浮かぶ。
え?
食事がしたい?
「お気持ちはわかりますよ。ですが、妻の手料理なんて、公爵という身分の方が中々味わえるものではないですよ。贅沢なことを言わないで下さい」
「そりゃあ、嬉しい、嬉しいけどさ。二人での食事に慣れて、アイリスもやっと心を開いてくれたのかなって喜んでたのに、僕にご飯を給仕するために、自分の食事を後回しにして、僕以外の人間と一緒に食べるなんて酷くないか?」
「子供みたいなことを言わないで下さいよ」
トーイが大きなため息を吐いた。
リアムは愚痴るように続ける。
「せめてお茶の時間だけでも一緒にいようと思って誘ったら、今度はお菓子まで作ろうとするんだから。お茶の時間も一人だよ」
「そう大して甘い物はお好きでないのに、そんなことを言うからですよ」
……え!?
そうだったの!?
お茶をしたいっていうから、お菓子を食べたいのかと勘違いしてたわ!
冷静に考えてみたら、私、重い女なのでは!?
喜んでもらおうと思ってやったことなのに、リアムにとっては迷惑だったなんて……。
考えてみれば、好きでもない人間から手作りの料理なんて嫌だとか言っている男性の話を聞いた事がある。
今すぐ謝りたい。
だけど、トーイから聞いた話は本人に言うな、と言われているし……。
「アイリスは僕と一緒にいるのが嫌なのかな。だから、そんなことをして僕を避けてる?」
「そういう方ではないと思いますよ。逆にリアム様のことを一生懸命、考えてのことだと思いますが」
「じゃあ、どうしたらいいんだよ」
「素直にお気持ちを伝えみては?」
「子供みたいって思われたらどうするんだ」
「もう知っていらっしゃると思いますよ」
トーイが鼻で笑う。
それは、わかってきてました。
だけど、一緒に食事をしたいだなんて思ってくれているだなんて思っていませんでした。
「正直に言って嫌な顔されたらどうしたらいい?」
「ウジウジしないで下さい。いつもの調子でいけばいいんですよ」
「……わかったよ」
「もうすぐ、アイリス様のお誕生日でしょう。誕生日パーティーはどうされるんです? その時にご両家の顔合わせもされるんですか?」
「そうなんだよな。でも、誕生日パーティーに、あの家族と会わせるのもどうかなと思うし……」
リアムの悩むような声が聞こえた。
そうだわ。
私、もうすぐ、誕生日なんだわ!
色々とありすぎて、自分の誕生日をすっかり忘れていたことを思い出した。