30 プリステッド公爵家の狙い
プリステッド公爵閣下が帰られたあと、お義父様達に今回の件を相談することにした。
リアムと一緒にお義父様達の邸に行くと、プリステッド公爵閣下が来られていたと知っておられたこともあり、すぐに応接室に通された。
「娘のために鉱山を差し出すなんてよっぽどだな」
「プリステッド公爵の娘への溺愛ぶりは、私も聞いたことがあるわ。元々、リアムとの婚約の話もプリステッド公爵が強くすすめてきたということもあるしね。でも、鉱山を渡すなんて」
私とリアムから話を聞いたお義父様の言葉のあとに、お義母様が首を縦に振ってから言った。
「よほど、勝算があるということでしょう。リアムがプリステッド公爵令嬢を選べば、鉱山を取り戻すつもりかもしれません」
思ったことを口にしてみると、お義父様が頷く。
「その可能性はあるな。もしくは、利益だけ回すように言ってくるかもしれない」
「僕はそんなに女性に振り回されるように見えますか?」
眉根を寄せるリアムに、お義父様は遠慮なく言う。
「男爵令嬢を妻にする公爵なんて聞いたことがない」
「申し訳ございません!」
リアムが何か言う前に私が謝ると、リアムが叫ぶ。
「アイリスは悪くない! 僕が話を持ちかけたんだ」
「あなた、言い方が悪いわ! それにあなただって、リアムとアイリスさんの結婚を認めたくせに!」
お義母様はお義父様に向かって言うと、怒りの表情で立ち上がり、空いていた私の左隣にやって来て座った。
「お義母様……?」
「ごめんなさいね。私、あの人の隣にいたくないわ」
「違う! 責めているんじゃないし、それが駄目だとも言ってない! ただ、世間体の話をしてるんだ!」
お義父様が焦った口調で言うと、お義母様が言い返す。
「そうだとしても配慮が足りないわ。アイリスさんは自分のことをリアムのお飾りの妻だと思っているから、余計に迷惑をかけてはいけないと頑張っているのよ。あなただって、それをわかっているくせに!」
「父上、アイリスは悪くありません。僕がはっきりさせないからいけないんです」
「だから、アイリスを責めてもいないし、リアムの決断も責めていないと言ってるだろう!」
お義父様はリアムを一睨みしたあと、私のほうに顔を向けた時には表情を和らげた。
「アイリス、誤解させるような言い方をしてすまない。俺はリアムの嫁にきてくれたのが君で本当に良かったと思っている。ただ、言いたいことはわかってくれるな?」
「理解できますわ。本来なら、お義父様達が私とリアムの結婚を止めているほうが普通ですから」
頷くと、お義父様は安堵の表情を浮かべた。
「お義母様も私のために怒ってくださり、ありがとうございます」
「当たり前のことよ。マオニール家の男性は女性に対しての配慮が足りないのよ。本当にごめんなさいね」
「いいえ。お義母様が謝られることではありませんわ」
首を横に振ると、お義母様は大きく息を吐く。
「リアムにも女性には優しくするようにと教えて、そうなるように育てたつもりだったのに、こうなってしまったのは、私の責任でもあるわ」
「あの! 本当に私は気にしていません! お義父様も言っておられた通り、公爵閣下が男爵令嬢と結婚するなんてありえないことですから」
お義母様に言ったあと、お義父様に尋ねる。
「お義父様、お茶会に出席しようと思いますが、プリステッド公爵令嬢は、どんなことを仕掛けてこられるか予測はつきますでしょうか」
「そうだな、考えられるとすると」
「テーブルマナーなどの所作だと思うわ」
お義父様の言葉を引き継ぎ、お義母様はきっぱりと答えてから続ける。
「リアムや私達はあなたの素朴さをとても可愛らしいと思っているのよ」
「驚いた時に、ふあっ!? とか、ひゃあ!? とか声を上げるところもすごく可愛いと思う」
「……リアム、言いたくなる気持ちはわかるけれど、私が話をしているんだから、あなたは少し黙っていて?」
「申し訳ございません」
お義母様はリアムを黙らせたあと、優しい表情で言う。
「リアムも言ったけれど、あなたのそういうところ、私も可愛いと思うし好きよ? だけど、社交場で、そのような言動をすることは公爵夫人として認めてもらえない可能性が高いわ」
「ということは、プリステッド公爵令嬢は、お茶会の席で、私に恥をかかせようとするということですね」
「それもあるでしょうし、あなたの自信をなくさせるつもりかもしれないわ。そうすれば、あなたから離縁を言い出さざるを得ないと思っているのでしょう。そして、その後釜に自分が座れると思い込んでいるんじゃないかしら」
本当はお飾りの妻だけれど、周りの人には良い妻として見られないといけない。
今、私に出来ることといったら――。
「お義母様、今更で申し訳ないのですが、公爵夫人としての心構えや所作など、必要なことを教えていただけないでしょうか」
「アイリスさん……」
「お飾りの妻だということは理解しております。ですが、このままでは、リアムだけでなく、マオニール家の評判も落としかねません。お茶会に出席しなくても、自信がないから逃げたと思われるでしょう」
私がしっかり対応できれば、マオニール家の名を汚さなくて済むし、プリステッド公爵令嬢だって、それ以上は言えなくなるはず。
彼女は警察に疑われている。
今は証拠不十分で捕まっていないだけだから、疑われるような大きなことは出来ない。
私を蹴落として、リアムの後妻になりたいのなら尚更でしょう。
絶対に負けられない。
プリステッド公爵令嬢が、二度とリアムに付きまとうことが出来ないように、私も出来ることをやらなくちゃ。
前向きな気持ちでいた私だったけれど、リアムはなぜか辛そうな表情で私を見つめていた。