29 目的は謝罪ではない?
プリステッド公爵閣下は、体格の良い男性で、黒の短髪にダークブラウンの瞳を持つ、年上好きの若い女性が好みそうな渋い顔立ちの男性だった。
リアムを訪ねてきたのだけれど、プリステッド公爵令嬢のことで私にも直接謝りたいと言われたらしく、現在、リアムと一緒に私もプリステッド公爵閣下と応接室で向かい合っていた。
「この度は、マオニール公爵と夫人には、我が娘のせいで不快な思いをさせてしまい申し訳ない」
プリステッド公爵閣下は座ったままではあるけれど、深々と頭を下げられた。
「僕に対してはかまいませんが、妻に対して嫌がらせをしようとしたことは許せません。それに、なぜそこまでご息女を放置しておられたのです?」
リアムの厳しい口調に、私は慌ててしまう。
公爵閣下自らが謝りに来られるだなんて滅多にない話だから、リアムがこんな風に言うだなんて思ってもいなかった。
「その点については返す言葉もない。言い訳にはならないが、娘のことは全て妻に任せていた」
「跡継ぎであるご子息のことだけ考えておられたということでしょうか」
「それで間違いない」
「そうとは思えません。あなたがご息女を可愛がっておられることは社交界では有名な話です」
同じ公爵という爵位ではあるけれど、年齢はプリステッド公爵閣下のほうが上なので、相手に非があるとはいえ、本来ならば、リアムがここまで強く言える立場ではないかもしれない。
でも、甘い顔をすると、マオニール公爵家の名に傷がついてしまう。
ただでさえ、私のような男爵令嬢を嫁にもらっているのだから余計にだ。
もしかすると、プリステッド公爵閣下も私が相手だから、わざとプリステッド公爵令嬢を放置していたのかもしれない。
私なんかよりもプリステッド公爵令嬢のほうが身分的には釣り合うだろうし、父親からしてみれば、自分の可愛い娘が私なんかに負けるわけがないと思っていたとか?
「今回のことで口頭の謝罪だけで終わるつもりはない。マオニール公爵家と隣接している一部の領地をそちらに譲ろうと思っている」
「自分達がいらない領地を渡すつもりですか?」
すかさず、リアムが尋ねると、プリステッド公爵閣下は懐から一枚の白い紙を取り出し、リアムに差し出した。
リアムはそれを受け取り、内容を確認すると小さく息を吐き、プリステッド公爵閣下を睨んだ。
「正気ですか」
「それくらいのことをしたと思っているんだ。だが、一つお願いがある」
「詫びる立場なのにお願いですか」
「それほどの対価があると思っているから言うんだ」
「聞くだけ聞きましょう」
紙に書いてあった内容がどんなものかはわからないけれど、プリステッド公爵閣下がマオニール公爵家に対して譲渡する領地が、よほどメリットのある場所なのだと思われた。
プリステッド公爵領には鉱山が多いから、もしかすると、その一部かもしれない。
「夫人にお願いがある」
「……私にですか?」
まさか、こちらに話がふられるだなんて思っていなかったので、驚きつつも気を引き締める。
「プリステッド公爵、妻を巻き込むのはおやめください」
「そちらの紙に書いてあるだろう。陛下からは許可をもらっている」
「ここには願いをきくように、としか書かれていません。陛下はその願いを知ってらしたんですか?」
陛下という言葉が飛び出してきたので、思わず驚きの声を上げそうになるのをこらえ、気持ちを落ち着かせてからリアムに尋ねる。
「リアム。何と書かれているんです?」
「一つの鉱山の所有権をマオニール公爵家に渡すことを許すけれど、その条件として、プリステッド公爵の願いを一つだけきくようにと書かれてある」
「そういうことだ。だから、こちらの願いをきいてもらう」
私の質問に答えてくれたリアムの後に、プリステッド公爵閣下が私に向かって言った。
「お断りします」
私が何か言う前に、リアムが答え、紙をテーブルの上に置いた。
「マオニール公爵、貴殿は自分が何を言ったかわかっているのか?」
「陛下からの命令書には注意書きで、謝罪を受け入れ、鉱山を諦めるなら、願いはきかなくても良いと書いてあります」
「だからわかっているのかと聞いているんだ! 鉱山が一つ増えればどれだけの利益が領民にもたらされると思ってる!」
「妻一人を守れない領主に、領民を幸せに出来るとは思えません」
「貴様」
リアムとプリステッド公爵閣下がにらみ合う。
私は大きく深呼吸をしたあと、リアムの手を握って言う。
「リアム、私はあなたの妻です。領民の利益になることなのでしたら、話を聞く前から断ることは出来ません」
「アイリス」
苦痛の表情を浮かべるリアムに微笑んだあと、プリステッド公爵閣下のほうに顔を向けて尋ねる。
「プリステッド公爵閣下の願いとは何なのでしょうか。リアムと離縁しろなど、出来ないことに関してはお断りさせていただきますが、そうでないというのであれば、お話をお聞かせ願えますか」
「……ありがとう」
プリステッド公爵閣下は私の態度に驚きを隠せないようだった。
でも、素直に礼を言われたあと、お願いを口にした。
「近々、プリステッド公爵家で開く茶会に、夫人に出席してほしい。それだけだ」
「……夫と話し合ってからお返事いたします」
お茶会に出席するだけで、鉱山が一つ手に入るというのなら、お安いものと言いたいところだけれど、絶対にそれだけではないはず。
こうまでしないと、私を表舞台に引きずり出せないと思ったのね。
まさか、毒殺だなんて恐ろしいことは考えていないでしょうけれど、何か目的があるから、私を呼ぶはずだわ。
リアムのほうを見ると、眉間のシワをいつも以上に深くして、プリステッド公爵閣下を見つめていた。