13 お飾りの妻としての在り方
マオニール公爵閣下が調べてくれたところ、公爵令嬢は、私と閣下との結婚を認めないという話を、ここだけの話として、親しい人に話をしているそうだった。
といっても、カフェや社交場などで、大きな声で話をされるため、周りの人間にも聞こえてしまっており、調査した人も、苦労せずに調べることが出来たみたいだった。
男爵令嬢が公爵令息と結婚だなんて、身分的に許されないというものらしい。
これについては危惧していたことだし、言われてもしょうがないと思っている。
周りは私がお飾りの妻だということを知らない。
閣下は、お飾りの妻になる予定の私が世間の声で傷付かないように、社交場に出なくて良いと言ってくれているのだと思った。
それに、閣下に本当の奥様が出来ないとは限らない。
今の私にできることは、閣下やマオニール公爵家に関わる人達に迷惑をかけないことだった。
お飾りの妻というものは一言で言うと『暇』だった。
仕事をやれとは言われないし、何かを強要されるわけでもなく、求められるのは、食べて寝て、本を読んだり敷地内を散歩したりと、閣下に迷惑をかけないように過ごすことだけ。
この国の一般的なお飾りの妻というのは、そんなもので、別邸で自由な暮らしをして、夫が別邸に来た時だけ相手をすれば良い。
私の場合は本邸に住まわせてもらっているし、使用人の人達も優しいし、一般的なお飾りの妻とは違っているかもしれない。
すぐにその生活に飽きた私は、パーティーに出る時のことを考えて、テーブルマナーやマオニール公爵領の歴史などについて、ミトアさんから教えを受けることにした。
男爵家の時は、パーティーに出席しなかったから、貴族の名前もあまり知らない。
さすがにそれではいけないので、覚えなければいけないことはいっぱいだった。
けれど、普段は本当に何もすることがないので、ちょうど良かった。
例のご令嬢とパーティーで顔を合わすことがあれば、恥をかかせようとしてくるでしょうから、しっかり対策も取ろうと思った。
「別にそんなことをしなくても良いのに。元々、君はパーティーは嫌いなんだろう?」
屋敷に来て数日後の朝、食事を一緒にとることになった閣下は、私に聞いてきた。
「好きではありませんが、かといって、知識がないと困りますでしょう? 公にお飾りの妻と言っているのであれば、また別だとは思いますが……」
社交界では、閣下が私に一目惚れをして、ちょうど、悪戯で婚約破棄された私を本当に連れ帰ったと噂されているらしい。
閣下が一目惚れするくらいなのだから、どれくらい美しい女性なのかと、私の見た目について、かなりハードルが上げられているらしく、出来れば、パーティーには出席したくない。
お茶会の誘いも、新婚で新しい地に慣れるのが今は精一杯だと、お断りしている。
でも、逆にそんなことをしても良くないとも思っていて、どうすべきか迷っているところでもある。
「世間的には恋愛結婚にしたい。そうしないと、この結婚に意味がなくなってしまう。ただ、お飾りの妻という契約なんだから、君はそんなに深く考えなくてもいいんだよ?」
「ですが、どうしても社交場に出ないといけないことはあるかと思います。男爵令嬢だから、マナーも知識もないと思われるのも嫌なんです。閣下にもご迷惑がかかりますし」
「僕のことは気にしなくていい。元々、そういう条件だったんだから」
「マオニール公爵閣下、契約書に書かれておらずとも、常識的なことはさせてください」
苦笑してお願いすると、閣下が食事の手を止めて言う。
「それを言い出すと、マオニール公爵閣下という呼び方はやめてもらわないといけなくなるけど?」
「……そう言われてみればそうですね。社交場では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「普段からリアムでいいよ」
「では、お言葉に甘えまして、リアム様でよろしいでしょうか?」
私も食事の手を止めて聞き返すと、閣下は苦笑する。
「だから、リアムで良いって」
「無理です! リアム様とお呼びさせていただきます!」
「一応、夫婦なんだから、様っておかしくないかな?」
「おかしくはないと思います」
さすがに、リアム呼びは断固拒否しようとすると、私の必死の反応がおかしかったのか、リアム様が笑う。
「わかったよ。嫌がることは強要しないと約束したしね」
「どうして、様を付けるのを嫌がられるのですか」
「対等じゃない気がするんだよな」
「それは当たり前です。リアム様は公爵閣下ですから」
「君は公爵閣下の夫人だよ」
「お飾りですから」
「お飾りであろうがなんだろうが、世間体的には公爵夫人だろ?」
リアム様は苦笑して答えてくれた。
それは間違っていないのだけれど、こんな風に、世間に見えないところでは、私に優しくする必要なんてないのにと思ってしまう。
もちろん、気持ちは嬉しいし、有り難いとも思う。
「リアム様は一般的な貴族の考え方とは違う考えをお持ちなのですね」
「そうだね。君に対して失礼なことをしていると思ってるから余計にかな。だから、出来るだけ君に嫌な思いはさせたくない」
リアム様はそこで言葉を区切り、私の目を見て続ける。
「他の貴族が愛人を持つことに、僕は特に反対している訳ではない。ただ、自分には愛人は必要ないと思ってる。好きな人がいるなら、その人と結婚すべきだと思うし」
「という事は、好きな女性が出来たら、私とは離婚という事ですね?」
「そうなってしまうけど、君が不自由なく暮らせるようにはするよ。契約書にもそう書いただろ?」
「奥様は嫌がりませんか? 私を愛人だと認識されるのでは?」
「……」
リアム様は眉を寄せ、視線を彷徨わせて悩まれる。
「難しいな。今のところ、そんな予定はないし考えたこともなかった」
「そ、それはそうですよね。だからこそ、私を選ばれたわけでしょうし……」
「そういうことだね。とにかく、今はそんな予定はないし、もし、そんな時がきたら、その時に考えようか」
「お願いいたします。それから、お飾りの妻といえど、許されるのであればマオニール家でのお仕事も任せていただきたいと思っておりますので、何かございましたら、何なりとお申し付けください」
ペコリと頭を下げると、リアム様は首を横に振る。
「さすがにそこまでは頼めないよ。契約違反だろ」
「いいえ。元々、規模は違いますが、実家でもやっておりましたので、苦にはなりません」
「そうか……。そのことについては、トーイ達と相談してみる」
「お願いいたします」
「あ、あと、僕からもお願いしたいことを思い出した」
「何でしょうか?」
尋ねると、リアム様は苦笑して聞いてくる。
「僕の両親に会ってもらってもいいかな」
「もちろんです」
当たり前のことなので、大きく首を縦に振った。