二章③
「な、なんとか間に合ったわ……」
体育祭当日の朝。ニナのレポートには成功実験の様子が記録されていた。最終調整に一月すらもらえないのは鬼畜な締め切りだったが、なんとか人前で披露しても大丈夫なほどにはうまくいったのだ。
間に合ったと思ったら急に体の力が抜けてくる。ニナはだらしなく机に突っ伏した。
「お疲れ様なのじゃ。開会式まで仮眠取るかの?」
「いや、いいわ。今眠ったら午後まで起きれなさそうだもの」
「それもそうじゃな。ほれ、茶じゃ」
クルトが熱い紅茶を渡してくる。気の利く奴だ。
「ありがと……そういえばあんたは完成したの?」
「うむ。と言っても、まだ調節に満足してはいないがの。学園に咎められない程度の出来にはなったのじゃ」
「ふーん、あんたと戦うのが楽しみだわ。マヤちゃんをがっかりさせないようにするのよ」
「お前さんこそ人前で泣かないようにするのじゃぞ」
二人は軽口をたたきあう。人との距離がわからないニナだが、初手でセクハラしてくる相手に遠慮することなどなにもない。気兼ねなく話せるという意味で、クルトは貴重な相手だった。
しかし初対面の時以外、セクハラをしてくることも半裸になるところも見ておらず、最近は警戒レベルも下がっている。結局あれはなんだったのだろうか。
「それにしても、この学園は毎年こんなことをしてるのね。大学の研究者に対してノルマを課すのはどうかと思うわ……きつすぎ」
「その分、他の大学より圧倒的に予算が確保されているので文句を言いにくいのじゃがな。帝国からワシらへの投資なのじゃから仕方あるまい」
「でもねえ……。この一か月くらい、何のために研究しているかわからなかったわよ。ノルマに追われてする研究ってのは面白くないわね」
「だから言ったじゃろう。義務研究はほどほどに手を抜くのが吉なんじゃ」
「うぐ」
クルトの言い分が正しかったと認めたくないのでそっぽを向いた。
「好きで好きで仕方なかったはずの研究が嫌いになるのは辛いからの」
しみじみとクルトが言う。だがその言葉にニナは惨めさを覚えた。
「……あんたは研究が好き?」
「もちろんじゃろ。好きでもないのに研究者になるやつなどおらん。お前さんは違うのか?」
答えに詰まってしまった。自分自身の気持ちがよくわからないのだ。
「好き……だと思うわ。いつもは面白いって思う。でも多分、あんたよりは好きじゃないわね。普通の研究者よりは好きって気持ちが薄いと思う」
「ならなぜこの学園にやってきたのじゃ? 給金はいいかもしれんが、世間体はあまりよくないじゃろ」
もちろん給料が高かったのもある。人間関係のこじれた前の研究室から逃げ出したかったのもある。この学校に来れば准教授になれるというのもある。けどやはり……。
「……一番は復讐かしらね。まだ誰もやったことのない魔術と魔法の融合実験に成功すれば、世界を揺るがすような軍事技術を発明できるかもしれないわ。そうすれば帝国に――オスカー・ハイデガーに復讐できる。こんどは帝国の本土を消し飛ばしてやるのよ」
「なるほど……」
クルトはぽつりとつぶやいた。
「かなり壮大な夢じゃな」
「そうね。……でも必ずやり遂げてみせるわ」
ニナの瞳の奥には不屈の色が揺らめいている。
王国民の帝国に対する恨みは強い。戦争で多くの人が殺され、身勝手に苗字を取り上げられ、王国の貴重な資源も根こそぎ奪われたのだ。帝国に占領されてから今まで一度も反乱がおきていないのは奇跡だ。
帝国も王国民の不満を押さえつけるのに必死になっている。今回の爆破予告があったにもかかわらず体育祭を決行したのは、王国民の反乱には屈さないという学園側の意思なのだろう。
「オスカーの『ノア』に親でも殺されたか?」
「そんなところね。あたしが地方に行ってる間にやられたのよ。こっちに戻ってきたときびっくりしたわ。あたしの生まれた街が全部更地になってるんですもの。究極消滅魔術ってすごいのね。両親の骨も残らないから死んだって信じられなかったわ」
「……そうか」
「あ、同情はしなくていいわ」
こんな話、終戦後の王国ではありふれている。あの教員寮にいる以上、クルトの親も死んでいるだろうし、おそらくニナよりずっと大きな不幸を背負っているだろう。
「あたしはオスカー・ハイデガーと帝国を絶対に許さない。一生をかけて復讐してやるのよ」
そこでニナははっと気づいた。楽しい体育祭の朝になぜ自分は不幸自慢をしているのだろう。
「わ、悪いわね。今日は体育祭なのにこんな話をして」
「たまにはいいじゃろ。むしろ、ワシはお前さんのことが知れて嬉しかったぞ」
ニナは照れ隠しに大きくため息をついた。
「じゃあいつか、あんたの昔話も聞かせなさいよ」
「うむ、いつかな」
そうやって二人で話していると、ふいにラッパが鳴った。開会式が始まる合図だ。仮眠をとっていたルークとルイーサも目を覚ます。
「全員、起きたらグラウンド集合じゃ。開会式が終われば午後まで出番なしだから頑張るのじゃぞ」
寝不足で目つきの悪い四人はのそのそと研究室を出る。
グラウンドは人で溢れていた。学生や来客だけでなく、爆破事件に備えて多くの警備員が投入されている。彼らのピリピリした空気がこちらにまで伝わってくるようだ。
「た、太陽がきついわね」
「う……少し気分が悪くなってきたのじゃ……」
徹夜明けに浴びる太陽の攻撃力はすさまじい。あのクルトでさえ参っているのだから相当だ。
恨めしく天を見上げると、今日も紅い空がどこまでも広がっている。『ノア』の副作用によって紅く染まってしまった屈辱の空だ。
よろよろと教員席まで歩いて行くと先輩の教授たちが談笑していた。クルトは軽く挨拶をして近くの席に座るが、知らない人と話したくないニナはどうすればいいのかわからない。しかし迷っている間に席は埋まってしまうので、仕方なくクルトの真横に座ることにした。なぜか妙な安心感がある。
まもなくして開会式が始まった。大学部を除く学生が一斉に行進をしている。しばらくぼーっと見つめていたが、隣のクルトが血眼になって誰かを探しているのに気づいた。
「あんた何してるの?」
「何をぼさっとしておるのじゃ。マヤを探さんか。そしてこのカメラに残すのじゃ!」
一つの魔術具を手渡される。
「……これ、ルイーサさんの開発したカメラじゃない」
「マヤの雄姿を一秒たりとも逃してはならぬ!」
「わかったから座りなさい。周りに迷惑してるわよ」
「む、これは失礼」
冷静さを取り戻したクルトは初等部の行進を見つめているが、この人の多さで一人を見つけるのは至難の業だろう。ニナも半分諦めたように辺りを見回し――
「あ、ジョアンナじゃない」
ふと来客用のテントへと目を向ける。
「誰かいたのか?」
「ええ、あそこにジョアンナが来てたのよ。前の研究室の唯一の友達だったんだけど……来てくれたのね」
前の研究所からここまで来るのに半日はかかるだろう。前日から泊まり込みという計算になる。
「む……ニナの友達、本当にいたのじゃな。どの人じゃ?」
「あのテントにいる赤毛の子よ」
「うーむ、わからん」
人ごみの中、たった一人を見つけるのは難しい。
結局、クルトはジョアンナを見つけられなかった。気が付けば開会式は終わり、第一種目の準備が始まっている。
「せっかくじゃからニナの友達に挨拶しておこうと思ったんじゃがのう。どんなおかしな感性を持っている人なのか興味が……」
「今度ジョアンナの悪口を言ったら殺すわよ」
ニナは声を低くして言った。唯一の友人をけなされるのは我慢ならなかったのだ。価値観否定ともとれる発言だったので、非は完全にクルトにある。
それでクルトは何かを察したように頷いた。
「すまん。……大切な友達だったのか?」
「ええ。あっちの研究所では唯一、あたしに味方してくれた人よ」
不幸話をするつもりはなかったが、クルトは顔をしかめた。
『ではこれより、第三回体育祭を開会いたします』
そんな微妙な空気を打ち消すように爆竹が鳴る。
開会式が終わってしばらくすると初等部の一年生が入場してきた。小さな手を振って行進する様子は見ていてほっこりする。
どうやらマヤは一番最初の組で走るらしい。
「うおおおおおおおおおおおおおお! マヤ、頑張るのじゃぞおおおおお!」
この学園にグラウンドは二つあるので、第二グラウンドでは高校部のリレーが行われている。二種目同時に進むのでマヤの活躍を見られないのかと心配していたが、幸いニナたちは午後の最初にパフォーマンスをするだけで終わる。それまで心置きなく応援できるのだが――
「あんた興奮しすぎよ……」
となりのクルトがとにかくやかましい。気持ちはわかるが、周りの教授から失笑が漏れているのも少しは気にしてほしいものだ。
しかしマヤが走り出すとクルトのテンションはさらに上がった。
「うおーーーーー‼ そこじゃ、抜くぞ、抜くぞ!」
ニナも軽い応援くらいはするが、クルトほど熱中できそうにもない。この一か月弱、マヤのいるあの家から逃げてきたという自覚が今になって湧き上がってくるのだ。仕方なかったとはいえ、マヤをあの家に放置してしまった負い目で素直に応援できない。
「マヤ……お前はワシの誇りじゃ……」
遠くで見づらいがマヤが一着だったらしい。クルトは涙を流しまぶしそうにマヤを見つめている。
ニナはクルトに耳打ちする。
「あんたも緊張感持ちなさいよ。いつ爆弾が仕掛けられるのかわからないのよ」
犯人の予告通りであれば今日のいつごろかに仕掛けてくるはずだ。
体育祭を決行するため予告を受けたことは秘密にしてある。おかげでグラウンドはとんでもない人混みだ。一般人に紛れて今この瞬間にもニナの背後に爆弾が仕掛けられるかもしれない。そう思うと気が気でないというのに……。
「校内は警備員がずっと魔術探知を行っておるのじゃろう? なら今のところは平気じゃよ」
「あのねえ。犯人はあんたの研究室に爆弾を仕掛けられるほどの実力なのよ。人が死んだら油断してたじゃ言い訳にならないわよ」
すると、クルトは不敵な笑みを浮かべた。
「犯人がいかに強敵とはいえ、この警備を潜り抜けて爆弾設置は不可能じゃ。だから、その前に何かしらのアクションを起こしてくる。ワシらが対応するのはその後でいいんじゃ。むしろ情報がすぐに入ってくる教員用テントがベストポジションじゃ」
言い返されてニナは口をつぐむ。のんびりしているようでクルトもしっかり考えていたらしい。
「あたふたするよりも、いかに犯人の手口を予測するかの方が大事じゃ。未だにどうやって犯人が研究室に爆弾を仕掛けたかわかってないからの。わからない手口を警戒しても時間の無駄じゃ」
「手口ねえ」
研究室の誰かが裏切ったというのが一番の可能性だが、クルトはそれを考えたくないのだろう。
「監視カメラに引っかからない隠密魔術でも使ったとかかしら」
「監視カメラにはルイーサも関わっている最新型だし、大学のセキュリティはそこまで甘くない。帝国の一流魔術師でも厳しいじゃろう」
とはいえ、それくらいしかニナには思いつかない。
「他にも犯人の目的が不明じゃ。脅迫文を見る限り、犯人が王国人であるのは間違いないのに、本当に王国人を殺すかの? この人の多さで爆破事件を起こせばどれだけの人が死ぬかわからないんじゃぞ?」
「死者が出た責任をこの学園に負わせるためじゃないかしら」
「そんなの美しくないじゃろう。目的達成のために仲間を殺すなど、王国人として美しくない。わざわざ予告をするほど美意識のある犯人がそんなことをするじゃろうか」
「…………」
たしかに不可解な点が多い。
他にも、研究室に仕掛けられていた爆弾の解除の容易さなんかもそうだ。あれだけ鮮やかに仕掛けられるのだから、もう少し解除の難しい爆弾でも良かったと思う。いかにクルトたちが天才とはいえ、十分で解読される魔術陣というのはいかがなものか。
ニナが考え込んでいると、安心させるような笑みをクルトは浮かべた。
「ははは、そう考えすぎてもいかん。ワシらは出来ることだけをすればいいんじゃよ」
「……それもそうね」
またしても言いくるめられてしまった。同じ年のはずなのに、クルトには一歩勝てないことが多い。
それでもニナが思索を巡らせていると、マヤがまた出番らしくクルトが大声で応援している。賢い姿とアホな姿との差が激しく、どれがクルトの本当の姿なのかわからなくなってしまった。
その後も競技は進んでいき、何事もなく午前中を終えられた。
昼休みはマヤを合わせた三人で弁当を食べる約束をしている。どうやらニナがレポートに苦戦している間、クルトがこっそり作っていたらしい。
合流した三人は人気のない研究室までやってくる。体育祭と特に関係のないここにも多すぎるほどの警備員が配置されていた。
「あのねあのね! マヤいちばんだったよー‼」
「すごいぞマヤ。マヤはワシの誇りじゃ」
久々に三人で食べるご飯にクルトとマヤはテンションが上がり切っている。
なんとなく二人の間を邪魔するのは気が引けてしまい、ニナは普段より口数が少なくなってしまった。マヤとの気まずさも残っているのだ。
「これからクルトはっぴょーでしょ。いちばんとってね!」
「もちろん……と、言いたいのじゃが、残念ながら一番とかそういうのはないんじゃ」
「そうなのー?」
「うむ、だがマヤにとっての一番になれるように頑張ってくるのじゃ」
「うん!」
そんな会話を眺めているといつの間にか昼食時間の終わりになっていた。急いで弁当を片付けてマヤと別れる。
第二グラウンドの一発目は大学研究室によるパフォーマンスだ。嫌っている人も多いとはいえ、一応は体育祭のメインイベントなので注目度はかなり高い。開始までまだ十分はあるのに続々と観客が集まっていた。
数学理論研究室はその中でも一番に発表する。ニナとクルトは準備物をもってグラウンドの中央にやってきた。
「よし、準備完了じゃな。あとは待つだけ……って、お前さんはなぜそんなに震えておるんじゃ?」
「ふふふふふふ震えてないわよ!」
ニナは意味もなく強がった。足がガクガクなのは見ればわかるというのに。
「研究発表なんかいつもやってるじゃろう。准教授にもなるというのに、何を緊張することがあるんじゃ」
「い、いつもとは全く違うじゃない。まったく研究に興味のない人も来てるのよ? もし失敗して苦笑でももれたら……ムリムリムリムリムリ、そうなったら絶対死ぬわ死んじゃうわ自害するわ」
言葉に出すと余計緊張が高まってきた。頭がどんどん真っ白になっていく。
こんなことならルイーサの提案を断らなければよかった。こんなに緊張するのは自業自得だ。
「ふむ……」
クルトは何かを考えこむようにニナを見つめる。すると何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「まあ、お前さんは胸も小さいしの。胸が小さいと心まで小さくなるんじゃろ。小心者ならぬ小胸者じゃな」
「ぶっ殺すわよ?」
なぜかいきなりセクハラされた。反射的にどすの利いた声で返してしまう。
ニナが睨むと、今度は穏やかな笑みを浮かべた。
「その意気じゃ。ワシをぶっ殺すくらいの気持ちでかかってこい」
「あ……」
そういえばパフォーマンスとしてこれからクルトと戦うんだった。もしかして、セクハラで怒らせることによりニナの緊張を解こうとしてくれたのだろうか。
(まさか、ね)
もしそうだとすれば不器用極まりない。いくらクルトが今まで研究一筋でやってきたとはいえ、ここまで女心がわからないなんてことはないだろう。
だが、それでも緊張が和らいだのは事実なので、ニナは怒るに怒れなくなってしまった。
「わかったわ。観客の前で泣くんじゃないわよ」
「それはこっちのセリフじゃ」
そうして二人が準備をしていると、午後の部の始まりを告げる爆竹が鳴った。
『ただいまより、午後の部を再開します。始めは大学部研究室によるパフォーマンスです』
いつのまにか午前以上の観客が集まっていた。あまりの人の多さに茫然としていたが、クルトに促されて所定の位置につく。
『トップバッターは数学理論研究室、クルト教授による誘導弾の実践演習です。その相手を務めるのは魔法専攻のニナ准教授。彼女は閃光弾を披露してくださるそうです』
観客からどよめきが聞こえる。魔術学部と魔法学部は決して相容れぬ者同士なので、二人の共演が珍しいのだろう。
ニナは深呼吸をしてからクルトを見据える。もう緊張はなく、観客の声が聞こえないほどには集中できている。目に入るのは正面にいるクルトの姿だけだ。
『では、お願いします』
開始のブザーが鳴った。これから三分以内に観客を納得させるパフォーマンスをしなくてはならない。
上等だ。
「《四面展開。半攻撃》」
「『Every good and perfect gift is from above, coming down from the Father of the heavenly lights, who does not change like shifting shadows』」
クルトが前方に四つの魔術陣を展開すると同時に、ニナも詠唱を始める。
詠唱をしなくてはならない魔法は魔術に比べて発動が遅い傾向にあるが、ニナの軽やかな言葉はその差を感じさせない。ジャブとばかりにクルトが放った無数の魔術弾を見事に迎撃して見せた。
閃光弾が炸裂してグラウンドをまばゆい光が包む。一応、観客に被害が及ばないよう魔力を抑えているが、二人とも若くして研究者となった天才だ。当然もともとの魔力量も高く、そのぶつかり合いはすさまじい。
「半攻撃ってビビってんじゃないわよ! 『Let there be light』」
舞い上がる砂塵に紛れてニナは追撃の閃光弾を放つ。殺傷能力は低いが弾速が速く、直撃すれば相手に視界を奪える優れものだ。普通なら平気でいられるはずがないのだが……。
「誰がビビりじゃ。これがワシの戦い方なんじゃ」
クルトは展開した四つの魔術陣の二つで防御魔術、残り二つで誘導弾を放っている。同時に四つの魔術陣を展開できるのなんて王国に三人いるかどうか。初めての強敵を前にニナは困惑していた。
しばらく十五メートルほど離れた場所から弾の撃ち合いをしていたが、四面相手ではどうやっても手数で劣ってしまう。クルトの放つ誘導弾の回避と撃墜で精いっぱいだ。クルトは一歩も動いていないのに、ニナはずっと走り回っている。
このままでは後手後手だ。
三分という時間制限もあるので距離を詰めることにした。
「『Let there be light』」
牽制の閃光弾を放つ。が、派手な光と多少の砂埃が舞った程度でクルトには傷一つつけられていない。
「『Let there be light』」
短期間で開発したこともあり、クルトの使う誘導弾は質が悪い。軍隊で採用されているものよりは威力が高いが、追尾率は劣っているようだ。着弾の直前なら回避できた。
タイミングを見計らって前方へとダッシュする。
「む」
クルトの顔がわずかに曇る。手数で劣るニナが詰めてくるのは予想外だったのだ。慌てて魔術陣を接近戦用のものに張り替えるが一歩遅い。それはすでに魔法の間合い――
「『Let there be light』」
「《四面展開。全攻撃》」
全力の攻撃がぶつかり合い、さらに激しい光が辺りを包む。
その爆風で両者ともによろめいた。クルトはとっさに防御陣を展開する。
――しかし、ニナの背中に隠してあった閃光弾が顔に突き刺さる方が早かった。
「がっ!」
クルトは尻もちをつく。その隙を逃すはずもなく、ニナは後ろに回り込んで羽交い絞めにした。そのまま暴れるクルトを抑え込む。
「ぐ……卑怯なのじゃ。どこに閃光弾を隠して……」
「距離を詰める前によ。それよりそんなおしゃべりしてていいのかしら」
ニナはさらに強く絞める。
「ぐが……ががががががこ、降参、降参なのじゃ」
「ふふ、あたしの勝ちね」
ぐったりとしたクルトを離し、勝ち誇った顔で立ち上がる。
しかし、ニナはそこで違和感を感じた。
「……?」
辺りを見ると、観客がみな苦笑いをして戸惑いの視線を向けてきているのだ。会場全体を微妙な気まずさが包んでいる。その言いようのない空気に不安になり、肩をすくめて縮こまってしまう。
なぜそのような反応になるのかわからない。派手な撃ち合いだったのだから、もっと盛り上がってもいいはずなのに。
『え、えーと、数学理論研究室さんの発表は以上でよろしいでしょうか?』
「え、は、はい」
流されるままにそう答える。
『い、以上、数学理論研究室の発表でしたー』
パラパラと拍手が聞こえてくる。冷え切った空気の痛々しさがニナの肌をつついてきた。
「あ」
そこでニナは気づいた。観客の立場になってみれば、光と砂塵で何も見えず、やっと見えるようになったら女が男を羽交い絞めにしているという絵面だったのだ。
魔術の説明もしていないので具体的にどんな技術が開発されたのかよくわからない。パフォーマンスも何をやっているのかわからない。
そんな発表を見て盛り上がるはずもない。午後の初っ端から場は冷え切ってしまっていた。
(あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
苦笑いを一身に受けつつ、クルトを連れてそそくさとグラウンドを立ち去った。