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紅の空の下で  作者: 高橋もみぢ
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二章① 体育祭

 二章 体育祭


 その後、大規模な魔術陣探知が行われて、学園内の安全がとりあえず確認された。もちろん来ていた学生は帰宅させている。


 唯一の証拠品となった解読済みのガラス盤と手紙をもって、クルトたち四人は学園長の部屋にやってきた。


「失礼します」


 クルトに続いて四人とも入室する。お偉いさんの部屋だというのに、帝国風の殺風景な内装だった。機能美を重んじる帝国らしい。


「いらっしゃい。大変だったそうじゃないか、クルト」


 そこで待っていたのは学園長ただ一人だった。他の人に話を聞かれたくないのだろう。


「危うく死にかけましたよ。まさかワシの研究室に爆弾が仕掛けられていたとは」

「そのガラス盤が爆発魔術の?」

「ええ。と言っても解読済みなので、犯人からのメッセージしか残っていませんが」


 メッセージは魔術陣とは別に普通の塗料で書かれており、爆弾が停止されると浮かび上がるようになっていた。クルトたちはおちょくられていたのだ。


 二つの証拠品を学園長に渡すと、何やら難しい顔をした。ルークと同じく帝国人の学園長は長身で顔の彫も深く、五十近い年齢にもかかわらず学生からの人気は高い。が、一転シリアスな表情は人を寄せ付けない厳しさがある。


「実は先ほど私のところにも手紙が届いてね。……まあ、見てもらった方が早いか」


 そう言って一枚の白い便せんを差し出してきた。研究室のポストに入っていたものと同じだ。


『タイイクサイヲチュウシセヨ。サモナクバ、ガクエンヲバクハスル。

 ワレワレハ、オウノムネンヲハラスベク、カミニエラバレタセンシデアル。カミノサバキガクダルマエニ、テイコクハワガクニカラソクジテッタイセヨ。

 オスカー・ハイデガー』


 渡された手紙を四人で覗き込み――そして最後の一文で全員が凍り付いた。


 オスカー・ハイデガー。その名前を知らない王国民はいない。三年前、史上最悪の裏切り者として歴史に名を刻んだ人物だ。


 王国人のニナとルイーサはひどく苦々しい顔をしている。


「これはいたずらとは言えませんね。爆破事件は実際に起きているわけですし」

「ああ。大胆にも君の研究室に忍び込んで魔術陣を仕込んだ人間だ。体育祭の爆破など、造作もないかもしれない」

「知能犯ですか。……その割に文字は全部カタカナで書かれていますね。字も汚く表現も大げさなものが多い」

「犯人像はいかにも幼稚な人物に見えるよな。だが、私はフェイクだと考えている。書く文字や文章から得られる情報は多い。それをわかったうえで、犯人はあえて稚拙な手紙をよこしたのだとしたら?」

「……強敵ですね」


 犯人像がまるで見えなくなってくる。プロファイリングを妨害されると犯人の特定が難しくなるのだ。


「学園としては、一刻も早い犯人の逮捕が望ましい。犯人が体育祭まで爆破を待つ保証はどこにもないからな。そのために協力してくれるかい?」


 言葉こそ問いかけだが、その口調は断固としたものだ。オスカー・ハイデガーの名前が出た以上、クルトに拒否権は存在しない。


「わかりました。それで、ワシはどのようなことを?」

「まずは君たちの昨夜のアリバイを聞かせてもらおうか。いま、我々と警察が疑っているのは君たちの自作自演だからね」


 四人の顔が一気に険しくなった。


「ああいや、本当に疑っているわけじゃない。ただ分かりやすい線から潰していった方が良いだろう? なにしろ昨日から今にかけて、あの研究室に出入りしたのは君たちだけなんだ。クルトの証言によると、この魔術陣が作動したのは昨日らしいからね」


 時限爆破魔術に刻まれていたのは、起動から発動まで五時間かかるという数式だった。つまり今日の深夜にこっそりとしかけられたことになる。その間に出入りした人を疑うのは当然だろう。


 学園長の圧力に耐えかねて四人はともにアリバイを語り出す。クルトとニナは家にいたので無罪。講義の準備で泊まり込んだらしいルークとルイーサに焦点が当てられた。特に昨夜も研究室に泊まっていたらしいルイーサはきつく問い詰められたが、ガラス盤の入手経路が存在しないというのと、彼女自身も命がけで解除に貢献したということで一応は無罪となった。


「ふー、これで振り出しか。いっそルイーサ君が犯人だったら良かったのにな」

「学園長」


 クルトは怒気をはらませて言った。証拠もなしに部下を疑われるのは気分が悪かった。


「不謹慎だったな、すまん。それじゃあ、犯人について考えていくとしよう」


 学園長は再び犯行予告の手紙を取り出した。


「犯人の目的は一か月後の体育祭の中止だ。正直言って、私にはそれがわからない。なぜこの犯人はわざわざ体育祭にこだわるんだ? 爆破させたいなら今日みたくさっさと爆弾を仕掛ければいいじゃないか」


 試すような視線をクルトに向けてくる。下手なことを言えない雰囲気だ。


「単純に、この学園の体育祭が気に入らないのでしょう」


 この学園が抱える事情は少し複雑だ。

 三年前、クルトたちの住む『ラグール王国』は『マルナ帝国』に敗北して首都を占領された。その後、王国の豊富な魔石資源を利用して軍事研究を進めるために設立されたのがこの学園だ。クルトたちは敵国の軍事力拡大のために研究をさせられている。


 だからこの学園を嫌う王国民も多い。


「体育祭は特に、王国民が嫌っているイベントですから」

「なるほど、つまり王国民であればだれでも動機があると」


 クルトはこくりとうなずいた。この推察は手紙後半の強い言葉からも間違いないと思われる。


「ではもう一つ疑問がある。なぜこの犯人はオスカー・ハイデガーを名乗っている」

「それは……」


 学園長がその名を口にした途端、ニナとルイーサの表情が再び険しくなった。

 オスカー・ハイデガーはすでに死んでいるとの説が有力だ。本人からの手紙ではない。


「君たち王国民にとってこの名前は忌むべきものだろう。なぜこう名乗ったんだ?」

「やはりこの学園の存在が、彼の罪の目印だからかと」


 オスカー・ハイデガーはもともと王国民だが、戦争の途中で帝国に寝返った研究者だ。その稀代の才能を駆使して究極魔術『ノア』を作り上げ、王国に向かって自らそれを放ち、首都一帯――王城を中心に半径三十キロほどを消し飛ばした。それが決定的な原因となって王国は敗北したのだ。


「彼の罪を刻み込む……そういった意図かと思われます。加えて、フルネームで名乗ることで帝国への反逆心を表しているのかと」


 帝国が国を占領してから、王国民は苗字を名乗れなくなった。許されているのは帝国でも一部の貴族だけ。帝国では昔からの風習らしいが、それを押し付けられた王国民はたまったものではない。


「なるほど。帝国人の私たちにはわからないことまで読み取ってくれるね」


 学園長は不敵に笑った。


「では最後にもう一つ。なぜこの犯人は私に手紙をよこした? クルトのところにもそうだが、手紙を出さなければ爆破は成功したじゃないか」


 ごもっともな意見だ。だが、クルトには犯人の心情がすぐに理解できた。


「美しくないからです。予告も出さずにいきなり爆破するのは美しくない。例え犯罪であろうと美しさは重要です」


 この感覚はおそらく帝国人には理解できないだろう。芸術の国と呼ばれ、初等教育から積極的にアートを取り入れているラグール王国で育った人間だからこその考えだ。


「美しくない……? それは逮捕されるリスクよりも重要視することなのかね?」

「ええ。先ほども言ったように、体育祭は王国民にとって屈辱的なイベントです。そのイベントに対して、王国民の脅しで中止に追い込むか、厳戒態勢の警備を抜けて爆破を成功させたとなれば、国民の心は多少すっきりするでしょうから。完全なる勝利宣言をするためにも、予告は大事です」

「……」


 美しさを重んじる王国と、実益を重んじる帝国。この価値観の差は決して分かり合えないだろう。


「……なるほどね。私には理解できないよ。それにしても、クルトは随分犯人の価値観に肩を持つんだな」


 強い眼光でにらみつけてきた。


「『他人の価値観を否定しない』というのは、この芸術の国において基本中の基本ですから」


 いつの時代も革新的な芸術は嘲笑の中から生まれてきた。その歴史を断ち切るため、王国ではそう習うのだ。


 他人の価値観の侮辱やその人の在り方の否定はハラスメントと呼ばれ、ひどく嫌われている。


「他に何か質問はありますか?」

「いや、今日はもういいや。こちらも犯人逮捕の道筋は考えておくよ。協力ありがとう」

「そうですか。ではワシらはこれで」


 そう言って踵を返す。しかしクルトの背中に学園長が投げかけてきた。


「ああそれと、クルトの話を聞いて体育祭は強行することにした。私たち帝国としても、たかが王国民の脅しに屈するわけにはいかないんでね。それが、戦勝国のプライドというものだから」


 クルトたちは黙ってその部屋を後にした。

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