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紅の空の下で  作者: 高橋もみぢ
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エピローグ① それはただ愛ゆえに

 エピローグ それはただ愛ゆえに



 学園の屋上でクルトは空を眺めていた。

 紅空はどこまでも広がっている。オスカーの罪を刻んだ忌まわしき空が。


「ここにいたのですか、クルト」


 感傷に浸っていると、ルークがやってきた。手にはたばこを持っている。


「たまには外の空気を吸いたくてな」


 あの事件以来、クルトは顔が割れているのでむやみに外を出歩けない。日中は学生がほとんどこない第二研究棟に引きこもり、夜遅くになってから寮に帰るという生活を送っていた。


 というのも、焼け落ちた第一研究棟から脱出した際に顔を見られていたらしく、オスカーはまだ生きているとのうわさが広まってしまったのだ。そのせいで王国民の間では指名手配のようになっている。一度だけ変装して街中に出たが、居心地が悪すぎてすぐに逃げ帰ってしまった。


 不便な生活は自業自得だが、マヤと一緒に展覧会に行く約束を果たせないのだけが心残りだ。

 ルークは苦笑してクルトの横まで来ると、魔術でたばこに火をつける。紫煙が空へと昇っていく。


「なあ、ルーク。おれはやっぱり死んだ方が良かったのかな」

「……めったなことを言わないでください。またマヤさんに泣かれるのは困ります」


 研究室から脱出の際、二人が死んだと思い込んだマヤは号泣しており、クルトとニナが合流するまで泣き止まなかったそうだ。


「そう言ってくれるのはうれしいけどさ、あんな指名手配をされてるのを見ると思うんだよ。おれが生きていると分かったせいで王国民はまだオスカーにとらわれたままだ。ならばいっそ出頭して死んだ方が良いんじゃないかって」

「クルトがそこまでする必要はありません。あなたは最善の道を選んだだけなんですから」

「そうだよな……」


 ルークは優しく諭してくれるが、心から納得はできない。

 それに、少しだけ恐怖もあった。フィンのようにクローンの登録番号を調べていけば不自然な箇所は見つかる。そこから推理を重ねた探偵がいつかクルトの正体に気づき、復讐をしに来るのではないか。なんとなくだが、そんな予感がした。


「ハッピーエンドなんて、ありえないよな……」


 理想を言えば、クルトもフィンの隣で戦って、王国を帝国から取り戻したかった。

 でもそんなことをしても成功するとは思えない。戦争に負けたのだから、与えられた場で足掻いていくしかないのだ。


「僕たちにできることを、一つ一つやっていくしかありませんよ。そろそろ『ノア二号』も完成間近なんでしょう?」

「ああ。最終調整が終われば明日にでも発動できる」

「明日はちょうど日曜日ですし。お二人にも見せてあげたら?」

「そのつもりだ。これで、赦してもらえるだろうか」

「わかりません。ですが誠意は伝わるかと」


 ルークはそこで煙草を吸い終わったのか屋上の出口へと向かう。


「では僕は論文にするための資料をまとめておきます」

「助かる。おれはもう少ししてから行くよ」


 ルークが扉を閉めると再びクルトは一人になった。遠くから聞こえる鳥の音が寂しげな屋上に流れてくる。


 クルトは柵にもたれかかったまま、ずるずると座り込んだ。


「兄さん、おれは、やっぱり死にたくない」


 独りでぽつりとつぶやく。


「三人で暮らすのは幸せだから……」


 その声は空に向かって吸い込まれていく。

 そこでふと、クルトは昔のことを思いだした。



 幼いころからオスカーとフィンは仲が悪かった。

 年は二つフィンの方が上だったが、オスカーの異常発達した知能の前にそんなものは些細な差。魔術でも、魔法でもオスカーは兄を上回り、そのたびに負け惜しみを連発するフィンと喧嘩をしていた。フィンにしてみれば才能をかっさらっていき、両親の寵愛を受ける弟が憎かったのだろう。オスカーの才能を見抜いた父親が共同研究を始めたのだからなおさらだ。


 そうしていつも微妙な距離感だった二人だが、唯一、絵を描いているときだけは仲が良かった。芸術の盛んな王国において二人とも絵が上手かったわけではない。しかし、国立公園で風に吹かれながら並んでスケッチをしていると、それだけで穏やかな気持ちになれた。兄と仲良くおしゃべりをしながら休日を過ごせたのだ。


「なあ、オスカー。あの木を上手く描けた方が勝ちな」

「えー、風景画は兄さんの得意分野じゃん……」

「うるさいっ! とにかくよーいドンだ!」


 その時間はオスカーの人生の中でも最高に幸福な瞬間であった。父がいて、母がいて、兄がいて、生まれたばかりの妹がいる。青空の下、オスカーより絵の上手い兄は優しく描き方を教えてくれる。


 そんな穏やかな日々がずっと続くと思っていたのに。

 父も母も青空も。大切なものはすべてノアが消し去ってしまった。

 それに、クルトの意識を構成しているのは魔術具であり、人間の脳とは似て非なるものだ。人格と記憶はうまくいったが芸術の感性は再現できず、クルトは絵を描けなくなってしまった。



 そこから三年の月日が流れ、クルトはまた大切なものを手に入れた。

 家に帰れば大切な人が待っている。その幸福を手放さないために、死ぬわけにはいかなくなったのだ。


「さて、最終調整をするかね」


 クルトは立ち上がり、もう一度紅い空を見上げる。

 迷いは晴れなかったが、この苦しみこそが償いなのだと思った。





 翌日。マヤとニナを連れて再び学園の屋上に来ていた。

 しかし今度はルークはいない。クルトがこれから行う実験は研究者である彼も興味があるだろうが、屋上に誰も立ち入らせないための見張りがどうしても必要だったのだ。


「クルトー? なにするの?」マヤは不思議そうに訊いてくる。


 屋上には前日から運び込んでいた大量の魔力タンクとそれらをつなぐポンプがある。学園長とルーク以外には何も知らせていないので、何事かと思うだろう。


「それは見てのお楽しみだ」


 はぐらかすとマヤは「うーん」と考え込む。


「でもこんな大掛かりな魔術を発動して、ほんとに何をする気なのよ?」

「今から発動するのは魔術ではないぞ」

「じゃあ魔法? あんたクローンだから魔法は使えないはずよね」

「それがポイントだ」

「へ?」


 ニナは訝しむようなジト目で見てくる。


「なぜおれは魔法を使えない?」

「それはあんたの脳みそが魔術具だからでしょ。魔法は人の意志を言語を通して具現化する技術。魔術具には人と同じような意志が存在するわけじゃないもの」


 ニナの言う通り、人間のまがい物であるクルトは『人間の意志』を持たないのだ。


「そうだ。魔術は事実の記述。魔法は意志の詠唱によって物事を具現化する」


 故に、魔法の発動はその時の人間のコンディションに左右されやすい。術式さえ書ければ再現ができる魔術のみが警察の戦闘部隊に採用されている理由もここにある。


「じゃあ今から何を?」


 そう問うてくるニナの目をまっすぐに見据えた。


「おれは青空を取り戻す」

「青空を……? それってどういう……」

「ノアのアンチ魔術を空に向かって放つんだ。そうすればノアの影響で紅くなった空も元に戻る……はず……」


 だんだんと理解してきたニナは顔を驚愕に染めていく。


「そ、それほんと⁉ ほんとだったら大スクープよ! 早速みんなを呼んでこなきゃ――」

「まてまてニナ」


 これまでにない魔術を見てテンションが上がり走り出したニナの腕をつかんで制止する。


「この世界でノアを発動できるのはおれだけ。つまりノアのアンチ魔術を発動できるのも俺だけだ。使っているところを見られたら正体がバレる」

「あ、そっか……」


 しょぼんとニナは肩を落とす。


「せっかくあんたが青空を取り戻すっていう偉業を成し遂げるのに、誰にも知られないなんて……」

「おれがやらかしたことの後始末をするだけだ。誰にも称賛される必要はない。それに、成功するかもわからん」


 理論的にはできるはずだが、成功実験が一度もない。

 ニナは納得すると改めて辺りの装置を見回した。


「……それにしても、いつの間にこんな計画を立ててたのよ」

「この学園に来てからずっとだ。ただ最後の最後で手詰まりしてな。それを解決するためにお前をこの研究室に呼んだんだ」

「あたしを? それってどういう?」

「もともと空が紅く染まったのはノアの副作用だ。そして今回はその副作用を主作用にしなければならない。しかしここで問題になったのは、色彩の変化を主作用とするものの多くは魔法の系譜ということだ」


 青い空を青ととらえているのは人間の目を通してこそ。つまり、一面では精神操作系の魔法ともいえる。


 魔法は人の意志によって発動するため、魔術より人の内面に関わるものを得意とする傾向にあるのだ。


「つまり、ベースはおれの魔術、『ノア二号(仮名)』としつつも、そこに魔法の要素を加えなければならない。だから魔術と魔法の融合実験に興味のあるニナに来てもらったんだ」

「まさか最初から⁉ あんた、あたしにこの実験を隠して進めてたのね……」

「すまん。おれがオスカーだと言えないばっかりに……」


 気まずく目線をそらすと、ニナは苦笑した。


「別に怒ってないわよ。ただちょっと悔しいだけ。やっぱあんたは天才なのねー」

「何を言う。これは魔術と魔法が融合して効果を発揮するんだ。おれの魔術とニナの魔法を融合させるんだぞ」

「え……まさかあたしもこれから詠唱を?」

「そういうことだ。でも心配しなくていい。使うのはお前の閃光弾魔法と基本的な視覚操作魔法だけだ」


 色は光の波長によって変化する。光を調節する力とその光が及ぼす影響が魔法によって制御される――言い換えると『人の意志』によって成し遂げられることに意味があるのだ。


 詠唱文が書かれたメモを渡す。基本的な聖書の文言で構築されているので難しくはないだろう。


「う……それでも重圧ね……」


 プレッシャーに弱いニナはお腹を押さえている。

 まあ、体育祭のときみたく震えていないだけマシだろう。ニナも少しは成長したのだ。


「では早速行くぞ」


 クルトは用意していた魔術陣の書かれた巨大な板を空へと向ける。


「ちょ、ちょちょちょっと待ちなさいよ! あたしまだ一回も練習してないんですけど!」

「ニナは基本魔法で十分なんだ。もしかして、それすらも満足にできないのか?」


 ニナは練習を重ねれば重ねるほど本番の緊張が膨らんで失敗するタイプだ。多少無茶でも勢いで押し切った方がいい。


 少し煽ると予想通りニナは青筋を立てて引きつった笑みを浮かべた。


「ええ言うじゃない。そこまで言うなら一発で成功させてあげるわよ!」


 少し煽れば緊張が解ける性格はこういうときに扱いやすい。一発で緊張が吹き飛んだみたいだ。


「ではいくぞ」


 クルトは魔力タンクから伸びるホースを自身の背中につけて魔術陣に手を添える。


「がんばれー」


 よく話を分かっていなかったであろうマヤの応援が後ろから聞こえた。二人でサムズアップをして声援にこたえる。


 クルトが魔力を込めていくと、徐々に魔術陣は青白い光を放っていった。


「ぐっ……ぐぐぐ……」


 背中から供給される魔力を体を通して流していくからかなり負荷は大きい。それでもやらなければ――‼

 やがて八割の魔力を注ぎ込むと、今度は魔術陣が赤く光り出した。


「今だ! ニナ!」

「『In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God. He was in the beginning with God. All things were made through Him, and without Him nothing was made that was made.』」


 ニナは目をつむり魔術陣に手を添えて、途切れることなく詠唱していく。

 ただの言葉にテンポを乗せて、神への祈りを紡いでいく。

 その声は、どうしようもなく、美しかった。


「『In Him was life, and the life was the light of men. And the light shines in the darkness, and the darkness did not comprehend it.』」


 魔法の質を決めるのは強き意志。人間の心だ。

 その点、ニナの心は強い。現実から逃げ、不条理にどれだけ絶望しようとも、それでも最後には前を向く強さがあるのだ。


 だからクルトは叫ぶ。


「ニナ! お前は最高だ!」

「『Let there be light』――‼」


 詠唱の終わりと同時に魔術陣への魔力供給が終わり。

 魔術陣から空へと光の線が音もなく発射される。

 それはまさしく、人の知性と意志を乗せた希望の光。

 紅い空へと到達した光りはあらゆる方向へと拡散していき、みるみるうちに蒼穹へと染めていった。

 それはまるで、王国を戦争の呪縛から解き放つかのように。


「うお……」


 それはノアと同じく一瞬の出来事。それでもクルトには永遠の時間のように思えた。

 目の前に広がる青い空は、どこまでも飛んでいけそうなほど広く、美しかった。


「きれい……」

「すごーい!」


 ニナはじっと空を見上げ、マヤは嬉しそうにはしゃいでいる。

 ああ、研究を諦めないでよかった。彼女らの笑顔を見られてよかった。


 ――これでオスカー・ハイデガーは、赦されたのだろうか。


 それはわからない。でも、これがクルトにできる精いっぱいの償いだった。

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