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紅の空の下で  作者: 高橋もみぢ
14/18

四章②

 ■



 昔の話だ。

 まだ人間だったころのオスカーは父との共同研究により、十二歳にしてブラックホール魔術の発明に成功した。これは物質そのものを消滅させられる魔術。それまで定説だった魔力量保存の法則を覆す画期的なものだった。当然、瞬く間に親子の名は世界中で有名になり、学術誌にも何度も論文が掲載された。オスカーも天才少年として何度もインタビューを受けたものだ。


 しかし、その二年後に戦争が始まった。


 膨大な魔力量を持ち、世界で唯一ブラックホール魔術を使えるオスカーは戦力として大きすぎる。まだ中学生だったにもかかわらず、無理やり最前線へ送り出されることになってしまった。少年だけで構成されたその部隊には、凡人である兄も一緒だった。成人する十六歳からは徴兵義務が課せられるのだ。


 戦場は地獄だった。


 無数の魔術弾が飛び交い、瞬く間に同胞が命を落とす。かと言って死にたくないと逃げ出せば上官の剣の餌食となり、前進すれば敵を何百人と殺す以外の道を与えられない。オスカーは天性の戦闘センスと魔力量を備えいたおかげで死なずに済んだが、そのせいで数えきれないほどの敵兵を殺すことになった。オスカーは誇り高き研究者から究極の殺人兵器へとなり下がったのだ。


 戦場では毎夜の如くうなされた。目をつむれば殺していった兵士たちの怨嗟の声が聞こえてくる。しかし殺さなければ自分が死ぬ。どうしようもない、仕方ないと自分に言い聞かせる日々だった。人を殺すか自分が死ぬか。その二択しか選ぶことを許されていなかった。


 しかし、一人の才能だけで突破できるほど戦争は甘くない。帝国は兵を大量投入し、全力でオスカーを潰しに来たのだ。抵抗したが、激戦の末なすすべなく兄と一緒に捕虜となってしまった。


 捕らえられたとき、オスカーはすでに死にかけだった。四肢は言うことをきかず、意識もあの世に片足を突っ込んでいる。あとは途切れ行く意識を手放すだけだった。


 だが――


「オスカー・ハイデガーだな。我々に協力するなら命を助けてやろう」


 朦朧とした意識の向こうでそんな言葉が聞こえた。冷静に考えればそのまま死ぬべきだ。しかし、無我夢中で生きたいと願っていたオスカーは頷いてしまったのだ。


 助かるわけがないと思っていたのもある。だが帝国はコピーしたオスカーの脳をクローンに入れることでよみがえらせたのだ。


 顔も違う。体格も違う。声も違う。しかし全く同じ意識をもって、オスカー・ハイデガーは蘇った。

 そうして新しい生を与えられたオスカーは帝国の研究所へと連れていかれ、そこで新型魔術の開発を言い渡された。


「おれが帝国に協力すると思っているんですか?」


 オスカーは研究所の長――今の学園長にそう問うた。


「君のお仲間は現在帝国の捕虜だ。君が協力すれば命は助け、戦争が終われば国に返してやろう」

「……だが、この研究所で開発している魔術が完成すれば、どれだけの王国人が死ぬと思っている。協力などできるものか」


 所長はため息をついて言った。


「君は何もわかっていないんだねえ。来なさい。色々見せてあげよう」


 そうしてオスカーは所長に帝国の軍事技術を見せつけられた。

 最先端の魔術研究所、魔術具工場、魔術師訓練所。そのどれもが圧倒的だった。王国で見てきた技術のはるか先を行っている。


「なんだよ……これ……」


 今まで誤魔化されてきた現実を突き付けられてオスカーは膝をつく。

 軍事施設を一通り見せられるころには、王国の敗北を確信していた。絶対にかなわない。それほどまで、王国と帝国には軍事力の差があったのだ。


「お分かりいただけたかな? その上で考えてほしい」

「…………」

「君も王国人のプライドの高さは知っているだろう。なにしろ世界一の軍事力を持つ帝国に喧嘩を売ってきた連中だ。たとえどれだけボロボロになったとしも、敗北を認めず、いつまでも勝てない戦争を続けて疲弊していく未来が容易に想像できる」

「……だろうな」


 王国はかつて世界を支配するほどの力を備えていた国だ。だからこそ、芸術にリソースを割けるほど国力に余裕があったし、傲慢にも帝国に戦いを挑もうなんて考えた。歴史上、外国との戦争に負けたことがなかったからだ。


 そのせいで王国民の多くは民族意識が高く、王国人であることに誇りを持っている。どんなに疲弊したとしても、決して負けを認めないだろう。


「だがこの究極魔術であれば話が変わる。圧倒的な軍事力の差を見せつけることができれば、さすがの王国民であっても降伏するだろう。確かにこの魔術で人は多く死ぬかもしれないが、この先何年も戦争を続けるよりはマシだと思うがね」

「それは……」

「一刻も早く魔術を開発できれば、その分戦争も早く終わる。それには君の力が必要だ」

「……一晩考えさせてください」


 結局、オスカーは研究室に加わることを承諾した。突き付けられた二択に対してここでも折衷案を考えようとせず、安易に選択してしまったのだ。


 意外なことに、研究室の帝国人はオスカーを快く迎えてくれた。特にルークは我が子のように面倒を見てくれたものだ。ルークのおかげでオスカーは正気を保てたと言っても過言ではない。


 そして半年後、究極魔術「ノア」が完成した。

 名前はもちろん聖書にあるノアの箱舟からとってある。オスカーはこの名前にしばし怒りを覚えた。王国民を愚か者と思っているのか、と。


 しかしここで問題が発生した。開発されたはいいが、誰もこの魔術を使えなかったのである。そう、ノアの基礎技術となったブラックホール魔術を使えるオスカー以外は。


「おれが放てと」

「ああ。君が放てば、それで戦争が終わる。そして帝国が王国を統治した際、新政府における君の発言権を保証しよう」

「権力などいらん」

「いいのか? 君がストップをかけなければ、帝国は王国にどんなことをするかわからない。最悪、王国民を奴隷にすることもあるかもな」

「そんなのが許されるとでも?」


 オスカーの腸は煮えくり返りそうだった。


「許されるさ。なにしろ、勝者の言うことなのだから。この世は武力で支配されているのだから」

 悔しいが、所長の言い分は正しい。一応、戦争は人道的な範囲で行うと国際間で協定されているが、世界最強の帝国に意見できる機関などこの世界には無い。やると言えば通るだろう。

「……わかった。ノアを放とう」

「物分かりがよくて助かる」


 そうしてオスカーは飛行船に乗り込み、王国の上空までやってきた。

 王国に飛行船を撃墜する技術はない。帝国はこの上から爆弾を落としているだけで勝てるのだ。それをしないのは、帝国だって支配する王国の民が少なくなるのを嫌がっているからだろう。


 遥か上空。雲の隙間から。多くの魔力補助を背中から受け、緻密に計算された魔術式を通して。

 究極魔術、ノアは首都に向かって放たれた。

 刹那の時間。静かに過ぎるたった一瞬にして、王国から一万を超える人が消滅した。

 その反動もすさまじく、魔力の残滓が空へと昇り、王国の空を紅く染めてしまった。


 オスカーはそれを茫然と眺めるのみ。眼前に広がるは虚無の大地と紅色の空。これが最善だと思い積み重ねた行動の結果は、ただひたすら平坦に広がる故郷の姿だった。死んだ人間の中には、両親も含まれていた。


 果たして本当にこれが正しかったのか。オスカーは今でもわからない。冷静に考えれば、死ぬ予定だった多くの兵士の命を救ったことになる。強い発言権を手に入れたので、非人道的な帝国の統治にストップをかけることもできた。


 オスカー・ハイデガーの名前は大罪人としてすぐに広まったが、彼にはノアと引き換えに手に入れた権力がある。苗字を名乗らせないという帝国の風習を押し付け、マヤが罪人の妹だとバレずにすんだ。「戦争孤児管理法」を強引に認めさせ、オスカーは正体を隠したままマヤと一緒に過ごせた。発言権を悪用してニナを同室に呼び、オスカーの正体がバレた後でもマヤを孤独にしなくてすんだ。


 自己満足ではあるが、妹から両親を奪った罪を償えた気がした。

 だが――もう少し、別のやり方があったのではないか。

 クルト・ハイデガーは、そんなことを考えてしまう。



 ■



「クルト!」


 フィンたちに連れていかれそうになるところで研究室にやってきたのはルークだった。


「君は……さっき倒したと思ったんだけどな。ちゃんととどめを刺しておくべきだったか」


 見ると、ルークは全身からむごたらしく血を流している。足を引きずっていることから、骨も折れているのだろう。


「撃て」


 フィンが指示すると、周りの男から放たれる魔術弾がルークを襲う。


「《三面展開。総防御》ッ!」

 あらかじめ戦闘を想定していたのか、ルークはとっさに防御陣を展開する。助教だが、ルークも立派な帝国の研究者だ。一般人にそうそう負ける魔力量ではない。

「三人とも今のうちに逃げてください! ここは僕が――」

「《四面展開。総攻撃》」


 だが、フィンはそれ以上の力を持っているらしい。クルトにしかできないと思っていた四面展開を使いこなして魔術弾を炸裂させ、ルークの防御陣を破壊した。


 余波が部屋中に広がり、爆風が部屋中に吹きつける。クルトはマヤを守るためにとっさに壁になった。

「戦力はこちらが上。逃げられるとは思わないことだ」

「く……」


 ルークは悔しそうにフィンをにらみつける。今にも飛びかかりそうな形相だったが、魔術陣を破壊されてはまともに戦闘はできないはずだ。


「飛んで火にいる何とかだな。死んでもらおう。《四面展開。半攻――」

「待て! フィン!」


 その叫びでピタリと攻撃を止める。余計なことをしては横で照準を突きつけてくる男に撃たれるかと思ったが、もはやそんなことは言ってられない。


「どうしたオスカー」

「ルークは関係ないはずだ。命まで奪う必要はないだろう」

「こいつは帝国人なんだろう? なら殺すことに躊躇する方がおかしい」

「もう戦争は終わっている。戦争で殺せば英雄だが、今殺せばただの犯罪者だ。これ以上、罪を重ねるな」


 その言葉がおかしかったのか、フィンはクックッと笑った。


「ははは、そうだな。お前が言うと説得力があるな。なあ帝国の英雄、オスカーさんよ」


 皮肉たっぷりに言ってきた。


「ああ、おれは帝国にとっては戦争を終わらせた英雄だろうよ。だからある程度発言権があるし、学園内でも権力がある。だが王国にとっては最悪の裏切り者だ。わかっている。もうおれは平和を享受する資格はない」

「ならば自ら処刑台に立つと」

「……ああ。その代わり、おれ以外の安全を確保しろ」

「難しいな。こいつらは戦力として強大すぎる。もし我々に歯向かえばかなりの脅威だ。この革命が終わるまではここにいてもらうことになる。もし反乱の途中でこの辺りが戦場になれば、流れ弾にあたるかもな」


 クルトはぎろりと睨む。しかしそれはフィンの機嫌を悪くするだけだった。


「……自分の立場をわかっていないようだな。やれ」


 その合図で突き付けられていた攻撃陣が火を噴き、クルトの左足を貫いた。


「ぐっ――‼」


 防御陣を展開する暇もない。足の骨を貫かれたクルトは膝をついた。


「クルト!」

「……わかった。だがせめてこいつらの命を守る努力はしろ」

「ああ。努力はするよ。努力はな」


 悔しさに唇をかみしめる。直後、ふたたび男に腕を引っ張られた。


「ふ、ふざけんじゃないわよ! なに勝手に連行してんのよ! 『Let there――」

「ニナ!」


 クルトの一括でビクッとなり、ニナは詠唱を止める。

 その顔は絶望したような、怒っているような、悲しんでいるような、困惑しているような。彼女がどんな思いなのかクルトにはわからない。だからせめて少しでも安心させてやろうと、にっこり微笑む。


「もういいんだ。お前だっておれを許せないだろう? おれが取り返しのつかないことをしたのは事実なんだ。だから、何も心配する必要はない。ただ罪人が一人、正しく裁かれるだけなんだ」


 それはクルトの本心だった。ノアを放ったあの日から、罪悪感が消えたことはただの一瞬たりともない。王国民のオスカーへの恨みを耳にするたびに自分は死ぬべきだと思い続けてきた。いや、むしろ死んだ方がずっと楽になれるだろうと……。


 それでも今まで死ねなかったのはマヤがいたからだ。幼いマヤを一人残して死ぬわけにはいかない。だが、今ならニナが面倒を見てくれるだろう。もはやこの世に未練はなくなっていた。


「あ、あんた……」

「お前はやっとこれでオスカー・ハイデガーの呪縛から解放される。同じようにおれの呪縛にとらわれている人も多いはずだ。その罪を償わなければならない」

「で、でも、あんたが死んだって何の解決にも――」

「なるさ。復讐に意味はないなんて言うが、そんなことはない。おれのせいで前を向いて歩けない人がたくさんいるんだ。おれの死で少しでも救われる人がいるのなら……」


 積み重ねたクルトへの信頼と、降り積もったオスカーへの憎悪がせめぎあった結果、ニナは何も言えなくなってしまった。


 クルトはすでに覚悟を決めていた。もともと、今日は二人に正体を打ち明ける予定だったのだ。死ぬとまではいかなくとも、この国から追放されるくらいの心の準備は出来ていた。


「おれは大丈夫だよ。もう生きていても仕方ない。正体を明かして生きていけるほど、図太くはなれない」


 自分がオスカーだと、ニナの両親を殺した元凶であると言って元の関係に戻れるわけがないのはクルトもわかっていた。


 短い人生だったが、あの戦争で死んでしまった同胞を想えばそれが悲劇とは言えない。本来ならあそこで死ぬはずだったのだ。


「さよならだ。マヤを頼んだぞ」

「あ……」


 ニナの伸ばす手を振り切って前へと進む。そこに恐怖はない。

 彼女は一時の情に流されているだけだ。クルトと別れて一年もすればすぐに根底にある憎しみの心がわいてくるだろう。


「連れていけ」


 フィンの無情な声が響く。もう誰も口を開けなかった。ある者は無力から。ある者は絶望から。


 しかし――一つの幼い声が、沈黙を破った。


「クルト……? どこいくの……?」


 振り返るとマヤが歪んだ顔をこちらに向けていた。

 口調こそ疑問だが、表情は全てを理解している。この子は頭がいい。クルトが諸悪の根源であることも、もう会えなくなることも理解しているのだ。


 マヤと話せば未練が生まれてしまうのであえて声をかけなかったが、最後の場で無視をするわけにもいかない。


「バイバイ、マヤ」


 優しく語りかける。せめて最後の思い出が良いものであるようにと。


「――やだっ!」

「マヤ……?」

「やだっ! やだっ! やだっ! やだっ!」


 マヤは涙をぽろぽろこぼして駄々をこねた。こんな怒るように感情をあらわにするのは初めてかもしれない。


「クルトはおにーちゃんだもん! なんでいっちゃうの? なんでどっかにいっちゃうの!」

「おれが悪いことをしたからだ」

「うそだもん! クルトはてんさいなんだよ! てんさいだから、わるいことをしないんだよ!」


 零れる涙をぬぐわずに妹は叫ぶ。それは、どうしようもなく届かないものに手を伸ばす、過去の自分のようで。


「おれはマヤのお父さんとお母さんも殺したんだ。だから逮捕されるのは当たり前だろ?」

「でも……でも……」


 大きくなれば分かる。親を殺した兄妹が隣にいて良いことあるはずがない。

 過去に清算をつける意味でも、ここは突き放す時だ。クルトはマヤに背を向けて出口へと歩いて行く。


「――ずっといっしょにいるんだもん!」

「――⁉」


 だがその言葉で、自分の選択が正しいのかわからなくなってしまった。

 マヤの人生は大切な人を奪われ続けてきた。それなのにクルトまでもが離れていくのは正解なのだろうか。


 いや、大丈夫なはずだ。クルトが死んだ後でもマヤの面倒を見てもらえるように、わざわざ工作を重ねてニナを自分の部屋に呼んだのだ。面倒は彼女が見てくれるはず。


 でも、それで本当にいいのか? 無条件に寄せてくる信頼から逃げていいのか?


 こうすることが本当にマヤの幸せなのか?


 クルトはずっとマヤの幸せを願ってこの三年間を生きてきた。

 裏切りにより手に入れた権力でずっとマヤの傍にいた。それがせめてもの罪滅ぼしになると思ったからだ。


 その果てに自分が死ぬ。これが正しい結末なのか?


 ずっと一緒にいたいという、マヤの唯一の願いを踏みにじるのは……。


 クルトにはわからなくなってしまった。


「別れは終わりだ。逃げられてはかなわん。さっさと拘束して連れていけ」

「はっ!」


 フィンの指示でなすすべなく拘束される。


「やだっ! やめて!」


 マヤの叫びはむなしく響くのみだ。この状況からはもうどうしようもない。

 仮面の男たちに連れられて、クルトはとぼとぼ研究室を出ていった。





 クルトの死はノアにとらわれてた王国民の未来を切り開くもの。

 歴史を変えるという意味を込めて、処刑は時計塔前広場にあるギロチンで行われることになった。かの有名な国王補佐と同じ死に場所だ。


 服の中に仕込んでいた魔術陣をすべて没収されてから、クルトは死刑台に両手両足をつながれた。そろそろ夜が明ける。十分に人が集まってから執行するつもりなのだろう。


「ルイーサ君が手に入れた情報のおかげで民衆にも大分オスカー・ハイデガーの情報は広まっていてね。そして、今日の朝刊でオスカー死刑の発表をする。そうすればかなりの人が見に来るはずだ」


 座ったまま動けないクルトを見下ろすようにして隣のフィンはそう言った。


「すいぶん急なんだな。こういう大事な処刑は時間をかけるんじゃないのか?」

「お前の死は我々の武装蜂起の開始の合図でもある。今でなければならんのだ」


 民衆の熱を維持したまま反乱を起こしたいのだろう。


「……誘拐事件もこのための布石か。そのためにルイーサを捨て駒にするとは」

「犠牲なしに何かを成し遂げることなんてできん」

「お前にとっては一人の部下かもしれないが、おれにとっては数少ない仲間だったんだ。必要な犠牲で割り切れるほど簡単なものじゃない」

「自分が死ぬというのに他人の心配か。お前はどこまで行っても優しい奴だな」


 フィンは皮肉っぽく言う。


「今だから言うが、私はお前のことが大嫌いだった。戦争からではなく昔からずっとだ。お前はいつでも私の一歩先を行く天才だった。そのくせ私に気ばかり遣っていたな。そんなに私が憐れだったか」

「……もう覚えてない」

「そうかい」


 それきり会話はなくなった。もともと仲のいい兄弟ではなかったのだ。立場が違いすぎる今、何を話していいのかわからない。


 そうして待っていると日は昇り、人々がぞろぞろと集まってきた。朝刊を見た人たちがやってきたのだ。鎖につながれて動けないクルトの顔をまじまじと見て、本物のオスカーなのかを見極めようとしている。ルイーサの件でオスカーの存在が広まっていたとはいえ、まだ信じていない人が多いのだろう。


 ここに連れてこられるまでの街の状況を観察するに、学園や刑務所、警察署なんかの街の要所はテロリストに制圧されている。そして街のあらゆる場所で幹部が演説を行い、武装蜂起への参加を呼び掛けているようだ。


 おそらく、オスカーの処刑はこの革命の第一段階。これを通じて王国民の支持を集め、市民を兵力に加えてから帝国政府に対して武装蜂起を行うつもりなのだろう。街全体が革命への期待で高ぶっている。


 この男は本気でこの国を帝国から取り戻す気なのだ。


 その熱が伝わったのか、どんどん人が集まってくる。次第に広場は人で埋め尽くされて行き、ちらほらとオスカーに対する罵倒が聞こえてきた。


「ふざけるな! この王国民の恥さらし!」

「あの人を返してよぉ!」

「死ね! 裏切り者!」

「なんでてめーみたいなやつが生きてたんだよ! さっさと死ねよ!」


 そのどれもが魂からの絶叫だ。

 クルトが奪ってしまった大切な人たち。大切な帰る家。大切な思い出。

 その重みが一度にのしかかってくるようだ。


「大勢に恨まれながら死ぬ気分はどうだ?」

「最悪だ」


 せめてもの救いはマヤとニナにこの姿を見られないことだ。

 あっという間に広場は人と怒声で埋め尽くされた。街のあちこちでやっている演説に感化されてやってきたのだろう。


 この町は大部分が一度ノアで消滅している。ここにいる人たちは、それでもこの場所にとどまるのを選んでいるのだ。オスカーへの恨みは人一倍強いはず。


 そうして動けないまま時間は過ぎ、日が南中した。


「ではこれより、オスカー・ハイデガーの処刑を始める!」


 とうとうフィンが宣言した。広場はさらに沸く。

 クルトは無理やりギロチン台に首を乗せられた。


「皆も知っての通り、こいつは我々を裏切りノアを開発した大罪人だ。死んだと思われていたが、それは帝国の情報操作だったのだ! こいつは今の今まで生きていた!」


 人を引きつける抑揚をもってフィンは演説をする。あれだけ騒がしかった広場だが今は静まっているのを見るに、彼の演説力、カリスマ力は相当なものだ。


「だが本当に本人かを疑う人もいるだろう。そんな人はこれを見てほしい」


 フィンが指示をすると、突如側近の男がクルトの上の服を破いた。無機質な灰色のバッジがあらわになる。


「このバッジは帝国産のクローンであることを表すもの。しかしここに書かれている登録番号は、世界クローン管理番号の一覧のどこにも載っていないのだ。これこそが、帝国がオスカーの存在を隠蔽しようとした証拠に他ならない!」


 広場からは絶叫が起こった。観客の猛烈な叫び声が町中に響き渡る。

 実際、クルトの登録番号は載っていないが、観客にそれを確認する術はない。誰もフィンの言葉の真偽を確かめず、場の空気に流されてそれを真実だと確信しているのだ。


 それに、クルトの登録番号が載っていなかったとしても、それがオスカーであるという証明にはならない。しかしそんなことすら考えられず盲目的になるほど、王国民の恨みは強いのだ。


「我々はずっと帝国の卑劣な策に苦しめられてきた。だが裏切り者が見つかった今こそ、立ち上がる時である!

王国民よ、怒れ。

王国民よ、叫べ。

王国民よ、立ち上がれ。

裏切り者に制裁を下し、我々は、王国の誇りを取り戻す!」


 広間の熱気は最高潮に達していた。誰もが口をそろえて戦えと叫び、こぶしを天に掲げている。


(これでよかったんだ)


 クルトが死ねば彼らは救われる。彼らをノアの呪縛から解放してやれる。クルトの死で王国の未来が変わるならば、喜んで命を差し出すべきだ。


『――ずっといっしょにいるんだもん!』


 ふと、マヤの言葉が脳裏をよぎる。

 普段は主張の少ないマヤの断固とした口調。痛ましく歪んだ顔。

 その光景が思い起こされて胸の奥が握りつぶされそうになる。

 マヤの小さなたった一つの願い。その約束を裏切ってもいいのだろうか。

 だがなんの謝罪もなくのうのうと生きるのはノアで死んだ者たちへの冒涜だ。

 マヤの願いと王国民への贖罪。はたしてどちらが大切なのだろうか。

 生か死か。またクルトは二択で迷い続けている。


(おれが……本当に大切なもの……)


 考えても結論は出ない。

 クルトは自分の運命を呪った。なぜ妹と一緒にいるという単純な願いが叶わないのか。なぜ普通の幸せな暮らしすら否定されるのか。なぜすべての王国民から恨まれるという過酷な役目を背負わされてしまったのか。


 クルトの人生はあまりに理不尽すぎる。

 それは怒りか情熱か。ふつふつと胸に熱い思いがこみあがってきた。冷えきった心臓と閉ざした心に灯がともる。


「ではオスカー・ハイデガー。最後に言い残したことはあるか」

「…………」


 クルトは斬首台に乗せられ、身動きのとれない状態で問われる。


 なんと言えばいいのだろう。謝罪が許されるなら死刑はいらない。強がっても惨めなだけ。ならば――


「また会おう」


 会場はその意味をはかりかねて静寂が訪れる。


「執行!」


 次の瞬間、フィンの合図とともにギロチンが振り下ろされ。

 クルトの視界は暗闇に包まれた。





 クルトはこのまま死ぬべきなのだろうか。

 結局、合理的な答えは出せなかった。

 多分、これから先どれだけ悩んだとしても、永遠に答えはでない。


 だが――


(もういい。あれこれ考えるのはやめた)


 何をするべきか。罪は償うべきか。

 そんなことを考えるのはもう疲れてしまった。

 だいたい、王国民は勝手なのだ。クルトの努力がなければ今頃もっとひどい目にあっていたし、もっと人が死んでいた。なぜクルトばかり糾弾されるのか。


(腹が立つ)


 だから、クルトにはもともと責任なんてなかったのではないか。もう自分の願いを口にしてもいいのではないか。


(ずっとこの部屋でマヤと一緒にいたい)


 本当ならこんな手を使う予定はなかった。殺されたら死ぬ予定だった。

 でもこんなのあんまりだ。納得いかない。だから――




「――おれを甘く見たな」




 教員寮の一室。クルトの自室にて。一体のクローンがひっそりと動き出した。

 オリジナル個体が壊れたときの予備の体だ。壊れる直前に記憶と性格データを転送してもらい、全くの同一人物として彼は目を覚ました。


 個体名クルト・ハイデガー。人間時代の名前はオスカー・ハイデガー。


 誰もいないその部屋で、ゆっくりと反撃ののろしが立ち上った。

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