第七話 波乱の予感
――ピピピピピピピピ
朝の六時半。
起床時間を知らせる目覚まし時計を止めるところからわたし、早坂椎菜の一日が始まる。
まだ寝ていたいという気持ちを何とか抑えてベッドから降り、カーテンを開けて朝日を浴びる。
朝が弱いわたしは、重いまぶたを擦りあくびをしながらリビングへと向かい、簡単な朝食を食べる。
今日は卵かけご飯にインスタントの味噌汁。日によってはトーストだったりする時もある。
朝食を済ませ、両親の出勤を見送ったあたりから、ようやく意識がはっきりしてくる。
自身のスイッチを入れるためにシャワーを浴び、校則に引っかからないようなメイクと、髪の毛のセットを行う。
制服へと着替えた後は、教科書やノートなど必要なもの一通りと、母親の作ってくれたお弁当をカバンに入れて、準備は完了する。
わたしよりも遅くに家を出る中学生の弟に、しっかりと戸締りするように伝え、家を出る。
最寄りの駅で文音ちゃんと待ち合わせをしているので、時間に遅れないよう注意して向かう。
相変わらず到着したのは集合時間の十分前。文音ちゃんが来るまでの間、身だしなみをしっかりと確認した後はSNSをチェックする。
文音ちゃんはいつも通りに五分前に到着し、一緒に登校する。
学校の最寄り駅までは三駅だから、新しいクラスの事とか、担任の渡辺先生の事とか、今日の授業の事とか、他愛のない話をしていればすぐに着く。
学校までの道は昨日と違い、多くの生徒が川のように流れを作り登校している。その流れに逆らわないように、はみ出ない様に用心深く歩調を合わせる。
既に半分ほどの人が登校してきている教室へと入り、去年同じクラスだった人達と挨拶を交わして席へと向かう。隣の席の横山君は昨日と同様、すでに席に着いて外を眺めている。
「おはよう横山君!今日も早いね」
「・・・ああ、おはようございます、早坂さん」
昨日一緒に遊んだことで少しは打ち解けられるかと期待したが、変わらず鉄壁のガードというか、他人を寄せ付けない印象を受ける。
横山君と仲良くなるというのは現状、わたしの最大の課題だ。
席が隣同士ということもあり、授業などで関わる機会は多いだろうし、仲良くなっておきたい。
だがそれ以上に、うまくは言い表せない惹かれるものがある。
「今日から授業だね。横山君は好きな教科とかある?」
精一杯友好的な空気を出し、仲良くなりたいことをアピールする。
まずは横山君のことを知ろう。正直今のままでは謎が多すぎる。
昨日はそれなりに長い間遊んだが全くと言っていいほど理解は深まらなかった。
去年一年でこんなことは一度たりともなかったのに。あれだけの時間遊べばその人の人となりが輪郭くらいは見えてくるはずなのに、横山君に対しては雲をもつかむような気分だった。
その事実がわたしを少しだけ焦らせる。
「・・・強いて言うなら、数学ですかね」
「数学かぁ。わたし数学苦手だし、テスト前とかに教えてくれると助かるなぁ」
「・・・機会があれば」
そんな瑣末な会話を繰り返し、少しでも距離を縮めようとする。
だが気のせいだろうか。
なんだかわたしのことを見定めるような視線を横山君から感じるのは。
クラスメイトは横山君だけではない。
休み時間になれば手当たり次第にいろいろな人に声を掛けに行く。
去年のクラスの話だったり、新しいクラスの印象だったり。話すのはそんな何でもないような内容ばかり。
でも重要なのは内容ではなく、話すという行為そのもの。悪い印象を与えないこと。
だから一人でも多くの人と話す。
みんなに嫌われないように作り上げた「自分」で。
その甲斐あって、帰りのホームルームの時間にはクラスのほとんどの人と話すことができ、おおよその人柄も把握することができた。
こうなったらもう大丈夫。
相手に合わせて嫌われないような行動を取れば良いだけ。
このクラスが終わるまでの二年間なら、うまく演じきれるだろう。
あとは一人だけ、最大の壁がいるけども。
「早坂さん」
ホームルームも終わり、部活に所属していないわたしは家に帰ろうかというとき、隣の席から声を掛けられる。
「少し、話したいことがあるんですが」
「うん?どうしたの?」
どうやっても近づくことのできなかった横山君が、なんと向こうからやってきたのだ。
この機を逃すまいと、できる限りの笑顔を見せたわたしに対して、変わらない雰囲気の横山君は全く想像だにしない言葉を続ける。
「今週末、二人で遊びに行きませんか?」