第五話 嘘で塗り固めた自分
「俺たちはもう一つ隣の駅だから。今日は楽しかったし、また遊ぼうぜ」
「ウチも今日は楽しかったで」
「では、また明日」
「うん、二人ともまた明日ね」
すっかり日が暮れ、点灯した街灯が目立つ自宅の最寄り駅で鈴村君、横山君と別れて文音ちゃんと二人で家路につく。
カラオケを出た後、そのまま徒歩で帰るえーちゃんと電車で帰るほか四人で駅で別れることになったのだが、別れを惜しんだえーちゃんとの会話が止まらずに気付けば時計はもうすぐ七時を示す。
「・・・椎菜ちゃん、今日はどうやった?」
駅を出て少しの間沈黙が続いたかと思ったら、いつもの優しい笑顔の無い、神妙な面持ちで文音ちゃんが聞いてくる。
「え、どうしたのそんな顔して。もちろん楽しかったに決まってるじゃん」
わたしは文音ちゃんの言いたいことがなんとなく分かってしまった。
だからこそ、笑顔を作り気丈に振る舞う。
「そう?せやったらええんやけど・・・」
文音ちゃんは底抜けに優しいから、こんなことをせずに本心の全てをさらけ出したとしても、わたしに愛想を尽かして関係が疎遠になるようなことはないようにも思う。けど、万が一のことを思うと二の足を踏んでしまう。
それに、わたしは自分と同じくらい、いや、それ以上に文音ちゃんのことを大切に思っている。そんな大切な友達に心配はかけたくない。
「大丈夫だって!クラス替え初日から良い友達ができてとってもハッピーだよ!」
文音ちゃんは同じ高校の中で唯一わたしの中学時代を知っている。
それだけに、今のわたしに対しては思うところがあるのだろう。
「あの、余計なお世話かもしれへんのやけど、今日遊んだみんなは優しそうやったし、あんまり無理しいひんでもええんとちがう?少なくとも、直斗君は椎菜ちゃんが思てるようなことはしいひん人やし」
慎重に、優しく諭すように文音ちゃんから掛けられる言葉が、今はどんなストレートの悪口よりもわたしの心に痛みを与える。
こんなにも優しく寄り添ってくれる友達に対して、バレバレな噓をついて、余計に心配をかけてしまっている自分に対する罪悪感と嫌悪感。
今のわたしにはそれしか感じることができない。
文音ちゃんの言っていることは正しいのだろう。わたしだってその行動が正しいと思うし、そうできれば今よりもずっと楽で、楽しい学校生活を送ることができるのだろうと思う。
でもダメなんだ。
どんなに大丈夫だって言い聞かせても、あの時の凍った空気が私を襲ってくる。
あの時、みんなから浴びせられた視線が今でもわたしを見つめてくる。
そして何より、その後の学校生活が脳裏に焼き付いて離れない。
だからこうして適当な嘘で自分自身を塗り固めていることしかできない。
「ははっ、文音ちゃんは考えすぎだって。わたしは無理なんてしてないし、そんなに心配そうな顔してないで。せっかくの美人がもったいないよ」
きっと今のわたしも文音ちゃんから見たら、ぎこちない笑顔で心にもないことを言っている人にしか見えないんだろうなと思う。
それでも、何も知らない人が見たらなんとも思わないくらい自然に振る舞えているし、きっと誰にも、わたしが嘘をついていることなんてばれないんだろうな。
いっそのこと、全部見透かしてくる人にでも出会えたら、何かが変わったりするのかな。
「・・・椎菜ちゃんが言いたないことは無理に聞かへんけど、ちょいでも話しとうなったらいつでも聞くさかいね」
最後まで優しく心配してくれる文音ちゃんに、わたしは黙って笑顔を返すことしかできない。
「ほな、また明日。明日は寝坊しいひんようにするさかい、一緒に学校行こうなぁ。」
いつの間にか自宅についていたわたしたちは、そこで解散となる。
可愛らしい、にこやかな笑みを残して一人家に向かう文音ちゃんを見送り家に入る時、ふと疑問に思う。
四月って、こんなに寒かったっけかなぁ。