第三話 試練への招待
「じゃ、取り敢えず委員決めしていくぞー」
あからさまに気だるげな様子でクラスを引っ張ろうとする渡辺先生。クラスの担任がこんな調子で大丈夫だろうか。
とはいえ元気がないのは先生だけでなく、生徒たちも同様だ。
まあそれも仕方ないかもしれない。何と言っても今は始業式の直後。校長先生の長い長い話が終わって、やっと体育館から教室に戻ってきたところなのだから。
それでも、先生だけでも元気に話してほしいけれど。
「先ずは学級委員を決めるか。学級委員さえ決まっちゃえば、あとは全部丸投げでアタシの仕事は無くなるしな」
(最後の本音は漏らさないほうがいいんじゃ・・・。)
渡辺桜佳先生。
去年は担任ではなかったけど、授業はあったからなんとなくの人となりは知っている。
スッとした細身の体型に、男子に混ざっていても高い方であろう身長のお陰で、美人で大人な女性という印象を受ける。・・・黙ってさえいれば。
先生は口を開けばやれ疲れただの、やれ授業が面倒だの、ネガティブなことしか言わない。
ところが、他の先生たちのように硬い雰囲気がなく生徒たちともフレンドリーに接しているためか、生徒たちからの人気は高い。
特にあの美貌と、まだ二十代という若さから男子生徒からの人気は凄まじい。
「てことで、誰か学級委員やりたい奴いるかー?別に他の奴を推薦するのもいいぞー」
面倒臭そうに発せられるその言葉だが、生徒たちの反応は鈍い。
実際、学級委員になったからと言ってそこまで大変な仕事があるわけでは無いけど、なんとなくのイメージで敬遠されがちな気がする。
「はい、ウチが学級委員やります」
教室の静寂を破って真っ直ぐに右手を上げたのは、方言の訛りが注目を集める佳麗な女子。
「おー、竹林やってくれるか」
文音ちゃんは中学の時に出会ってから今まで、これで五年連続で学級委員をやることになる。
優しくて、頼りになって、周りを見て行動している文音ちゃんは学級委員に適任だと思うし、今まで何度も助けられてきた。
「じゃあ後は男子だけだな。男子はやりたい奴いないかー」
相変わらず反応が鈍い男子たちを差し置いて、またもや文音ちゃんが手を上げる。
「先生、ウチが推薦してもいいんですよね」
「大歓迎だぞー」
「やったら、男子の学級委員は横山君が適任や思います」
堂々と、普段通りのにこやかな笑顔から放たれた言葉は意外なものだった。いや、そもそも誰かを推薦するという時点で思いも寄らない行動だ。
「オッケー、横山な。他に居なければ横山で決定だな」
「いや、私はやるなんて一言も言ってないんですが」
隣の席からは、突然学級委員に推薦された横山君が反論を試みる。
「特に居ないみたいだし、学級委員は竹林と横山で決まり!てことで後は二人に任せた」
しかし完全に無視され強引に押し切られてしまう。
宣言通りに学級委員に任せて教室を出ていった渡辺先生を、何を言っても覆ることはないと悟った横山君の仏頂面が見送る。
その後は、案外すんなりと状況を受け入れた横山君の進行により、一瞬にして事が進んで八クラスの中で一番に下校を迎えることになった。
「勝手に推薦なんかしてもうて悪かったなぁ」
「まあいいよ。結果として早く終われたし」
「フフッ。やっぱし直斗君を推薦して正解やったなぁ」
渡辺先生からの話が終わりクラスが解散した後、わたしと横山君の席の周りには朝のホームルーム前と同じ五人が集まっていた。
「でも良かったじゃねぇか。学級委員ってことは必然的に桜佳ちゃんと関わる機会が増えるってことだろ」
「ん?健吾って渡辺先生のファンだったのか。今からでも変わろうか?」
「それは面倒臭いからいいや」
どうやら鈴村くんは渡辺先生に魅了された男子生徒の一人のようだ。
「そんなことより直斗、この二人は直斗の友達?」
朝に初めて会った時と変わらない、天真爛漫という言葉を体現しているかのような振る舞いの青木さんが、わたしと文音ちゃんについての話題に変える。
「こちらの竹林文音さんとは同じ小学校でしたので仲良いですね。こちらの早坂椎菜さんは朝初めて会ったばかりです」
「ふーんなるほど・・・。エナは青木衣奈!よろしくね!えーっと・・・、あやりんとしーちゃん!」
「あやりん・・・?」
「しーちゃん・・・?」
いきなりぐいぐいと距離を詰められ、二人そろって困惑してしまう。
「あれ?もしかしてあんまり気に入らなかった?別の呼び方考える?」
わたしたちの反応が呼び方の対しての不満だと思ったのか、ほかの呼び方を考えようとする青木さん。
「いやいや!全然そんなことないよ!」
気に入らなかったわけではないと、慌ててわたしは否定をする。
(しーちゃん、か・・・。)
幼稚園とか小学校の時はそう呼ばれていたし、少し懐かしさを感じる。
「よかったー。そうだ!二人も何かエナの呼び方考えてよ!」
胸の前で手を叩き、良いことを思いついたと言わんばかりにウキウキしながら話す青木さんとは対照的に、わたしの胸中は穏やかではない。
仲がいい良い人はみんな名前で呼んでいるし、人のあだ名を付けたことなんて記憶にないし、どうしようか・・・。
「うーん・・・、えーちゃん・・・とか?」
わたしがしーちゃんと呼ばれたからえーちゃん。とても単純だが、このくらいしか思いつかなかった。
「えーちゃん!いいね!なんかすごいしっくりくる!」
しかしながら思いのほか好評で胸をなでおろす。
「ウチはなっちゃんのほうがええ思たんやけどなぁ・・・」
「あやりんのも良いじゃん!」
文音ちゃんの提案した呼び方も受けが良く、早くも三人で仲良くできそうだ。
「よし!今から五人で遊びに行こうよ!」
・・・ビクッ。
みんなで遊びに行く。
ついつい体が反応して一瞬固まってしまったが、即座に平静を装う。
去年も何回も友達と遊びに行った。今回だって大丈夫。何も問題はない。
「俺たちも混ぜてくれんのか」
「もちろん!」
自分たちも誘われるとは思っていなかったのか、鈴村くんは少し驚いた顔をしている。
「取りあえず、駅前のファミレスにお昼食べに行こう!」
時刻は現在十二時前。
みんなもお腹が空いてきている頃だろう。
「みんなそれでオッケー?」
「いいぜ」
「ウチも」
「わたしも」
「私は帰りたいです」
「よーし、じゃあ行こう!」
一人反対が居たが、綺麗にスルーされて話は進み、教室を出て行く。
・・・さっきの渡辺先生もそうだが、みんな横山君の扱いが雑じゃないか?
でも鈴村君に引っ張られている横山君を見ていると、本気で拒絶しているわけでも無さそうだし、これでいいのかもしれない。
「ほら、しーちゃんも行くよー」
「あ、ちょっと置いてかないでよー」
少し立ち止まって考えていたわたしを、えーちゃんが手招きして呼ぶ。
今日初めて会った友達と早速遊びに行く。
少しだけ緊張しているけど、いつも通りにやればきっと大丈夫。
そんなふうに自分に言い聞かせ、みんなに付いて歩いていく。