部屋に焼き付いた光景
ラジオの時報が深夜2時になったことを告げる。
どことなく昭和を感じるオープニングが流れた後、若い男性がのんびりと話し出す。
「皆さんこんばんは。今日はいいことありましたか? 楽しく夜更かししていますか? 今夜も始まりました『武田伸也の深夜便』。どうぞ最後までのんびりとお付き合いください。それでは早速ですが曲にいってみましょう。今夜の一曲目は今話題のドラマのテーマソングになっているこちらの曲です。どうぞ」
男性の声を追うように前奏が流れ始める。15年前に流行った女性歌手の曲だ。いじめを題材にしたドラマの主題歌として当時大ヒットを記録。紅白歌合戦にも出場している。
曲が流れる殺風景な部屋の中、カツカツカツカツと無機質な音が響く。まるで紙にボールペンで力強く文字を書くような音が。
約4分間、曲が終わるまで無機質な音は鳴り続ける。そして、曲が終わりラジオパーソナリティーが話し始めた途端、カチリとスイッチを押すような音が鳴りラジオの音声が途切れる。
ラジオの音が消えた後は無音である。
時計の秒針が動く音すら聞こえない部屋の中、静寂が空間を埋め尽くす。生活音はもちろん風や車などの外の音も聞こえない。
無音の時間が暫く流れた後、小さいけれど明らかに何かが動く音が部屋に漂う。誰かが部屋の中を移動し何かの作業をするような物音が。
小さな物音の後、再び沈黙が訪れる。しかしその沈黙は短いもので10秒ほど後に嫌な複数の音が間髪入れずに発生する。
一つ目は木製の椅子のようなものが倒れる大きな音。
二つ目はロープが柔らかい肉を締め付けるような鈍い摩擦音。
そして三つ目は苦しみの中、思わず漏れ出たような男性の呻き声だ。
呻き声が発生した後はまたまた音がなくなる。だが、今度の静けさはすぐに終わることがなく、夜が明けるまで部屋の中では音が一切発生しない。
しかし、さっきまでとは異なる点が一つある。それは外の音が微かに聞こえるようになっていることだ。車が通るたびにエンジン音が微かに聞こえ、強い風が吹けば窓が揺れる音がする。部屋の中は静かだが本来聞こえるはずだった外で発生する音が聞こえるようになる。
現在、この部屋には家具は一つもない。家電ももちろんラジオもない。住人はおらず誰も住んでいない。それなのに何故か深夜2時になると時報が流れラジオが始まる。そして最後は男の呻き声が一連の不可解な音を締めくくる。
ある有名な事故物件サイトで事故物件として登録されている賃貸マンションの一室。登録情報は『首吊り自殺』で発生時期は15年ほど前。近隣住民の話によると自殺したのは一人暮らしをしていた男子大学生だという。
自殺の理由は「いじめ」。
彼は死ぬ前に一枚の遺書を書いていた。その遺書によるとかなり酷いいじめを受けていたことがわかったが、肝心の「誰に」という情報は一切書かれていなかったそうだ。
彼が亡くなってもう15年が経つ。しかし彼が住んでいた部屋は今もずっと空いたままだ。
不動産屋が事故物件であることを一切隠していないことも理由の一つだろう。人が死んだ部屋だと聞くと借りることに抵抗を感じる人も多い。しかし、部屋が空いている理由はそれだけではない。
時折入居する人はいるそうだ。心理的瑕疵物件と承知した上で安い家賃に魅力を感じて入居する人が。しかし誰も長続きせず、すぐに出ていってしまう。
大家さんによると出て行く人は例外なく「深夜2時に変な音が聞こえる」と口を揃えて言うそうだ。聞こえる程度は人それぞれで「何か変な音がするけれど何かはわからない」と言う人がいれば、「ラジオみたいな音がする」と言う人もいるらしい。中にははっきりと聞き取る人もいるそうで時報から最後の呻き声まで事細かに報告されることもあるんだとか。
「本当はちゃんと確かめなきゃいけないってわかってるの。でも気味が悪くてね」
不動産屋曰く、大家さんはそう言って確認するのを先延ばしにしているらしい。
先日、この話を書くにあたり私は実際に大家さんにお会いしたのだが、別れ際にとても印象的なことを言われた。
「見える人には見えるそうよ。遺書を書いてラジオをきり、涙を流しながら首を吊る光景が」