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「クレオン…?」


 まさかあの炎の中生きていたなんて。協力者という存在が助け出したに違いないが、そもそも報告が上がっていない。反逆を起こそうとしている集団が居る事は、ラケスやハグノンの報告で分かっていた。その中に目の前の異形の国の騎士が居る事も。しかし、そもそもこの異形な存在があの国の生き残りであり、シュリンクスの妹リュラーであるなど、全く知らなかった。ハグノンはともかく、ラケスが気付かぬ筈が無い。ならばこの異形は一体何者か。歪に笑うその顔を、睨む様に見る私に、見返す瞳は確かにあの日、自身がこの身で穢した時に見た瞳と同じに感じた。


「早く答えた方が良いですよ。そうして、家に帰るべきだ、貴方は」

「何…?」

「私には協力者が居る。貴方が紛れ込ませた人間ではなく、本当に信頼する一人の協力者が。その人間が、私の復讐を手伝ってくれている。だから、家に帰った方が良い。でも、話さない限り、陛下や王妃殿下は行かせないと思いますよ」


 この異形、気付いている。自分達の中に裏切者が居ると。だが、その裏切者が私に報告した内容に、この者の存在が無いのは、どういう事か。


「…そうですよ、陛下」

「クレオン!?」

「あの日、逃がすなんて馬鹿な事を言い出した貴方に、私や他の部下達は納得出来なかった。王族は皆殺し、それが国を落とすセオリー。なのに、惚れた女の戯言に付き合い、馬鹿な選択をした貴方に、我々は従う意味を見出せなかった。裸の王様になった気分は如何です?」

「貴様!!」

「この異形が本当にあのリュラー姫なのであれば、結果として生き延びてしまったことでこんな事が起きた。つまり、あの時本当に逃がしていたら、違う方法で牙を向いたという事でしょう。あの時私がした忠告は、一つも間違ってなかった事が証明された事になる」


 そうだ、息の根を止めそびれた自分に落ち度はある。だが、何より甘い事を言わなければ、私があの時子供に手を出す事も無かった。やはり、愚かなのは自分では無く女にうつつを抜かしたこの男だ。女も、傾国の美姫と言う言葉ある様に、美人は本人が意図せぬところでも国を揺るがす存在に成り得るのだと思い知った事だろう。二つの国を、傾けたのだから。


「リュラー姫」

「エフェ、です。私は今や王族でも貴族でもない、ただの焼け爛れた化け物に過ぎません」

「…お望み通り話して差し上げましたよ。それで、家に帰った方が良いと言うのは?」

「今頃、大好きな炎に、お屋敷が包まれているだろうから、間に合う内に行った方が良いと思いまして」

「!?」

「見たいでしょう?落とした国の城を燃やすのは、貴方の十八番だそうで。建物が燃えるのを見るのがお好きなのだと思い、僭越ながらお手伝いをしましたので、私の協力者が」


 この女!と殺したくなる衝動を抑え、踵を返す。私の屋敷を燃やすなど、馬鹿な真似をしてくれる。本当か否か、確認をしに行かねばならない面倒を増やすなど、楽に殺してなどやるものか。協力者共々、死ぬ方が楽な程痛めつけてやろうと心に誓う。


「止まれ!」

「冗談でしょう、陛下。私は屋敷へ戻りますよ、様子を見て、その異形が本当の事を言っているか否か確認をせねばならないのですから」

「貴様こそ、冗談を言うのか?私の命令に背き、しでかした事を告げた反逆者のお前をそのまま行かすと?」

「何を馬鹿な。大切な王妃殿下に、血を見せるおつもりで?」

「ああ、そうなっても致し方ないな」

「…え?」


 気付けば、心の臓に真っすぐ、剣が刺さっていた。ぐっと体重を掛け、更に奥へと進んでくる目の前の男。幼い頃からの付き合いで、同じ狂気の中に居た存在。国の王と成り、甘ちゃんになった男が、愛するはずの妻の前で、人を殺そうとしている。ああ、と思わず出そうになった声を押し留める。戻って来た、この男の狂気に歓喜した声など、聞かせる必要無い。何故なら自分は此処で息絶えるからだ。彼の未来に自分が居ないのに、何故聞かせる必要があるのか。遠のく意識に、異形の瞳が見えた。






 +++++






 意外に呆気ないものだった。どうせなら、もっとこう…苦しませるべきだった。けれど私では所詮この程度が限界なのだろう。


「…大事な右腕を、簡単に使えなくして良かったのですか?」

「貴様の望みだろう」

「殺すことが?冗談を言わないでください、責任転嫁だ。言ったでしょう、私の目的は全てをお話しする事であって、人を殺す事ではありませんよ。自分の手が真っ赤であるからって、人にも強要しないで下さい」


 真っ赤な手で姉に触れた。姉の身体も真っ赤になったが、私は違う。私は真っ黒だ。あの日、真っ黒に染まった。何色にも染まらない、真っ黒に。


「…あの日、アンタのせいで、我が国はこの世から消えて無くなった。世の中、弱肉強食だ、仕方が無い事だったのかもしれない。けれど、残念ながらその弱者は簡単忘れる事は出来なかった。何せ目の前で家族が三人殺され、姉は連れ去られたから。家も燃えたのに、私は死に損なった。身体中、生きているのが不思議だと言わしめる程の火傷を負って、惨めにも生き伸びてしまった。…ほら、良く見なよ。アンタがした、望んだ結果だ王様」

「っ!?止めろ!!!」


 私は服を脱いだ。一つ一つボタンを外し、顔以外も晒してやる。目に焼き付けろ、お前の愛した女と共に。お前を恨む、無念を晴らせない人間の全ての憎悪を。幸せになれると僅かにも思った愚か者め。誰がそれを許すものか。逃がすものか、絶対に。


「いやあああああああ!!!!」

「っ!シュリンクス!!」


 先に現実を逃避したのは姉の方か、つまらない。でも良いや、これでこの男も時間の問題だ。私は持っていた薬の残りを、全て口に入れた。


「…ばいばい、この世の屑共」


 静かに其処まで苦しまず死ねるはずだ、ねえ?ラフト。そうだろう?






 +++++






「…ご苦労だった、クレプテ」


 手渡した書類を見ながら、目の前の男、と在る国の一国の長、王様が俺に告げる。渡したのは、燃え盛る炎の中盗みだした沢山の国の機密事項。城では無く自宅に置いている辺り、誰も信用していなかったのだろう、あのクレオンという男は。

 あの夜、油を吸った屋根は勢いよく燃えた。あの火事で数人死んだらしい。知ったことではないが。他にも別の場所で二人死んだ。一人はクレオンという、国の軍事の長を司った男。もう一人はエフェ。自身の国を滅ぼした相手に、自身を穢した相手に、制裁という名の復讐を考えた女。クレオンは反逆者であり、それ故王自ら手を下した。エフェは自死。俺は元から聞かされていたから、死んだと聞いた時、ああ、終わったのだと思った。でも、他の連中は知らない。そんな中、俺は最後の役目を今、終えたところだ。


「エフェ殿は、天に召されたか」

「地獄に堕ちたよ」

「…成る程、この世で天に行けるのは、いったい何人だろうな」

「さあ?少なくとも、俺もアンタも、無理だろうね」

「はは、間違いない」


 死後の世界なんて、どうだって良い。関係無い。さて、この後は如何したものか。エフェの数少ない残していった金や宝石は、既に持っている。そう思っている俺の前に、すっと一枚の異様な膨らみをした手紙が差し出された。


「…何?」

「読め、お前宛てだ」

「?」


 誰からだろうか。重たいそれを受け取って封を切る。


『ラウト兄様へ』


 出て来た紙の一行目に掛かれたその名に、目を疑った。自身の本名等、知っている人間は居ない筈だ。知っていた人間は既に全員死んでいる。


『ラウト兄様へ

 この手紙をご覧になっているという事は、全てが終わった後と存じます。

 初めまして、兄様。私の名前はリュラーと申します。貴方の異母妹です。

 兄様はきっと、私などに兄と呼ばれたくないと思いますが、如何か、この手紙の中だけは許して欲しいのです。

 私が貴方の存在を知ったのは、あの日貴方が私を助け出してくれた時から、丁度一年経った頃でした。

 何気なく行った、あの裏路地のお店で、偶然貴方がラウトとと言う名だと知ったのです。そして、その名に聞き覚えがあったのです。

 昔、一度だけ、父が呟いていたその名前だったのですから。

 その日から貴方が誰なのか、必死に調べました。そして知ったのです、貴方のお母様が且つて城で働いていた事が有る、と。

 その時、父が貴方のお母様に手を出した事。そしてそれを良しとしなかった母により、貴方のお母様は追い出されてしまった事を。

 その時既にお腹にはお兄様である貴方が居た。そして無事生まれ、元気に暮らし、ラウトと言う名であると知った父が思わず呟いたのを、私が聞いていた、という訳だったのです。

 お兄様が貴族を嫌い、義賊として裕福な人間から盗みを働き、貧しい人々に分け与えていた事も知っています。

 そんな方を兄と呼ぶのは、烏滸がましいと分かっております。私は貴方の嫌いな者の最たるものでしょうから。

 でも如何か、もし叶うなら、同封したソレをお使いください。きっと役に立つ筈です。

 さて……』


 最後まで読み、思わず同封されたそれを見る。立派な装飾に似合わず、握りしめるとしっくり手に馴染む柄。鞘を外すと現れる磨かれた刃は、間違いなく切れ味が良いだろう。エフェは、終わったら全てを渡すと言っていた。ろくな物を持っているとは思っていなかったのに、手伝う約束をしたのはただの気まぐれと、乗りかかった舟だと思ったから。

 あの日、燃え盛る炎の中で見付けた小さな身体は、放っておくにも寝覚めが悪そうで……否、違う。助けなければと、何故かそう思ったのだ。本当に気まぐれだったのだろう、と思う。使命感とかそんなものも無かった。ただ何となく、手を出した。それがまさか、妹だったなんて誰が思うだろう。その妹が、自分に残した全て。その一つを握り締める。あの亡国の紋章が入った、その小型の剣を。


「…良い剣だ、過去に一度見た事が有る」

「……」

「国を継ぐ者に渡される剣だと聞いた。それがお前の手に有るという事は、エフェ殿はお前との約束を果たしたのだな」


 この男が何処まで何を知っているかは分からないが、恐らく全て知っているのだろう。エフェが()すらを託したのだから。


「…アンタ、何者なのさ」

「王だ。亡国と不可侵の約束をしていた国のな」

「ふぅん、そう」


 まあ良いや。やる事が出来たから、先にそちらを片付けなきゃ。


「…気を付けていけ。彼の国には未だ、死んでいない連中が五万と居る」

「興味ないね」

「はっ、そうか」


 少し楽し気な男の声が後ろからしたが、俺は無視をしてその部屋から出た。






 +++++






 俺がその場に着いたのは、三日後の夜だった。


「クレプテ?お前、お前今迄何処に!?」


 裏路地の元酒場に、ラフトとスピダを呼び出した。懐に仕舞ったあの剣に一度触れ、二人を見る。


「久し振りだね、二人とも」

「あの後エフェ様と連絡が取れん。如何なっている?」

「お前は知っているだろ!?」


 ああ、やはり知らないのだと顔が歪みそうになる。お気楽な二人だ。


「何言ってるのさ、エフェは死んだよ」

「なっ!?」

「牢からお前が助け出す手筈だっただろう!?」

「馬鹿だなあ、エフェが何の為にお前に薬を多く作らせたと思っているのさラフト。しっかりそれを飲んで死んだよ」

「はっ!?」

「な、何を…ラフト…?」

「殺したかったんだろう?ラフトはさ。だからクレオンと手を組んだんでしょ?思い通りになって良かったじゃない」


 蒼白になってるけど、何を白々しいと思ってしまう。エフェが死んだ事がコイツ等に与える影響なんて知ったことじゃない。けれど、アイツに託されたこの剣の意味を考えたら、それを叶えてやりたいと思うのは、きっと兄妹だからとかそんな大層な事ではない。だって気まぐれだから。


「まあ、そのクレオンはとっくにこの国の王様に殺されたけどさ。家は俺が燃やしたし、妻子も燃え死んだらしいし?」

「お前、何言って…」

「ラフトが移民だって誰もが知ってた事だろ?俺があの日エフェを運び込んだのが、偶々アンタの所だった。思い浮かんだのが偶々アンタだったからさ。巻き込んで悪かったと思ったさ、でもアンタはその後で裏切った。アンタも復讐するチャンスと思ったんだろ?だから毒を仕込んだ。クレオンに手を下させるのではなく、過去虐げられてきたアンタ達の同胞の為に報告を敢えて上げずにさ」


 でも、お前等が復讐の相手に選んだ女は、元お転婆姫は、単純で純粋なお姫様なんかじゃなかった。


「アイツは、エフェは俺や他の連中が上げた報告や普段の何気ない会話や生活を見ながら、俺達全員の人となりを見極め、見定めたのさ。不自由な身体を逆手にとって、何も出来ない惨めな自分を逆手にとって、俺達全員を騙したのさ。誰も気付けなかったろ?俺だって最後まで気付けなかったんだから」


 アイツは、エフェは、王族だった。人の上に立つ教育を受けた人間だった。例え当時あの時幼かったとは言え、染みついた王族の血は矜持は、誰よりも健在だった。それを気付けず、舐めた結果が今だ。


「ラフト、アンタの復讐は成った。アンタの仕込んだ毒のお陰て、エフェは死んだんだ。どう?元とは言え王族を殺した気分は。最高だろうね、大嫌いな、同胞殺しの王族の末裔を殺せたんだ。一族のそれこそ英雄を気取れるよ、胸を張りなよ」

「……」

「けど、アンタは其処に居る元騎士様や他の連中から殺される事を覚悟する事だね。祖国復興の旗頭にする筈の人間を殺された奴等は、何をするか分からないよ。俺達の中で、アンタに恩義を感じているのはエフェだけだったんだ。そのエフェを、誰でもないアンタが殺したんだからね」


 ある一定の容量を超えない限り効力を発揮しない遅効性の毒を、薬に仕込んでいた。ずっと、地味であるものの確実に蝕む仕返し。アイツは、分かっていてあの日に調整した。俺が報告した女の情報を元に。

 項垂れて話さないラフトを見下ろしながら、スピダは震えていた。怒りを抑え、手をきつく握りしめているのが分かる。


「…スピダ」


 名を呼べば、その視線が此方を向く。


「アンタも同じさ、スピダ」

「…なん、だと…?」

「俺や他の連中を見下したアンタも、同じだって事さ。国の為?違うね、アンタはただ、自分の為にもう一度華やかな栄光が欲しかっただけの、小さな男だったに過ぎない。其処で人の命を救う為医者になったって言う愚かな移民と同じ、その技術で人殺しになった男とね」


 コイツにこの剣を見せたら、どんな反応をするだろうか。エフェすらやや下に見ていた愚かなこの騎士は。


「アンタはエフェに頼られていたラフトの事を見下していた。英雄になって慕われていたロアスも。神出鬼没の得体の知れない俺も。何故なら?アンタはその誰よりも、力が無かったからさ」

「!!」

「剣の腕はロアスに勝てない。医学の知識も無い。情報収集能力も劣っている。勝てるのは?身分だけ。でもその身分だって、過去の栄光であって、爵位も親の、家のものだ、アンタのじゃない。そんな独りよがりは、エフェの足を引っ張った。ロアスだけで事足りた事を、アンタの事まで考えなきゃならなかったエフェの苦労を産んだのさ。矜持ばっかり高かったアンタを、どうしたら上手く使えるのかを考える事をね。知っている?何かをする時、一番厄介なのは場を乱す身内さ。それは他の裏切者じゃなく、俺達の中ではアンタだった、ってわけ」


 矜持だけの連中は、誰より何より扱いやすい。それは上に立つ人間だけではなく、裏切者にとっても、だ。だからコイツはそうなっても良いようなところに付けなければならなかった。中途半端な無能、として。自分が見下していた人間達に、足元を掬われても良いと思われていたなんて、コイツにとっては大いに矜持を傷付けられた事だろう。

 エフェも、容赦がないな。血祭りに上げられ兼ねない裏切者を晒し、無能は切り捨てた。死して尚、それをさせるなんて、流石王族だ。只で死なない。まあ、でもまだ残っているけれどね。


「…じゃあね、裏切者と無能さん。俺は未だ行かなきゃいけない所が有るんだ」


 茫然としている人間達は、後は勝手に自爆なり何なりするだろう。その結末は、俺の知ったことではない。

 俺はその場を音もさせずに立ち去った。一瞬、火でもつけてやろうかと考えたが、此処で放ったら町中が火の海になるな、と考え直した。それは俺のする事じゃない。あの人が、するならすればいい。






 +++++






「お、かあさま…?」


 姫様がお気に入りの人形を落とした。目の前の、自分の母親の姿を見て。隣りで同じように固まる、王子もまた、信じられないと言う様に驚きを隠せないでいた。無理もない、美しく聡明であった彼等の母親であり、この国の王妃と成られた自分の元婚約者殿は、今や美しさだけを保ったまま、無邪気に笑っているだけなのだから。

 エフェ様が牢で死んだ日、あの中であの日の真実を知ったシュリンクス王妃は、壊れ果てた。現実を逃避、楽しかった頃に逃げた。心が拒否をしたのだ、苦痛を感じる事を。結果、壊れた。


「…?あ、だあれ?シュリの新しいお友達?」


 幼稚返り、という方法で。

 彼女は全て忘れた。自分に愛する男が居た事も、その男との間に愛の結晶が二人も出来た事も。あの日から弱くなった心には、あの夜の事は耐えられなかったのだろう。逃がしたはずの幼い妹が、愛した男の部下に穢され、醜い姿にされた事実。それを知らず、自分だけが幸せに成っていた事実。忘れた事など無かっただろうが、怒りや恨みを愛に変えたのは紛れもない事実。それによって、その妹にすら見捨てられた現実。否、それは覚悟の上だった筈だ、彼女の性格を考えれば。僅かとは言え、自分も婚約者として側に居た。だからこそ、恨まれても仕方ないと、いずれ自分が殺されても構わないと思っていた筈だ。しかし、その妹は自分を殺すことなく、現実を突き付けるという、優しい彼女にとってはある意味一番残酷な方法を取った。

 お前の優しさで、救われた人間など居ない、と。

 一番守りたかった筈の愛する妹は、地べたを這い蹲り、醜い姿になって生き永らえ、自身を殺すでもなく知らぬと切り捨てた。恨んでもやらぬ、と。それが、彼女に対する復讐であり、国を滅ぼした男に対する復讐でもあった。愛する人間を壊す、という。

 エフェと名乗った幼き姫は、当初幼さ故愚かであるとも言われていた。だが、果たしてそれは如何なのだろうか。英雄と呼ばれていた過去、彼女は自分に対し尊敬とは違う熱の視線を向けられていた。その事は勿論分かっていたし、愚かだと思っていた。しかし自身の想いを決してそれを口にする事をしなかった。姉の婚約者になったから、というのもあるだろうが、子供であれば多少の我儘も言えただろうにそれをしなかった。だから、今回も様子を見る為に彼女が何者であるかを報告しなかった。今となっては悪手であったと思わざるを得ないが。あの姫は、自分が愚かであると見せるのに長けている。もっと早く気付いていれば、クレオンは死なずに済んだかもしれない、と思う。


「ねえ、だあれ?お名前は?私はシュリって言うの」

「お、お母様、如何したのです…?」

「お母様?違うわ、私はシュリよ。もしかして迷子なの?」

「ち、ちがう!おかあさまへん!!」

「む、お母様じゃないもん。変なのは貴方達よ!ねえそこの騎士の人、その二人を連れて行って!シュリのお友達じゃないなら要らないわ!」

「!?」


 王子と姫が息を飲む。ああ、王が居なくて正解だった。もし此処に王が居たら、二人は愚か、自分はどうなっていたか。


「王子殿下、姫殿下、行きましょう。お疲れなのですよ、直ぐ治りましょう」

「……」

「うぅ…」


 姫が泣き出した。変わり果てた母の姿に、耐えられなかったのだろう。扉を閉めて、待機していた侍女に二人を託す。自分は王に報告しに行かねばならない。今、此処に二人を連れてきたのも、元はと言えば王の指示だった。

 王に成った男は、愛する妻の為なら自身の子すら手に掛けるだろう。勿論愛しているだろうが、一番は妻である彼女だ。だからこそ、数日経った今、子供達を彼女に近付けさせた。近くに居なかったのは、居て現実を直視したら、手が出ると分かっていたから。それで戻ればと願ったが、それがその通りに行かなかった現実を見てしまったら、自身を抑える事が出来ないと分かっていたから。不穏分子は誰であろうと排除する、と。しかし、この報告をした時、少なからず暴れるだろうな、と憂鬱になる。周りの人間に、離れるよう忠告しておいた方が良いか、と思わずにはいられなかった。






 +++++






 徹底的瞬間だと、思わず見入った。暴れ、叫ぶ王妃の下になり、抵抗無く受け入れている王の姿を見たのは。王妃の手には、短剣が握られていた。細腕でどれだけの力が籠められるのか分からないが、何度も振り下ろされるのを、周りは戸惑いながらも止める事をしない。恐らく、王から手出しするなと言われているのだろうと分かる。愛する女の手に掛かるなら本望とでも言う、ある意味感動の場面なのだろう。俺から見れば、茶番だが。

 あの夜、王妃が壊れたという話は知っている。そして、その延長がこれなのだろう。きっと王が愛する壊れた王妃の為、離宮にでも下げて、子供や自分との距離を開けようとした、とかなのだろう。その最後に一目、とかそんな感じで姿を見せた途端、とかかな、なんて考えるのは、茶番に毒された俺の愚かな思考のせいだ。あっていても間違っていても、知ったことではない。

 此処に来たのは、この剣であの王を殺す為だった。殺すまでは行かなくても、傷を付けられれば、と思っていた。だが、そんな事をしなくても、その役目をあの王妃がした。見事な復讐劇だ、十分だ。最後にロアスに一言言って帰ろう。そう思って、気配を消したまま、少し離れたところに立つロアスの後ろに立った。


「…やあ、凄い場面だね」

「クレプテか」

「君に会うのも最後だろうから、一言を言いに来た。エフェは、お前の事があの日の先導役だって気付いていたよ。その上で、近くに置いていた。まあ、アンタも薄々気付いては居ただろうけどさ」

「……」

「アンタが上に報告しても大丈夫な様にしていたのに、しなかったのは何で?」

「…俺は、飼われていたんだ」

「……成る程、そう言う事」


 流石、と思った。この男、英雄と呼ばれるだけはある。この男も利用していた。そして、勝ったのはエフェだった。まあ、エフェは初めから負けるつもりは無かっただろうが。所謂一人、勝ち逃げをするつもりで全てを作り上げたんだ。


「良かったの?飼い主死んだよ」

「元々野良犬だ、次の飼い主を探すさ」

「うーん、じゃあ賭けをしよう。俺はアンタが死ぬ方に賭けるね」

「俺は傭兵だぞ?」

「馬鹿だな、傭兵だって人間だろう?化け物に適う訳ない。この世の化け物は、勝ち逃げするんだ」

「……成る程」

「じゃあね、もう二度と会う事は無いと思うけど、精々足掻きなよ英雄。俺が勝つ賭けが終わった時、その身体に()()()が刺さってないと良いね」


 ばいばい、そう言ってその場を離れた。終わった、帰ろう。






 +++++






 とある国で、王妃が王を殺した。王妃はかつてその国に滅ぼされた、亡国の姫だという。積年の恨みを晴らすべく、剣を取った王妃は、その後そのまま自害をした。その国の王は、王妃だけでなく沢山の人間から恨みを買っていた為、ろくな死に方をしないだろうと言われていたが、まさか愛する王妃から殺されるなど、誰が思っただろうか。残された幼い王子と姫は直ぐに側近として控えていた元傭兵の男に保護された。しかし、この機会を逃す国は無かった。沢山の恨みを買ったその国は、隣国の大国によってあっという間に滅ぼされた。その国の王は、且つて滅ぼされた国、元王妃の祖国に恩が有るとし、その地の復興に尽力した。彼の横には青年が居り、後にその地を治める地位に就く。青年は元孤児であり、どういう経緯かは分からないが、王の絶大な信頼を得ていたとされる。彼は一生をその地の統治に捧げ、家族を作る事をしなかった。そして、そんな彼の遺言は


「自分の墓はこの地に、この剣と一緒に葬ってよ」


 だったそうである。

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