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 そうか、そうなったのか。報告書という名の紙切れを握り締め、天を仰ぐ。ならば、遣る事は一つだ。

 そう、決意を新たにしたのは昨夜遅く。私は今、広場の真ん中に立って居る。周りは人でごった返しているが、怪しい風貌の私には誰も気にも留めていない。それもその筈で、彼等の目的は皆、城壁に張り出した櫓に向いている。本来監視をする為に在るその場所に、もう間もなくしたらこの国の王と王妃が現れるのだ。そして、昨日の開放で寄せられた手紙の一つを読み、一言述べられる。それを今か今かと待って居るのだ、そんな人間の、誰が見た目がおかしい人間を気にする余裕があろうか。私自身、今迄過去この場に来たことは無い。人が多く、疲れるだけの場所に、私の身体は耐えられないからだ。でも今の私には感覚を麻痺させる薬が付いている。未だ、数日分も。それを使って、昨日の夜に決めた事を遣る。

 私がどう動くのか、ロアスやスピダには事前に大まかに伝えてある。夜の内に動くのであれば計画その一、翌日動くのであれば計画その二になる、と。その二つが失敗になれば、その三。因みに、その三については伝えていない。私しか知らない、無謀な計画だ。だからその二で完結させるつもりで、此処に立って居る。さあ、来い。


「……」


 待つ事僅かに、周囲は歓声に包まれた。二人が姿を見せたのだ、この国の頂点、そして次点が。大きな歓声は、王が手軽く挙げると逆に静かになった。この場まで二人の声が聞こえる事は無いが、紙に視線を落とし、口を動かしていることは見て取れる。多少声を張ってはいるだろうが、一人の張り上げ声が聞こえる距離など、たかが知れている。勿論近い場に居る人間達には聞こえているだろうが。そうこうしている間に、視線が上を向いた。どうやら読み終えた様だ。そして表情を緩め、何かを告げた王。それに対し、歓声が再び沸き上がった。それを合図に、私は巻いていた布を外した。何故、声が聞こえず、所作だけが分かるこの場に陣取ったのか。それは、此処が一番良い場所だったから。アレの声など、聞きたくも無い。本来であれば、顔すら見たくない。でも、相手から見える場所でなければならなかった。異質物を見付け、怪しい存在が居ると認識させねばならなった。復讐相手全員に。それが、この場所だった。相手が真っすぐ見付けられる距離と位置、近場の人間が気付き、驚く風貌の人間が居ると騒ぎ立てて、その相手が逃げられない程周りに人が居る場所。護衛の人間が来やすい場所であり、沢山の人目がある場所。それが、此処。

 さあ、見るが良い。その目で、しっかりと。

 巻いている布を外せば、見苦しい物が出て来る。火傷の痕。爛れ、色が変わった皮膚。疎らにしか生えていない髪。死体でも綺麗な状態のものしか見てこなかったであろう人間達の目に、この世の者とは思えない化け物の姿を、見せつけてやろう。この姿になる事を望んだのは、他ならぬお前達なのだから、しっかりと見るがいい。目を逸らせることなど、許してやらない。復讐は未だ序盤だ。

 ざわざわと周りが煩くなってきた。化け物の存在に気付いた周囲が、騒ぎを起こした。私の視線の先の二人も私を見ていたが、側の護衛に下がる様促されて直ぐに居なくなった。その時の、姉の顔が面白かった。零れ落ちそうな程、目を見開いていたのだから。美しい顔は、そんな一瞬ですら美しいままだったけれど。

 私は歩き出した。自然と道が開かれていく。化け物に誰も触れたくないのだろう、関わりたくないのだろう。賢明な判断だが、生憎と私はこの姿をもう隠すつもりは無い。この国の人間達も、私にとっては復讐の対象であるからだ。恨みは無いが、一蓮托生というやつである。見当違いと言われるかもしれないし、思っているだろうが、私にとって、この国に居る時点で、生きている時点で、()()()()()()存在なのだ。この先どうなったって、知ったことではないのだ。


「止まれ!!」

「醜い化け物め!それ以上動くな!!」


 お目出度い日に騒ぎを起こした私に、歩いた先で現れた目の前の騎士は剣を突き付けた。


「止まらなかったら斬る?」

「何だと?」

「お目出度い日に流血騒ぎは、どんな理由であれ牢へ。だろう?」

「なっ!?」

「貴様!!」


 そう、この日を選んだ理由はそこにもあった。今日、この日を迎えるに当たり、この国は色んなしがらみを作った。昨日は、日が沈んでからの、許可無き人間の外出は一切の禁止。例えそれがどんな理由であっても、許可された人間以外は町を出歩いていただけで、問答無用で捕まり、牢へ入れられる。解放も今日が明け、一人ずつ尋問され潔白であると証明されなければならない。少しでも怪しい所が出てくれば、収監は延長、下手をすれば出られるのは恩赦迄待つしかない、という程に。そして今日は、国王と王妃が共に姿を見せる特別な日。そんな日に騒ぎを起こした人間も、牢へ入れられる。喧嘩やましてや流血沙汰を起こした人間は、どちらに非が有ろうとも、例外無くどちらも牢行きなのだ。

 この条件を決めたのは、国王だとされている。特に今日のこの日にそんな取り決めをしたのは、王妃に対し、野蛮で粗雑な物を見せたくないという純粋な愛によるもの、なんだとか。それを無視する事は、王に対し剣を向けるのと同意。つまり、目の前の彼等が王に忠誠を誓い、意図を汲んでいるなら、剣は振り下ろされない、という訳だ。


「構わないよ、殺せば?怖いのだろう?見苦しいのだろう?」

「き、貴様!」

「どの道、この化け物は騒ぎを起こしたのだ、牢行きは確定。ああ、いち早く見付け騒いだ人間は良いのか?逃げられてしまうよ?アレだって立派な騒ぎを起こした側だろう?」

「だ、黙れ!」

「黙っていれば良かったのに騒いだんだ、私はただ巻いていた布をとっただけなのに。ああ、そう考えると私は別に騒いでないね。それに、少なくともこの場では、私よりお前達の方が騒がしい様に思えるな?」

「!!」

「この国の誉れ高き騎士の諸君、その正義の名の下に、本来捕らえるべきは誰だ?」


 下らない茶番だと、心底思う。目の前の二人は、動けない。本来ならば躊躇わず、私を拘束しなければならないのに。例え、その後迅速に対応出来なかった、騒ぎを上乗せしたとして自分達が捉えられても、動かねばならない。それが彼等、この国の騎士の存在価値である。

 だから、ほら、来てしまったじゃないか。


「…静かに」

「っ!」


 私は手を後ろに回された。現れたのは、目の前の二人よりも末端になる傭兵。忙しく人手が居る時に配属された、憐れな駒。


「コイツは私が牢へ連れて行きます。お二人はこの場を」

「っ、そ、そうだな、分かった」

「ええ、よろしくお願いいたします。…来い」


 ぐっと押された力に併せ足を進める。有無を言わせない大きな圧力を背後に感じる。自分より大きな人間、しかも男であり傭兵である人間の力に、敵う訳が無い。ここで抵抗するのは愚かである。私はその男に抵抗する事もせず、そのまま連れて行かれた。


「……申し訳ございません、遅くなりました」

「良いよ、痛くないもの」


 もう少しで牢という所で、私を連れて来た傭兵が謝った。そう、彼はロアスだった。


「それよりも、ごめん、()()()になってしまった」

「…仕方の無い、事です。流石に、時間は待ってくれなかった、という事でしょう。それに、俺よりも貴女様の方が…」

「ねえ」

「はい」

「本気でそう思っている?」

「……いいえ」

「だよね、良かったよ。何の為に今日を迎えたのか分からなくなるところだった。弱気になるなとは言わないけれど、足を引っ張る真似だけは許さないから。君は実行者の一人だろう?」

「っ!そ、う…でした…ですね」

「君が足を引っ張るなら、私もスピダも無駄死にする事になる。もしそうなったら、そうなる前に必ず君を殺すから」

「はい、そうですね。申し訳ありません、でした」

「うん」


 声が生き返った。姉に振られ、心が折れそうだった元我が国の英雄殿の尻を叩く。勝手に凹むのは良い、だが、そのせいで何年もかけたこの計画を台無しにさせるなら、私は容赦しない。英雄と呼ばれる傭兵の男を、私が殺す事はかなり難しい。だが、私には仲間が居るし、少なからず頭も有る。それに、未だだ。姉との決着はついていない。

 その後は無言で、私は牢へと入れられた。他にも捕まった人間が何人も居たが、私が入れられたのは一番奥だった。化け物は人目に付かない場所へ入れた方が良いと、牢番の人間に言われた事に素直に従った結果である。勿論、願ったり叶ったりだ。

 後は、待つだけだ。あの時、姉は私が誰であるか分かった筈だ。そうでなければあんな驚き方はしない。そして何かを夫であり王である男に訴える筈だ。その後は…考えるに容易い。残りの薬も未だ、持っている。ロアスは適当に持っていた物を私から取り上げると、牢番に渡した。その中に薬は含まれていない。


「……」


 口の奥に、その一粒の薬を入れた。






 +++++






「…無事、進行中だ」

「それは何よりだ。あの方も、動き出した。流石エフェ様だ、良くご存じであられる」

「そうだな、俺も脅された」

「何故弱気な発言をした、英雄様」

「止めてくれ、俺はそんな大層な存在じゃない」

「はっ、それこそ止めたらどうだ、そんな大層な存在に居場所を追われた男が此処に居る」

「……」


 目の前の男は、ぐっと言葉に詰まった。嫌な言い方だという自覚は十分に有る。その上で、言葉を発した。仲違いをしようというつもりは微塵も無い。エフェ様のしようとしている事を邪魔する奴を、私は許さない。だからこそ、だ。

 元我が祖国の英雄は、何処かの国生まれの傭兵だった。得体の知れない男で、しかし祖国で勝てた男は居なかった。総隊長ですら、五分だった。それ程強い力を持つ男に、一隊長でしかない自分が勝てる筈も無く。しかもその男は、祖国の美姫であり、聡明であられたシュリンクス姫様の婚約者となった。功績を上げたのだから当たり前なのかもしれないが、身分も無い男に一国の姫を与える等、王はどうかしていると正直思った。しかし、姫様も満更ではないと知って、それならば外野がとやかく言う事は無いと、納得した。例え、奴が現れなければ、自分が姫様の婚約者になるかもしれない候補の一人であったとしても。

 城が落とされた日、姫様が攫われた聞いた時、俺は奴を責めた。何故あんな場所に居たのだ、と。例え誤情報であっても、本来英雄となった男が行く場所ではなかった場所に、奴は行った。そして見事生き残った。俺は別の場所に居て、部下、仲間を失った。俺ももう少しで死ぬという所で、城が燃えているのを見た。相手もそれを見て、ニヤリと笑い、引いて行った。あの屈辱は今でも忘れられない。だからこの俺を殺さなかった事を後悔させる為、生きると決めた。そしてあの後ボロボロな姫様と出会い、復讐を一緒にする事にしたのだ。だから、その邪魔をする人間は許さない。


「いいかロアス。俺は未だ、貴様を許したわけではない。祖国の英雄でありあの方の婚約者だった貴様は、本来あの方を守らねばならなかった。なのに守るどころか奪われた。エフェ様に許され、あの方を取り戻す機会を得たのに、よりによってその方の前で弱音を吐く等言語道断だ」

「…ああ」

「エフェ様のあのお姿もお前のせいであると今一度心に刻め。あんなやぶ医者に掛からねばならなくなった原因は、英雄であった貴様の愚かさにある。本当に何故、貴様なのか…クソッ」

「ああ、すまない…ありがとう、スピダ」

「クソッ!」


 認めたくは無いが、この男が抜けられる方が痛いのだ。俺にもっと力が有れば。それが現実的に無理な以上、この男にはしっかりしてもらわなければならない。例えその最中にこの男が死んでも構わない。大事なのは、如何に使うか。何年も掛けた計画を、復讐を、完結させる事。それが何より大事なのだから。






 +++++






 報せが入った。広場での騒ぎの原因となった、異形の人間を無事、牢へ入れた、と。あの異形を見た妻は、驚きのあまり固まっていた。そして、その後自分へ懇願した。


「どうか、どうかあの者が牢に入れられた際は、私もお連れ下さい」


 と。知り合いかと尋ねても、分からないと首を振った。正直連れて行く気は無いが、捕まり、牢行きになる事は知れている。だから知らぬ存ぜぬは通らない。かと言って、見せる様なものではないとも思っている。妻に、あんな異物は不釣り合いだ。


「クレオン」

「何です?」

「あの異形、牢へ入ったそうだぞ」

「成る程、では王妃様をお連れしましょう」

「…クレオン」

「だから何です?王妃様たっての願いでしょう、夫である貴方様が愛してやまない美しい奥方の」


 目の前の男クレオンは、私が王妃とした亡国の姫だったシュリンクスに対し、容赦をしない。本来であれば不敬であると言いたくなることも、平気でする。この男に、心は無い。妻も子も居る筈なのに、政略的な物であり、愛など微塵も無い。文字通り道具としてしか扱わないのだ。この男の中には、狂気しかない。

 シュリンクスを手に入れた時、私は愛を知った。子供の頃から一緒に居たクレオンを率いて、様々な国を滅ぼしていた自分。王子であった自分が王太子に成る為、国を大きくする為、沢山の人間を殺して回った。そんな荒んだ私が、初めて手にした潤いがシュリンクスだった。目の前で彼女の家族を殺した。恨まれても仕方ないと思っている。完全な愛を向けられない事も。でも、そんな彼女の最初の願いを叶えられた事は、唯一の救いだった。


「私は貴方様に従います。ですから、ですから如何か、妹だけは、妹だけはこのまま他国へ逃がして下さい!例え生きていても、女であるあの子に、何が出来ましょう。貴族よりも何も出来ぬ、滅ぼされた王族の身、如何か、如何かご慈悲を!!」


 そう言って泣いて懇願された。


「何も出来ぬ?反乱分子の旗頭にされ、担ぎ出されるのは面倒です。若しくは他国の重鎮を誑かし、我が国に牙を向かせる可能性だってある。殿下、殺した方が憂いがありません」


 その時も、この男はそう言って願いを一刀両断した。しかし、私はシュリンクスの願いを取った。


「向かってきたのなら、容赦なく殺せば良い。それで良かろう?姫よ」


 そう言って。シュリンクスもそれを了承した。だが、クレオンは一気に興醒めした様だった。そして、その日からこんな状態となった。確かに、あの判断は過去の自分では有り得ない甘さだ。どんな人間でも懇願、寝返り、見返りを見せても、ねじ伏せて来た。それが、たった一人の女の願いを叶えたのだ。奴にとっては許せない事だったのだろう。だから仕方ないと、この態度も認めていた。最悪、シュリンクスへ及ぶなら例え自身の右腕だったとしても切り捨てるまで、と。その男が、異形へ会わせようとする。


「何を、考えている」

「奥方の願いを叶えたいだけですよ。どんな反応をするのか見てみたい、というのが本音ですが」

「…成る程」


 成る程、隠そうともしない本音に、舌打ちをしそうになる。此処で私が妻を連れて行かなくても、奴は動く。妻を連れて行くかもしれないし、牢からあの異形を出して、妻の前に突然突き出すかもしれない。こんな事で煩わせるな、とため息が出た。


「私を斬っても構いませんよ、それで貴方が満足するのなら」

「馬鹿を言うな。あの異形の正体が分からぬ前に、手駒を減らせるか」

「おや?やはり貴方は丸くなった様だ、つまらない」

「貴様を満足させる為に存在して等おらぬわ、戯け」


 本来、この男とのやり取りは軽快で好ましい物だった。私が変わったのか、奴が狂ったのか。


「…妃を呼べ。牢へ行くと」


 護衛の一人に声を掛けた。一礼して部屋を出て行く男に、再びため息を吐いた。全て、あの異形のせいだ。






 +++++






「…クレプテ」

「うん?」

「準備は良い?」

「うん」

「そう、ありがとう」


 本当は、私が遣りたかった。その言葉を飲み込んだ。クレプテに頼んだ、残酷な願い。盗みをする人間にお願いをする事ではないと思っていたけれど、此処に自分が居ては出来ない事だった。

 あの日、あの時、絶対にしようと思っていた事。その一つ、とある人間達の屋敷に火を放つ事、それをクレプテに頼んだ。全部で四箇所。私を嬲り捨て置いた、あの時の男達の屋敷だ。今は其々家庭があるらしいが、それを焼き払う。逃げられるなら、逃げればいい。私の目的は、焼き払う事。その屋敷の人間がどうなろうが、知ったことではない。物が盗まれようとも、ね。


「エフェ」

「ん?」

「身体は?薬、足りてる?」

「大丈夫、未だ有る。それにこれから奴等が来るんだ、万全にしておかなきゃ」

「…そうだね。ただアイツ、やぶだからさ」

「それ、クレプテが言うの?」


 思わず笑いそうになった。例えやぶだろうが何だろうが、此処に自分が生きている、それが事実であり現実なのに、と。


「例え嘘でも偽りでも、私はクレプテを信じているよ。だから大丈夫、後はお願いね」

「…分かった。任せてくれていいよ、しっかりと燃える様に、屋根には油を撒いてあるし」

「うわぁ、最高だね」

「此処から見えればもっと最高だっただろうけど、流石に無理があるね」

「良いんだ、ありがとう」

「お前も、しくるなよ」

「勿論」


 沢山の人間の犠牲の上に、今がある。それを、台無しにする事は出来ない。許されない。しない。

 すっと、天井近くに唯一在った小さな鉄格子の窓とも言えないその場所から、クレプテの気配が消えた。お出でになった様だ。そして、彼も行ったのだ。私の願いを、叶える為に。

 ばいばい、と心の中で呟く。


「立て、化け物」


 さあ、鐘が鳴った。終わりを告げる鐘。

 現れた牢番の言葉に従って、のろのろと立ち上がる。視線を上げれば、牢番と、後ろに知った顔があった。


「陛下達に会わせる前に、確認したい事があってね」


 そう言って僅かに首を傾げるその男は、紛れもなく私を嬲り、殺そうとした男クレオンだった。城に火を放つ様、指示した男でもある。


「何で貴様はあの場で騒ぎを起こした?存在を知らしめる為なのは分かるが、牢に入る事が成功したとして、次に何をするつもりだ?」

「それを答えたら、釈放でもして頂けますか?」

「…貴様、女か」


 答えた内容より、声に反応するんだ、と思わず言いたくなった。不敬だと叫ばないだけ、冷静なのかもしれない。


「そうですね、性別は女になります。この通りですので、子も産めませんが」

「ならば余計に晒すのは苦痛では?首謀者は誰です」

「陛下にお話ししますよ、全てをね。私の目的は、陛下()()()()に全てをお話する事、ですから」


 にい、っと口の端を上げた。かなり突っ張るから結構疲れる動作だが、気味を悪く見せる為には有効であると知っている。案の定、牢番は顔を引きつらせていた。流石にクレオンは表情を変えなかったが。


「…成る程、良いでしょう。それで何かが変わるかもしれない」


 そう言うと、クレオンは牢番に呼ぶよう告げた。私が連れ出されるかとも思ったが、出向いてくれるらしい。確かに広い場所に出して、何かを私がすると思うよりは、狭い場所でせいぜい自害するだけだろうと思っている方が、遣り易いに違いない。姉を愛している筈の男が、天秤でそう傾いた事も、ある意味笑える。連れて来ない方が良かったのに。クレプテが、事前に教えてくれた。姉も此処に来ることを。来させないと思っていたけれど、運はどうやら此方に向いている様だ。

 足音がして、待ち望んでいた人間が目の前に現れた。私は引きつる身体を無理矢理に礼を取った。最上位の礼を。これが意味する事を、少なからず目の前の人間達は汲み取った様だ。


「…貴様、貴族か」

「いいえ」

「では何故、その様な礼を取る」

「習ったからです。私の協力者である男の中に、貴族出身の人間が居りまして」

「協力者…?」

「はい。先程クレオン様は首謀者は誰か、とお尋ねになりましたので、それに対する回答をしようかと思いまして」

「待て、何故私の名を?名乗った覚えは無いが」

「何故、陛下の右腕である貴方様の名を知らぬ人間が居りましょうか。ああ、名乗って頂けていない上に呼ぶ事を了承されていない場合は、知っていても知らぬ振り、呼ぶ事すらしてはいけないのでしたか。いけませんね、慣れぬ事をするのは私には難しい…」


 こんな茶番を演じている最中も、感じるのは姉からの視線。身体が震えている様で、夫がしっかりと支えている。その夫は間違いなく勘違いしているだろう、化け物を見て怯える妻、と。怯えもあるだろうが、それ以上に動揺が抑えられないのだと、言ってやりたくなる。


「…貴様、何者だ」

「…順を追ってお話しますよ、陛下。先ず、首謀者については、私でございます。他は皆、協力者であり、その首謀者たる私の目的は目の前に居る陛下、王妃殿下に全てをお話する事でございます」


 そう、話す事。目的の一つだけれどね。


「ただ先に、王妃殿下はこの化け物の正体をご存じの様ですよ」

「!!」

「何!?」

「勿論、私の協力者なんて存在ではございません。私の協力者には、陛下を敬愛含め愛する人間など存在しませんから」

「……」


 動揺する姉、喚く王、黙って私を見る近衛。煽る私は、何処まで生きて話せるだろうか。


「…私の名は、エフェ。エフェメロプテラ。其処に坐王妃殿下の、実の妹でございます」


 そう言って再び口の端を上げる。ああ、薬が切れれば痛いのだろうな、なんて場違いな事を考える。


「何を、馬鹿な…」

「過去はリュラーと申しました」

「そんな!!!」


 突如、姉が叫んだ。目の前の鉄格子を掴みながら。


「リュラーという名は、あの日、陛下が我が祖国を討ち、城に火を放った日、見た目と共に捨てました。なので、今はエフェメロプテラと名乗っております」


 エフェメロプテラ。長いからエフェ。気に入っているのだ、この名を。子供の頃、勉強だとして何でも良いから過去の書物を翻訳しろと言われ、絵が多い図鑑を選んだ。その古い図鑑に載っていたとある虫の名前。当時は図鑑を選んだことを後悔した。如何せん、文字が少ないと思っていたのは完全な思い込みであり、且つ、内容が難しい言葉だらけだったからだ。翻訳するどころか、そもそもの分からない専門的な言葉だらけで、その言葉の意味を調べる羽目になった。翻訳が全く進まなかったのは、いい思い出だ。それに、そのお陰でこの名を付けられた。クレプテや、他の協力者達の名前も、だ。


「あの日、陛下達は私達の父と兄の首を刎ね殺した。そして母と私を下種な男どもに下げ渡し、凌辱させた、嬲らせた。その後母を殺し、私も燃え盛る炎の中に、生きたまま捨て置いた。王妃殿下は…シュリ姉様は見初められ、お連れになって愛し愛される仲になった。何か、間違いはございますか?」


 幸せだったあの日あの時迄、まさかこんな未来が来ようとは微塵も思っていなかった。愚かだったのだろう、馬鹿だったのだろう、気楽で、能天気だったのだろう。平和だった。辛い思いをしている人間が居る事など、考えもしない位に。だからこそ、罰を受けた。生きてしまった。一緒に死ねたら、こんな事にならなかったのに。沢山の人間の恨みが、私を簡単に死なせなかったのだ、そう思っている。だから、その復讐をするのだ。それが誰の願いか、分からない。誰が得をするのかも分からない。でも、生きてしまった以上、しなければならない。それが、私の生きて此処に存在する意味だ。


「幸せでございましょう、お子も二人いらっしゃる。とても優秀であらせられると評判の王子殿下、そして愛らしいと評判の王女殿下。私からの手紙をとても喜んでくださったと聞いております。幸せである、と仰られていたとも。そんなご家族が、不幸せである筈が無い。ねえ、シュリ姉様?」

「あ、ああ…ああああ!!」

「止めよ!聞くな、シュリンクス!この者の戯言は嘘だ!逃がせと言われてそなたの妹は逃がした!約束したであろう!?」

「!!」

「…教えて差し上げては?クレオン様」

「な!?」

「……」

「あの日、率先してリュラーを凌辱したのは自分です、と」


 ねえ?

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