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 よく生きていたと言われる。それもその筈だ、私は五年前、燃え盛る城と共に焼かれ、全身に大火傷を負っていたから。

 それは一方的なものだった。目の前で殺された父、母、兄。年頃だった姉は私を盾にされ、敵に連れて行かれた。美姫と評判だった事もあったのだろう。幼かった私は、何とか抵抗しようとした。けれど、沢山の気持ち悪い連中に凌辱され、嬲られ、捨て置かれた。燃え盛る城の中に。端から私を助けるつもりなど無かった、美姫で優秀な姉を手に入れる為の、身近な人質でしか無かったのだ。それも王や跡取りが居なくなり国ごと手に入れた以上、この国の民が人質となった事で、唯一の王族である末の姫はただただ邪魔な不要物。シンボルである城と共に、葬る予定だったのだろう、()達の遺体と共に。しかし、私は生き残った。全身に生きているのも不思議だと言わしめる火傷を負って。

 絶対に許さない。これだけの火傷を負って生き残ったという事は、復讐を神が許したという事だと思った。だから、私はその日から死に物狂いで復讐をする為の案を練った。痛む傷を自分を鼓舞する糧として。

 私を助けてくれたのは、火事場泥棒だった彼だった。盗む為に入ったのに生きている私を見て心底驚愕したと言う。しかし、私が誰か直ぐに気付き、泥棒する事もすっかり忘れ、慌てて治療院に駆け込み、医者を呼んだらしい。処置が早かったお陰で、私は一命を取り留めた。しかし、全身に常に激痛を伴う醜い火傷の跡が残った。私は死んだ事とされている。あんな中で生き残った者が居る訳もないと、誰もが思っている事をいい事に、どうやったら姉を助け出し、国をもう一度作り直すとまでは行かなくとも、今の王や裏切者どもを全員殺し、火で焼くにはどうしたらいいのかを考えた。考えに考えて、協力者も注意して選んだ。その中で真っ先に選んだ協力者は、本来姉の婚約者であった、我が国の英雄だった人。愛する人()を奪われた、私と志を同じく考えてくれる人だった。

 彼は、私の憧れの人でもあった。姉の婚約者となった事を知らされた時、ショックと同時にお似合いだとも思って諦められた程、本当に素敵な人。あの美人で誰にでも優しく手を差し伸べ、国民からも慕われる自慢で大好きな姉ならば、その婚約者が我が国の英雄くらいでなければ、その相手は務まらない。それに、お互い相思相愛だった。これ以上、相応しい二人が存在するだろうか。

 でも、あの日彼を含めた我が国の主力は、裏切者のせいで別の場所に居た。そのせいで城には通常の騎士のみ。相手の主戦力との対峙は、守らねばならない者が多い我が国の方が不利だった。そして結果は見事に裏切らなかった。

 彼等を恨まなかったとは正直言えない。裏切者にまんまと騙されたのだから。でも、彼等は可能な限り戦い、最後は復讐の機会を得る為に動いた。本来なら、命を捨てる覚悟で戦うものだろうが、勝てない戦いに挑むのはただの無謀であり、愚か者でしかない。卑怯者と罵られようが、生きて機会を待つ方が正しいと思う。幸か不幸か、旗印となる王族()が生きているから。それに、彼等は騎士とは少し違う存在だったから、簡単に命を投げ出したりしないのだ。


「エフェ様」


 名が呼ばれ、そちらを向く。私の本当の名前は五年前に城と共に燃えて消えた。だからそれ以降、私はエフェと名乗っている。常にローブを頭から被り、顔も巻き布でぐるぐると巻き、目しか出していない。手も手袋だし、脚も晒していない。晒したところで醜い火傷の跡しか出てこないからだ。頭も殆ど髪が生える事もない。あの炎の中で失われなかったのは、声と視力だけ。気絶し倒れていた事が、最小限の生命維持活動だけで済み、喉がそこまで焼けず、視力も瞼で守られたのだろうと言われた。その代わり、外は焼けてしまったが、と医師が痛々しそうに顔をしかめながら言っていた。私は復讐するのに必要最低限身体が保てさえすればそれで良かったから、見てくれはどうでも良かった。欲を言えば、痛みが無ければ良かったが。


「お身体は如何ですかな?」

「大丈夫、ありがとうラフト」


 話し掛けてきた男はラフト。町医者で、私の火傷の面倒を診ている移民だ。彼も私の協力者で、何をしようとしているか知っている人物でもある。元々迫害までは行かないものの、あまり良い待遇を受けなかった彼は、権力者に対し、良い感情を持っていない。にも拘らず私の事を知って手当てしてくれた理由は、『目の前の患者を見捨てる医者は医者じゃない』という事だから。それが誇りだと言っていた。だから協力者になってもらった。無理強いはしないと言ったら、苦笑いしながらも受け入れていくれた。医者が味方に居るのは大きい。私は長い事動く事が難しい身体だし、動く為の薬もいる。それに誰かが怪我をした時、預けられる人が居る事はかなり大きな安心感となるからだ。


「それよりラフトは?今日は大丈夫なの?」

「毎日行っている訳ではないからね、ここ数日の方が珍しかったんだ」

「そうなの?綺麗な人だって皆噂してたのに」

「んん!?」

「計画に差し支えなければ、私は別に構わないよ?」

「…勘弁して下さい」


 ここ最近、ラフトはよく森へ出かけていた。本人は薬草を買いに行っていると言っていたし、実際籠いっぱいの薬草を持って帰って来た。連続で外出する事は実際珍しいからと、皆が訝しんでこっそり後をつけてその相手を確認したらしく、それがとても綺麗な女性だったと分かって、全員が納得した結果になった。ああ、ラフトはあの女性に会いに行っていると。計画さえ他言しなければ、私は協力者全員が好きに生きて構わないと思っている。正直、この復讐でちゃんとした復讐心を持っているのは私を含め三人だけだからだ。実行するのはその三人だけ、残りはただの協力者だ。こうして準備している期間だけ、手を貸して欲しいと言っているに過ぎないから。だからそれを他言しなければ構わない。言ったなら、三人の内誰かが手を下す、それだけだ。そのリスクを背負ってもらっているから、協力者の事は心配していない。


「彼女は本当にただの薬草農家の人だったんだ。数日通ってたのは日毎に出来が左右される特殊な薬草の状態を見る為であって、決して彼女に会いたかったわけじゃないの!」

「そうなの?残念」

「残念って…因みに誰から聞いたの」

「内緒」

「……」

「良いじゃない、ラフトだって四十越えてたよね?奥さん居ても良いと思うんだけど」

「エフェ様あのね、俺は良いの。好きで一人で居るの、分かった?」

「ふぅん」


 一人憤っているラフトを見ながら、事前に渡されていた痛み止めを飲む。これが無いと半日も動けない。

 ラフトを始め、協力者は全員、私に対して敬語を使わない。名前だけにはどうしても敬称が付くけれど、外では絶対に計画の時以外は基本呼び捨てさせている。何処で自身の身分が露呈するか分からないからだ。まあ、王族だからという外見の特徴があるわけでも無いし名前も違うから、余程の事が無い限り大丈夫だとは思うけれど。敬語もそう。身分が高い人間と勘繰られたら困るし、実際私はもう身分が無い一般人だ。そもそも死んでいる人間である。本当は敬称も要らないのだけれど、無しで呼ぶ人間は火事場泥棒の彼だけだ。


「まあ良い、それよりエフェ様。先に行っているロアスやスピダから何か連絡は?」

「三日前に。開放日の日程と、挨拶の日程」

「いつでも行ける準備はしているとは言え、三日前なんて急な。アイツ等は貴女が身軽に動ける存在ではないと分かっているだろうに」

「良いんだ。それが例えもっと前に来ていたとしても、その日の体調が重要なのは変わらない。だから可能な限りギリギリで良いと言ったんだから」

「またそんな無茶苦茶な」

「その方が相手にも露呈する可能性が少ない利点もある」


 ロアス、スピダ両方から受け取った手紙。本当はそれぞれ別々の日に貰っていたけれど、面倒なのでそれは伏せる。内容は同じ。開放日は文字通り城の開放日。と言っても、一般公開されている部分のみまでしか入る事は許されないが、一般の市民や許可が無ければ城に入れない下級の貴族達なんかもその許可無く入れる日だ。姉が王妃になってから始まった風習で、元は我が国で行っていた事だ。姉に感化されたのか、ここ三年位の試みだった。

 そう、姉は連れ去られた後、侵略国の王太子の正妃となった。あの侵略を率いていたのが王子であった男であり、その武勲から王太子となった。そしてその男が順当に王と成った。今ではその男との間に子も二人、王子と王女が居る。二人の報告では、仲睦まじく見えるが、内心では逆らう事が出来ないから、仕方なくだろうと。もしかしたらその自身の子供を使い、国を滅ぼそうとしているのかもしれない、と。あくまでも二人の見解であり、それが真実であるならば私はそれを手伝えば良いと思っている。けれど、姉からその言葉を実際聞いたわけではない。現状、五年経った今でも、私はその真意を掴めずにいる。片や王妃、片や死んだ人間となれば当然と言えばそれまでだけれど、当人でなければその心は分からない。女一人味方の居ない場所で、どうやって復讐を考えるのか。姉は確かに賢い人だった、私なんかよりも何倍も。けれど何より優しい人だった。そんな人が、例え嫌いな男の子供であっても、復讐に利用するだろうか。

 その心を確認する為に、今日の開放日に城へ行く。開放日、城には王族宛てに手紙を預かる箱が出る。全部が読まれるわけも無く、適当に選ばれた一枚、大概はどうでも良い子供が書いた物が選ばれる。そしてそれが翌日、国民への顔出し挨拶を行う場で、王、又は王妃が直接答えるのだ。お前達の声は届いているぞというアピールに過ぎないが、国民達はそれを楽しみとしている。私は、手紙を持って行く。こんな怪しい見てくれの人間は、かなり警戒されるだろう。中に入れず追い出される可能性も十分にあるし、中に入れたとしても、ずっと監視されるだろう。そんな怪しい人間が入れた手紙は必ず確認される。そこに、私だと姉が分かる、姉だけが分かる私の証明を記す。手元に行かず、破り捨てられるも覚悟の上だ。過去、全て手元に行った様子は無い。だから当てにはしていない。でも、二人が教えた開放日の知らせは、いつもとは違っていた。

 本来、開放日はもっと前から国民に大々的に知らされる。ひっそりと行うものではない、行事だからだ。それの()()を態々知らせた理由、その内容に、私やラフトは理解している。だからこそ、もっと早く言えば良いとラフトが言ったのだ。薬の事も有るから、という事でもある。けれど最近ずっと薬草を採りに行っていた事を報告されていたであろう二人は、容赦が無かったという事だろう。もしかしたら女性と会っていたという事も知らされて、警戒とか…やっかみとかもあったのかもしれない。分からないけれど。


「兎に角、行ってくるよ。チャンスだからね」

「全く人使いが荒い!クソ、其処に飲み薬と塗り薬を()()()用意してある」

「流石ラフト。仕事が早いや」

「戻ったらアイツ等に高い酒を買わせてやる!」


 ほら、やっぱり彼の元にも来ていたみたいだ。そうじゃなきゃ、こんなに憤る筈ない。


「…ばいばい、()()()()()


 薬の入った小さな鞄を取りながら、小さく呟く。


「うん?何か言ったか?」

「うん、ありがとうって言ったの」

「そうか、気を付けてな。無理せず何かあったら直ぐ戻れ」

「分かっているよ、行ってきます」


 さあ、幕開け(さよなら)だ。






 +++++






 ロアスとスピダは復讐の計画の為、四年も前に傭兵として潜り込んでいた。

 ロアスは姉の元婚約者の、我が国の英雄だ。私が憧れた相手でもある。そしてスピダは我が国の元騎士団長だ。総隊長ではない、第六団の団長だったが。二人とも顔が知られている可能性があるからと、傷も無く綺麗だった顔を半分、躊躇いも無く焼いた。その傷を隠す為、仮面や布で覆い当初は相当怪しまれていた。だが、誰もがその下を見、風貌を理解する。尚且つ二人の実力も有って、今では護衛としても重宝されるまでに信用されている様だ。実際使い捨てだったとしても、こんな日は人手が要る。三年の実績と人手の要り用、それが今日という日を生んだのだ。


「クレプテ、居る?」


 城門前で小さく呟く。火事場泥棒の彼、クレプテの名を。


「…居るよ、どうかした?」

「多分、後を付けられると思うんだ。撒く事はしないけど、案内はする」

「…了解、何人居るか見ておくよ」

「うん、宜しく」


 城門は私達にとって、牢屋の檻に似てる。姉を閉じ込める檻。私を入れない檻。その檻を、内側から開けさせる。その役目を、この手紙が担う筈だ。その為に二人からの報せなのだから。

 真っすぐ進むその先に、手紙を入れる箱が見える。その横に一人立つ男に一瞬だけ視線が行くが、直ぐに戻し箱に戻す。差し入れた瞬間感じた視線の多さは、多分間違っていない。ゆっくりと顔を上げ、その先に在る王城を見つめ、思う。五年間、あの日の事を忘れた日は無い。気を失って死を目前にしても、目覚めて思ったのはこの日を迎える事だけだった。愛した家族が目の前で殺され、晒し物にされた。攫われた。嬲られ、死に損なった無力な女は、多少の力と仲間を得て、此処に居る。其処に居るのもきっともう僅かになるだろう。燃え盛る炎を、再び見せてやろう。それが地獄となるか救いとなるのか、私はどちらでも構わない。

 視線を戻し、その場を去る。後ろに何人付いてくるだろう。クレプテが居るから安心して進むことが出来る。何より、手紙が間違いなく姉へ行く。それが保証されていることが第一歩だ。沢山の人の協力無くして、今日は訪れなかったのだから。皆が解放されるその日を、五年だ、五年間も待たせてしまった。


「……二人」


 城門を出たところで、クレプテの声がした。追い越す振りをして、その間に告げられた人数。何だ、たったそんなものかと思う反面、こんな人間に人手不足な筈のこの日に二人も付けるのかとも思う。一体何人の人間が、怪しいと思う人間の後を追うのか。侵略をして国を大きくする場合、多かれ少なかれ遺恨を残す。私達の様に復讐を考える人間だって、少なくない。そんな敵を多く抱えるこの国が、泰平の世を築く事など不可能だ。ただ統治するだけであっても敵は湧いて出るのだから、それを力尽くで行った以上、寝首を掻かれる覚悟は常に必要となる。だからこそ、こんな見た目からして怪しい人間を放っておく筈も無い。傭兵として潜入した二人でさえ、信用を得るまでに時間を要したのだ。赤の他人はもっとだ。そして、そこら中に居る平民なら、切って捨てても痛くも痒くもない。私の後ろに付く二人が、私を殺す様に動くのか、それとも居場所や怪しい動きをしない様見張るだけのつもりなのかは、これからはっきりする。何たって、これから私は二人を案内するのだから。暗く、淀んだ、決して二人が来る事など無い場所へ。

 途中、花屋を見かけて足を止めた。母と姉が好きだった花を見付けたからだ。


「すみません」

「いらっしゃ……何か?」


 怪しさ満点の人間から声を掛けられ、店主は一瞬にして眉を潜めた。


「其処にある橙のガーベラとスズランを一輪ずつ、頂けませんか。包装は要りません、そのままで構いませんので」

「は、あ…少々お待ちください」


 訝しんでもいられないと思ったのか、渋々花を準備する。対価を払い、お礼を述べ受け取って、本来の目的の方向へ歩みを進める。どうせなら、父と兄が好きだった物も買って帰ろう。勿論一級品は手に入らないだろうが、我慢して欲しい。この手の花だって、半分枯れている。あの店主は、態と売り物にならない商品以下の商品を、私に何の躊躇いも無く正規の値段で売ったのだ。どう思っているだろう、してやったりだろうか。それとも何とも思っていないか。別にどちらだって構わない。私自身、あの店主がこの先どんな目に遭おうが、知ったことでは無いから。他人何て所詮、その程度だ。

 次に向かったのは八百屋だ。其処でリンゴとオレンジを買った。一つずつ、一番小さい物だった。そして、漸く案内が終わる。ずっと付いて来た二人には、随分と遠回りをさせてしまった。案内先は、所謂貧民街だ。貧しい労働者達が暮らす、日中でも薄暗く、空気が淀んだ場所。火事が起きれば、一溜りもないそんな雑多で汚い場所だ。貴族様や普通の騎士様階級、一般の平民達なんか、絶対に足を踏み入れない危険な場所でもある。まして王族等、近くにも寄ることすら有り得ない場所に、私は招待をした。自身が王族であった頃、こんな場所が自国に在る事すら知らなかった。そんな、社会から外れた場所だ。私ですら、慣れるのに数日掛かった。案内した二人が、果たして耐えられるだろうか。

 案の定、二人は早々に退散していった。殺されることは無く、ただ私が何処に居る怪しい人間なのかを知る為の追跡だった様だ。正直言って、この場所は意外と便が良い。王城に近く、市場にも近いのだ。この国の特徴と言えばそうなのだろうが、王城と貴族街が違いのは言うまでもないが、市民街より貧民街の方が立地的に中心に近いのだ。以前クレプテに聞いた話では、貧民街と言うのは低俗過ぎて、上級民にとって目に入らないのだとか。市民の方が割合的にも大きく、何かあると大事になる。そちらを優先するからこそ、目に入らないゴミ以下は気にも留められない。実際、影の部分だ。それこそ火でも放てば、一瞬の内に壊滅、跡すらあっという間に片付くだろう。私も、貧しい人間が居る事は知っていても、()()()()()だった。何処に住んでいるかなんて、興味すら無かった。つまり、そういう事なのだ。

 溜めてあった水を空き瓶に掬い、其処へガーベラとスズランを挿す。その横にリンゴとオレンジを置き、その前に立つ。


「…手紙、スピダが手にしたよ」

「そっか、第一段階成功って事かな」

「付けて来た二人は早々に戻った。どうせ付いて来るなら、この家の中まで入れば良いのに、無駄足に時間掛けてちゃ人手も足りなくなるの当然だよ」

「判断はどっちなんだろうね、どっちでも良いけど」

「今日と明日、どっちにするつもり?」

「…夜次第かな。動く様なら今日だし、動かない様なら明日にする。一応薬の予備は有るから」

「そう。じゃあ俺は様子を二人の様子を見て来るよ、後は定時報告で」

「ありがとう」


 火事場泥棒のクレプテは、その名の通り泥棒なだけあって、身軽で身を隠すのが上手い。怪しい人とはかけ離れた彼のお陰で、情報伝達はとても遣り易い。ただ、神出鬼没だとラフト達はよく驚いているし、せめて姿を現す時だけでも気配を隠すなと良く言っているが、本人は適当に流していて言う事を聞いた試しは無い。ラフトが女性と会っているという事も、実はクレプテ情報だった。多分、そんな事を言うなんてクレプテしかいないとラフトだって分かっていただろうけれど、どの場面、何処に居たかなんて見当も付いていないだろう。だからこそ、本人に白を切られればそれ以上何も言えない。クレプテ自身、素人に負けるなんて微塵も思っていないだろうし、自信だって十分に有るだろう。

 何故彼が手伝ってくれるのか、その本意は分からない。でも、心強い事に変わりはない。だからこの復讐が終わったら、彼に全てを渡す約束をしてある。王族でもない、一度死んだ自分が渡せるものなんて限られているけれど、それを当てにしないと言いつつも了解してくれて手伝ってくれる彼に、心からの感謝を込めて。






 +++++






「おかあさま!」


 娘が走り寄ってくる。手に手紙を持って。開放日の今日、山ほど届く手紙から厳選と言う名の当たり障りの無い適当な一通が届く筈だが、それにしては早い。


「如何したのです?それは?」

「ようへいがくれたの。わたしにって」

「?貴女宛てに?」

「そう!きょうはこくみんからおかあさまたちにてがみがくるひだから、わたしとにいさまにもって。おかあさまによんでもらってくださいって」


 確かに、母様たちだけずるいと言っていたが、そんな子供達の言葉に、傭兵が反応するとは思わなかった。実際、私達に傭兵の身分が近付く事を、あの人が許さない。だからこそこの事実を、傭兵の身分が何処で知り、渡そうと思ったのか。恐らく、あの人の耳に入れば、ただでは済まないだろう。そんな危険を冒すなんて……まさか。


「い、いらっしゃい。読んであげましょう」

「わーい」


 一瞬にして顔から血の気が引く。慌てて侍女と共に娘を自室へ誘う。侍女にお茶の用意を指示し、娘をソファに座らせ、震える指で封を切る。決して上質ではない紙が二枚出て来た。


「ええと…幸せですか?ですって」

「しあわせ?」

「ええ、困った事や嫌な事は無いかって事ね」

「ない!しあわせってことね!」

「そう、良かったわ。はい、じゃあコレ…っ!?」


 一枚目を読み、それを娘に渡すと現れた二枚目。その一文と押されたスズランの花に、動きが止まる。娘への手紙は、やはり偽りだった。この二枚目を私に渡す為に、コレを託した傭兵は命を懸けた。


【陽炎は忘れない】


 たった一文。誰からのものかなんて、言われずとも分かってしまった。あの子は生きている。生きて、いてくれた。そして、今の私を知っている。コレを託した傭兵は、あの子の仲間なのだろう。元あの国の誰かなのだろうか。私の知っている人だろうか。


「…ねえ」

「?なあに?」

「コレを貴女にくれた人は、どんな人だった?」

「えーっとね、なんかおかおにつけたひとだったよ」

「顔に…そう、分かったわ。もしその人が居たら、お礼を言わなければね。でもお父様には内緒よ」

「どうして?」

「お父様が怒ってしまうわ」

「え!?」

「大事な貴女に、傭兵が近付いた事、そして手紙を渡したなんて知ったら、その人に二度とお礼が言えないわ。手紙も二度と貰えなくなってしまう」

「いや!いわないわ!」

「いい子ね。貴方達も良いですね」

「は、はい」


 周りの侍女達にも注意をする。娘は父親が怒る理由が分かっていないだろうが、侍女達は違う。微笑ましい光景で済んだ事が、血の海を見る事になりかねない。それを許した自分達も、その海に沈む可能性がある。それを理解しているからこそ、顔色が悪くなっている。そして、私が二枚目を見てどう反応したかすら見たのだ。口止めは厳重にしなければならない。そして、この証拠も消さなければ。娘の手元に有るそれは、私からとしよう。侍女を巡り、傭兵に行き、そして娘へと行った事にすればいい。だが、コレは別だ。


「…火を」

「畏まりました」


 私の意図を汲んだ侍女が下がる。あの人の息が掛かっていれば別だが、例えそうでも、私が動かない限り、最終的に誰かまでは到達しない筈だ。中身も、私しか見ていない。

 あの時、あの日の事を悔やんだ事は無い。例え恨まれてでも、あの子には生きていて欲しかった。あの日、一番辛い思いをしたのは、間違いなく私ではなくあの子だから。目の前で殺された両親と兄、連れ去られた私を見たのはあの子だ。燃える城も、見たに違いない。幼いあの子が見るには、あまりに悲惨な光景だった。私ですら、未だに夢に見て飛び起きるのだから。でも、それでも、私はこの目の前の娘の母となった。もう一人、息子も居る。立派な王子と姫の母として、あの人の妻、この国の王妃として立つ自分。年月は、私を楽な方へ向けた。あの人を愛し、受け入れる方へ。

 あの子が生きて、あの日を忘れていないと意思表示を私にしたという事は、復讐をする気でいるのだろう。私がどんな気持ちで今此処に居るのか、それを見ている。それによって、如何するのか、あの子の中で決まる。

 私を生かすか殺すか。

 分かっている、私が幸せに成る事は、有ってはいけない。あの人が沢山の人間の恨みを買って、毎日気を張り詰めている事を知っている。自業自得と今でも思う。その反面、それを癒すのが自分だと言う自負もある。愛したからだ。家族の仇を愛する私を、あの子は許さないだろう。それでいい。それがあの子の望みなら、殺されたって構わない。けれど、子供達はせめて助けてくれないだろうか。そうしてもらえるように、今から動けるだろうか。


「リュラー…」


 強く目を閉じて願う。あの日、あの時の事は、私も忘れていない。けれど、弱かった私は、もう戻る事は出来ない。だからこの命は惜しくは無い、あの人も覚悟は出来ているだろう。けれど、何の罪もない子供達だけは、どうか情けを、と。

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