神風の少女は儚く、そして銀翼は空を舞う
実はこの作品、絶賛連載中の『鋼女神話アサルトアイロニー』のプロット的扱いの作品だったのですが、書いているうちに内容があまりに解離し始めたため、別作品として書いた次第ッス。今のところ読み切りの予定ですが、『アサルトアイロニー』の目途がつき、この作品への反応が好評だった場合、続きを書くかもしれないッス。まあ未来の話をしたとしてもどうしようもないんで、やめておくッス。
舞台は日本の大勝。皆様がご存じの大正時代とは、また別の歴史を辿ったこの世界を舞うは過去に傷を負う捜査官月山と、とある実験の被検体である通称神風の少女。後に【ファーストラグナロク】で火の鳥になるこの二人の出会いの物語、いざ開幕ッス。
「待て、この異界のコソ泥め! 」
今日も相変わらずこの町、神宿は騒がしい。明治中期に突如上空から現れた謎の生命体、通称【翼人】。その名の通り翼を持った彼らは、新宿(旧神宿)一帯を、未知の兵器で焼き払った。【新宿の悲劇】と後に呼ばれるこの事件をきっかけに、人類は衰退の一途をたどった……。
とはならず、帝国陸海軍の華々しい活躍によりこれを撃退、あれ、翼人弱くね? となった帝国軍は翼人の本拠地、【異界】に攻め込みこれを攻略。【異界】にある莫大な資源、特筆すべきは人知を超えた力を有した結晶体。これを人類の営みに理解を示した翼人の技術提供により有効活用。駅を中心とした復興に留まらず目覚ましいほどの発展をとげた新宿は【神宿】と改名し遷都。この大勝利により元号が【大勝】に改められた。
今朝も街中の活動瓦版では帝国軍が行列を成している。
「臨時速報をお伝えします。本日未明……」
結晶がもたらした莫大な富を背景に交渉を進めたおかげで、メリケンやエゲリスといった欧米列強とも友好関係が築けている。国内の貧富の差も縮まり、治安もよいはずなのだが……。
「小悪党の考えることはさっぱりだ」
臨時ニュースで時の人となった窃盗犯の少女が、自動二輪の巡査に追われている。
「案外デキるんだな、あの窃盗犯」
追いつかれる直前にものの見事なターンを行い巡査をまく少女。
その姿に集まる野次馬たち。かく言う俺もその一人だ。ただ相手は洗練された集団、万事休すかと思われた彼女の背中が不自然に膨らみ、ボロボロのフードが赤く光ったと思うと、次の瞬間には宙で舞う警察と自動二輪。
「神風だ……」
自分を含めたその場の全員が口にした。かつてこの国を守った神の御業。それに似た何かが、あろうことか、市から魚をひったくった窃盗犯に、悪人に手を貸したのだ!
そのかつての希望は、彼女が被っていたフードを吹き飛ばした。
その顔は瓦版の浮世絵師が書いたものより綺麗で、それでいて幼さの残る顔は、留学先のロシアの公園にいた少女のようで、どこか違う。固い意志、曇りなき眼、そう、言うなれば、大勝時代に失われた大和魂を持っているような……。
「ごめんなさい。でもこれは必要なんです」
彼女がそう言うと、再び背中が不自然に膨らんだ。次の瞬間、俺の世界は色を奪われた。
「砂ぼこりだと、小癪な。とにかく本部に連絡だ」
小太りの巡査の言葉で、俺は目を開けた。そこに、神風の彼女はいなかった。代わりに、厄介なものが姿を見せる。
「おい、活動瓦版は見ただろう、臨時の奴だ。これ以上騒ぎになって軍に動かれると色々面倒だ。悪いが今から出勤してくれ」
上司からの携帯狼煙で、俺は日常とこんにちはした。仕事をさぼる訳にはいかないが、相手は神風を使ってくる。
「怪我じゃすまなそうだな。それにしてもあの子、綺麗な銀髪だったな」
そうぼやきながら俺は軍払い下げの型落ち自動二輪を走らせる。型落ちと言っても立場上さっきの奴らのより馬力も悪党対策の設備も充実している。
「それもこれも、結晶様様だな」
結晶犯罪対策三課、結晶の力で不可能が減ったこの神宿。そこで起きる結晶がらみの事件を担当する部署、その末端だ。俺の職場に着くと、俺はいつも通りの歩幅で会議室に向かった。そこでは上司や同僚が地図を前に議論をしていた。
「おう、来たか月山。丁度いい、皆も聞いてくれ、今回の事件の概要を確認する。本日未明、築地の競りの最中に水揚げされた秋刀魚が三尾、風に飛ばされた。それを今回の犯人、以降は甲とするがそいつの手元に落ちた。漁師が取りに行こうとすると突風により高波が発生。波が落ち着いた頃には甲はいなかったそうだ。以上は被害にあった漁師からの聴取内容だ。本人はたかが三尾と言っていたが、状況から見るに結晶がらみであることは間違いない」
説明中に同僚がくれた資料には、上司の発言の要約と、悪意に満ちた筆で書かれた窃盗犯の彼女の似顔絵があった。
「どうだ月山、把握できたか? 」
俺は上司に内容の理解を示した上に、こう続けた。
「俺は甲が巡査たちから逃げているところを見ました。その突風を起こす力も。あれは結晶なんかじゃありません」
仕事柄結晶に触れることが多いからわかる。結晶が力を出すとき、独特の重々しい気が流れる。
「それなのに彼女……甲はもっとこう……気高いというか……とにかく、彼女が悪人だとは思えません! 」
うまく言葉に出来ない。そんななか、部屋の隅で話を聞いていた課長の紅頭さんが、口を開く。
「扉ぁ閉めろ、カーテンもだ」
その筋骨隆々な体と喋り方で、付いたあだ名はカシラ課長。そんな人に逆らえるはずもなく、重々しく扉とカーテンが閉められる。
「俺もわかるぜぇその空気。雨が降る前とかと似てるよなぁ、アレ」
カシラ課長が続ける。
「結晶研究してる帝国研究所のヤツから内密に連絡が来た。被検体のガキが逃げたってな。」
課の一人が口を開く。
「被検体って、何の……」
「身寄りないガキ攫って結晶を体内に埋め込んだんだとよ。結果は驚き、【翼人】そっくりの綺麗な翼が生えたんだと。全く、ふざけてやがる」
「そんな研究、許されるわけありません」
他の一人が言う。
「だからウチにカタ着けさせようとしてんだろ。一課、二課が動けば文屋が騒ぐからな。あくまで窃盗事件として解決するつもりだろ」
煙草をくわえた課長が一言。
「俺は許せねぇ。そんな実験。どんな目的があろうと、ガキの命を粗末にはさせねぇ。だからこそ、甲を保護してウチでかくまう。上が騒ぐんなら戸籍でもなんでも偽装してウチの構成員にしてやる」
あまりにもぶっ飛んだ発言、だが誰も驚かない。それもそのはず。ここに居る多くは、似たような経緯でカシラに拾われた社会のはみ出し者。軍人殺しに国を追われたスパイ、その他もろもろ犯罪者の見本市なのは勿論、高い集中力のせいで他者と関係が築けなかったもの、そして、カンがよすぎるために忌嫌われていたもの。
課長の発言の途中から、俺含めた何人かは捜査の準備を進めていた。あるものは活動報告書の偽装、あるものは休日を謳歌している仲間への連絡。
「偽装用の戸籍、準備出来てます」
「移動用、通信用に使用する結晶、三週間分確保しました。ジャンジャン使っちゃってください」
ここの構成員は皆、社会のはみ出し者だ。そのはみ出しは、他にない長所だ。
「主、拙者は上層部の動向を」
御免、と俺の前から姿を消したのは日ノ本最後のくノ一、楓さんだ。俺がこの課で担当した初仕事は、楓さんの抹殺だった。
「あん時みてぇだな」
国家転覆を企てる危険人物として追跡されていた楓さん。実際は国会議員の結晶不正取引の情報を握っていることに怯えた議員が忍術を結晶の不正利用として告発、内密に事を運ぶため三課に白羽の矢が立ったのだ。
「あの時も、今回も、結晶の気を微塵も感じませんでしたからね。それを課長が信じてくれたことも、あの時みたいです」
結果、課長の一言で楓さんは三課の仲間となった。その一件以来楓さんは俺のことを主と呼んで慕ってくれている。
俺は以前、二輪で人を轢いた。理由があるとはいえ、許されざる行為だ。その事件の引き金として俺を苦しめた常人ばなれしたカン。だけどここならそれが武器になる。
―何故彼女は街中を逃げていたのか。
「神宿駅の調査行ってきます。あそこ複雑で面倒なんだよ。駅員も全体図把握しきれてないでしょあそこ」
―そうか、神宿駅の複雑さ!
「先輩、俺も駅調査同行します」
きっと彼女は、そこにいる。先輩と駅に向かい自動二輪を走らせていると、耳元の通信端末から課長の声が聞こえた。
「今回の実験、場所が場所なだけに気になって問い詰めたら研究者の一人が吐いた。国も一枚噛んでやがった。余計なことはするなだと」
まあ、あの巨体に問い詰められたら、誰だって吐くわな。
「いいかお前ら、今回の事件、一筋縄ではいかなそうだ。気を引き締めてことに当たれ。正義に潜む、正偽を暴け」
「了解」
三課の面々が力強く答える。それに続き、先行している先輩から、
「俺は西から入るからお前は北口を頼む」
と言われ北口に向かった。
神宿駅、神宿の中心としてだけでなく、日ノ本の中心としても大変活気づいている。しかしそこは繰り返される乗り入れ工事により、迷宮のようになっている。
(駅員も見落とすとなると……)
俺には心当たりがある。神宿に来た当初、この駅で迷子になった時に見つけた場所だ。新阪鉄道予定地、そこは神宿と大阪を繋げる路線予定地として作られたが、先に高速道路が掛かったため、使われなくなった。ホームから微かな光がみえた。大当たりだ。俺は急いでいた。一刻も早く保護を、とかそんな正義面するわけではなく、神風の彼女の顔を、もう一度。
彼女は焚火に当たっていた。コンクリートだらけの廃ホームなら、引火の恐れもないだろう。そこから離れた場所には、段ボールとブルーシートで造られた簡易小屋。そしてごみの山が見つけられた。彼女はここに住むつもりだったのだろう。
慎重に、光に近づく。自然と足が早まる。ここで焦りすぎてはいけない。少し冷静に……足が、止まらない? どういうことだ。体が光に引きずり込まれ、俺はその場に転がってしまった。黄色の点字ブロックが見える。どうやら俺はホームまで来ていたようだ。
「貴方、巡査? それとも研究所の? だったら諦めて。私はお前らの道具にはならない」
その冷たい声は、神風の彼女だ。どうやら彼女の風に体を引っ張られていたようだ。ボロボロのブーツが目に映る。先ほどの逃走劇をこんな靴で行っていたのかと思うと、とても痛々しい。
「俺は結晶犯罪対策三課の主人公というものだ。築地で起きた秋刀魚窃盗事件の犯人を追ってここまで来た」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする彼女。嘘はついていない。
「その件は……ごめんなさい。それよりその……漁師の人は? 」
真っ先に漁師を心配するのか。感服だな。あの時の、三年前の俺じゃあ絶対に出来ない。
「大丈夫。怪我一つないよ。君のお陰でね」
神風の調査のために漁師に話を聞いていた同僚から連絡が入った。なんでも足元から吹き上げる風に波がはじかれ無事だったそうだ。
それを聞いた彼女はとても安堵した表情をした。そこで俺は質問を始める。
「名前と年齢は? 」
「わからない。年齢は十六らしい」
親もわからない。年齢は研究所の資料に書いてあったそうだ。彼女が持っている最後の記憶は、帝研のベッドの上だそうだ。
「あの風はその翼の力だね」
彼女は今にも破れそうな茶色のマントでそれを覆う。その顔は、とても暗く落ち込んでいる。
「気持ち悪いでしょ。しかも片方だけだなんて……」
彼女の言う通り、右側の肩甲骨あたりから一つの翼が生えている。それは彼女の肩のあたりまであるボサボサと同じ銀色をしているが、こちらはとても艶があり、見とれてしまう。大きさは膝腰あたりまではあるだろうか……。
「とにかく綺麗だ。端的に言うとモフモフしたい」
「ふぇ? あ、貴方今なんて言いましたか? 」
咄嗟に顔を赤くする神風の少女。俺の発言に恐怖を覚えたのか、身構える。
「ゴメン。つい本音が。だから距離を置かないでくれ頼む」
「ほほ本音? それはそれで……」
彼女はゆっくりと距離を戻してくれた。どうやら誤解は解けたようだ。
その後彼女は咳払いをし、改まる。
「悪いことで使うと痛むの。帝研のアイツらがそうしたのかは知らないけど。もう盗みとかはしない。だから見逃して」
深々と頭を下げる彼女の頭にフードが被る。俺は咄嗟にそのフードを持ちあげた。
「立場上見逃すわけにはいかなくてね。ウチの課長、君をかくまう気満々だから」
驚いて顔を上げた彼女の顔は目を大きく開き、一目で驚きが見て取れる。無理もないだろう。公安が犯罪者を庇うなど、前代未聞である。まあ俺たちからしたら日常だが。
ここで俺は彼女へ三課の方針を話し、安心してもらったところで課長に連絡をする。
「もう逃げなくていいの? 盗まなくてもご飯食べられる? 」
俺は涙を流す翠の目にそうだ、君は悪くない、と伝えた。それにしても課長が携帯に出るのが遅いなんて珍しい。なにか嫌な予感がする。
「あ、課長。いました。神宿駅新阪予定地です。迎えお願いします」
「あ~それなんだが、お前も気付いてると思うが悪い知らせがある。お偉いさんにバレた。こっちはその対応で手が回せねえ。楓がそっちに向かってるから何とかしてくれ。かくまう準備は出来てるから心配しないで連れてこい」
その直後、俺の背後が綺麗な円を描いてくりぬかれた。そこにはクナイを持った楓さんと西口に向かった先輩がいた。
「先輩、楓さん」
俺は二人が敵でないことと、課長の言葉を彼女に伝える。
「主、急いでください。研究所はどうやら彼女の捜索依頼を軍にも出しています」
続けて先輩が口を開く。
「不味い、軍の奴ら、隣駅まで来てる。これ見ろ」
先輩の携帯狼煙の画面には、写真の投稿で人気の【写真侍】という窓が開かれていた。そこには……。
[帝研の依頼今! まもなく神宿駅]
の文とともに神宿三丁目駅の写真が載っていた。軍が馬鹿で助かった。投稿時間から見ればまだ間に合う。俺たちは一心不乱に出口まで走った。
「俺と楓は先行して準備してる。必ず帰れよ」
「それでは主、お先に。御免」
「あの人何者? 二輪と同じ速さで走ってる」
ご武運を、とか言わないあたり俺が帰ることを信じてくれているようだ。ならその期待に応えないとな。俺は機関に火を入れる。その音に、駅に展開していた軍が気付いてしまった。
「乗って! 逃げるよ」
俺は彼女の小さな手を握る。勢いよく俺の後ろに乗った彼女は、振り落とされないように熱を俺の背中に寄せる。
大人数の軍人が、俺たちを追って自動二輪を走らせる。だが差は一向に縮まらず、伸びない。お互い法定速度ギリギリを攻めてればこれだよな。だけど多分そろそろ、軍の応援が前を塞ぐだろう。そうしたら、人を轢くことはためらえなくなるだろう。
「止まれ、三課の轢き逃げ犯、そんでその女を渡せ! 」
やはり道を塞ぐ形で軍がいた。先輩も足止めされている。思い出したくはないが、三年前の感覚を思い出せれば何とか……。
「軍の犬ども! 死にたくない奴は失せろ」
この啖呵で道を開けてくれたらどれだけ楽か。
そう考えていると、俺の後ろから優しい風が吹き抜ける。
「よくわかりませんが、彼らは同僚じゃあなさそうだよね」
自動二輪の後部座席で、彼女の目が赤く光る。彼女はその神風で、俺の道を切り開いてくれた。軍が空を舞う。やるべきことはただ一つ、正面突破だ。三課の署まではあと少し。俺は二輪の速度を上げた。結晶の気が、一層強まる。
「いい頃合いだ」
「巡査なのに法定速度破るなんて、イケない人だ! 」
息の合った作戦で気分を良くしたのか、彼女がクスッと笑う。
「うるさいぞ窃盗犯に公務執行妨害、傷害罪その他もろもろ欲張り野郎。それにこんなので驚いてたらおまえ、明日から持たないぞ」
「どういうこと? 三課ってもしかして犯罪組織? 」
「それは自分の目で確かめることだ」
首都高を爆走する一台の二輪車を見つけたら、近寄らないことだ。運転手は指名手配中の轢き逃げ犯。そして同乗者もまた指名手配中の脱走者だ。この忠告を無視して近づいてごらん。君は跡形もなく潰されるよ。それが前輪か突風による墜落かの違いはあれど。
コードネーム神風、三課の運命を握る新人が誕生した。
お疲れ様ッス。ここまで読んでいただき、ありがとうございますッス。ハルキューレが織りなす【大勝浪漫譚】の開幕、いかがだったでしょうか? 皆様のご意見、ご感想が原動力となり、明日を生きる糧となるッス。まあそんなに気負わずとも、ポチポチっとしていただければ幸いです。
それでは皆様、またの機会に。お相手は、貴方の隣にボーイミーツガール、ハルキューレでした。