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ごんさんの社交力

==========<ごんさん視点>===========


 村で唯一の酒場の中に入ると昨日より早い時間のせいか、テーブルは1つだけがうまっていた。そのテーブルについている男たちは既にお酒を飲み始めていた。


 今回は前回のお釣りと、それではお金が足りない時の為に塩を少し持ってきていた。


 みぃ君と一緒に前回と同じカウンター席に座った。すると何も言わなくてもエールが2杯、目の前に置かれた。

 酒の肴は、カウンターに並べてあるものからそれぞれ好きな物を指差して皿に盛ってもらう方式の様なので、適当に目についた肴を指さす。


「うん、やっぱり塩味は薄めだね」と、魚の切り身が入ったスープをすすったみぃ君がポツリと言う。

 

「こっちの貝の塩焼きも、塩は少な目かなぁ~。でも、火の通りは焼きすぎでもなく、生でもなくちょうどいい感じだよ」と返すと、みぃ君はどれどれと一つ摘まんだ。

「うん、ちょっと塩味が薄いね。やっぱり塩は高級品なんだろうか?目の前の海にたくさんあるのになぁ」といいつつエールを口に運ぶ。


「もしかしたら、塩田とかが無くて、自分たちと同じ様に長い時間火を焚いて、側についていなければならない手法で塩を作ってるのかもしれないなぁ。塩田とかならもっと効率よく作れるだろうけど、火を焚く方法は時間と手間がかかる割には、とれる塩は少ないからなぁ」とエールを口に運び、すぐに飲み干し、お替りを女将にお願いした。


 ここは、4人の家の様にごみ捨て場の横ではないのでごみの臭いはしないが、飲み屋特有のお酒の臭いと、いろんな料理の臭い、体臭を気にしない海の男たちの汗臭い匂いが漫然とまじっており、お世辞にもいごこちが良いとは言えないが、海外の酒場にも慣れているからそこまでは気にならない。

 しかし、綺麗好きなみぃ君は少し気になる様だった。


「料理も、煮物、焼き物くらいしかないなぁ。スープは一種類かぁ」とみぃ君がこの酒場を観察する。

 エアープランツとかもあったら喜ばれるかもと思いつつも、エアープランツの効能を理解してもらえなければ、ただの雑草と思われるかもしれないなぁ。なんてことを二人でポツリポツリ話して、エールを2杯づつ飲んだところで、みぃ君は家に帰ることになった。


「ごんさん、ゆっくり飲んでいくとええわ。わては今日はもう眠たいので家にいぬるけど、この後食べるつまみについては、味とか塩の濃さとかについて明日また教えてほしい。ここの料理に興味があるんだ。ほなな」と言いつつ、店から出て行った。


 一人になったが慌てなかった。今までの経験上、二人以上の外国人がいるより、外国人が一人でいる方が現地の人も声を掛けやすいということが分かっているからだ。

 わざと隙が出る様に座りなおし、残りのエールを飲んだ。


 案の定、さっきまで酒のお代わりを頼むのにテーブル席から大声を張り上げて頼んでいたのに、今は彼らの中から一人だけ進み出て、近くのカウンターまで近寄ってからエールのお代わりを女将に頼んだ。


 これは待ち望んでいたサインだと思い、素早く飲み屋のオヤジに空になったエールのグラスを持ち上げ、自分と隣に来ている細身の漁師らしい男と、テーブル席にいるみんなを指指した。


 それを見ていたテーブル席から歓声が上がり、カウンターの横まで来ていた男が俺の背中をバンバンと嬉しそうに叩いてテーブル席まで引き摺って行かれた。


 俺を仲間のテーブルまで連れて行ったのはカウンターの横に来た猿の様な顔をしている細身の男で、髪はぼさぼさ、その肌は陽に焼けすぎていた。どっからどう見ても屋内で仕事をしている男ではない。


 テーブルは四角いテーブルで、4センチくらいの厚みの板を何枚か横に並べて、裏面に細い木を這わし、釘で打ち付けられた簡素なテーブルだった。もちろんテーブルクロスなんて気の利いた物なんてない。


 テーブルの上には、彼らが食い散らかした料理と空になった無骨な木のジョッキが複数転がっていた。

 そのせいかテーブルの上は酒や料理の汁などで汚れていた。


 俺をテーブルまで連れて来た猿顔の男は、みんなからチャチャと呼ばれていた。

 このグループの中では、パシリとして認識されている様だ。なぜなら、料理は欲しいが女将が忙しい時などは彼が必ずカウンターまで来て、何かを言いながら料理の皿をテーブルに運んでいたからだ。その回数はたった2回の訪問で、結構な頻度で見られたからたぶん間違いない。


 チャチャを鼻で使っているのは、このグループのボス的な存在のルンバと呼ばれている男だ。

 この男は巨漢で、チャチャよりも陽に焼けており、声は大きいがあまり笑わない。

 ただ声を荒げている姿も見たことはない。つまり普通に声が大きいのだ。


 このテーブルにはほかに2人座っている。一人は、赤毛でキツメの目つきのサンバという男だ。後でわかったことだが、彼はルンバの弟だ。見るからに我慢という言葉とは無縁そうな、気の短さがその顔や仕草から分かる。ただ、怒りやすくもあるが、よく笑う男だ。笑う時は大きな声で屈託なく笑うが、思いっきり笑った後に何故か照れるという変な奴でもある。


 最後の一人は、何故他の三人とつるんでいるのか分からない程おとなしく、何か達観している雰囲気のジャイブという男だ。無口で、笑っている時も、うっすら口の端を持ち上げる笑い方で、あんまり自分の感情を表に出さない。みんなが何かで盛り上がっている時も、基本無口で、他人の話を聞いてはいるが、どこか一歩引いた感じが漂う。かと言って、周りのみんなを見下したり、会話の中身をバカにしたりしている様子はない。ただ単に、他人との距離が他の人よりほんの少し遠い方が居心地がいいのだろうと推察した。


 言葉が通じない彼らに、何をどう話そうか悩んだ。

 せめてももちゃんにここに来てもらったら通訳してもらえるだろうかとも思ったが、この飲み屋には女性客はいつもゼロだ。

 もしかしたら、この手の店は女人禁止なのかもしれない。というかこういうお店にいる女性は世界最古の職業の人とみなされるのかもしれない。

 どっちにしても、ももちゃんもまだ通訳ができるほどここの言語に触れていないし、勉強する機会もなかったので、無理をして来てもらっても今の状況と変わらないかもしれない。

 ただ、彼女がいれば、絵を描くなり知ってる数少ない単語を並べてなんとか意志の疎通を図ってくれるのではないかという期待はある。

 どっちにしても女性客がゼロの所へ、来てくれとは言えない。


 そんなこんなで何を話そうか迷っていると、ルンバが比較的濡れていないテーブルの上で、酒で湿らせた指で碁盤の目を書いた。

 何かなと思っていたら、そこへ魚の絵を描き加えてきた。

 それで初めて釣りのための網のことと推察できた。


 思わず絵を描いたルンバを見つめて少し頭を傾げた。

 可愛い女の子がそういう仕草をすれば需要はあるのかもしれないが、いい年をした男がそんな可愛い仕草をしても意味はないと言われそうだが、ルンバはうんうんと大きく頷いて見せて、「ニャックニャック」と交換という言葉をつぶやいた。


 そこで「あっ!」と思い至った。

 靴を作るために、先の尖った千枚通しもどきが必要となり、生の鳥の骨をゲットするべく鳥用の罠とするため、釣り用の網を交換してもらっていた。

 ルンバににっこり笑って『うんうん』と頭で肯定する。


 ルンバは、親指を自分の胸に向け、反対の手でテーブルに描かれた網の絵を指差した。


 ルンバの言いたい事は分かったと知らせるために、少し大げさに驚いてみせにっこりと笑った。

 あの網はルンバの網だったのかと。

 ルンバは話が通じたことが嬉しいのか、どこか得意げな顔をしている。

 ガタイは大きいが、その様はなんか子供っぽくてちょっと可愛い。


 続けてルンバはテーブルに複数の魚の絵を描いた。

 その絵を指差して俺を顎で指す。


 何故か奇跡的にあの網で何を獲っているのかと聞かれたのが分かったので、自分も指を酒で濡らし鳥の絵を描いた。

 その絵を見たみんなは、俺が冗談を言っているのかと大声で笑った。

 サンバなんて笑い過ぎてなかなか笑い声が止らない。


 だが、本当に鳥を獲ってるのだと言葉で説明できないので、一旦説明する事を諦めて、ルンバを指差し、続けて魚の絵を指差した。

 ルンバは3匹描かれている魚の左と中央の絵を指した。

 はっきり言って上手な絵ではないので、魚だということは分かるが、それが何の魚かまでは分からなかった。

 もし、ルンバの絵が上手であっても、この世界の魚はあまり知らないので結局はわからなかっただろうと思いつつも、感心した様に少し大きめに口を広げ、少し後ろに反って見せた。


 ルンバはうれしいそうな顔をしてこっちの背中をバンバンと叩く。

 チャチャといい、ルンバといい、この世界の男は何かあると他人の背中を叩くのが習慣なんだろうか、だとしたらなんとはた迷惑な習慣なんだろうと心の中で独り言ちした。なぜなら背中をバンバンと叩く力は相当に強い。結構痛いのだ。


 その後、話は通じたり、通じなかったりしたが、酒が回るほどにみんな陽気になっていき、話が通じないことなど気にならなくなり、一緒にいることこそが楽しいという気分になってきた。

 それからみんなで少なくとも4杯づつくらいエールを飲んだ頃、チャチャが飲み潰れそうになったので、それを機にその夜はお開きとなった。


 家への短い距離を歩きながら、明日も彼らと一緒に飲もうと心に決めた。

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