それから
気づくと、そこは数年前パソコンの画面で砂嵐が起こる前のソーシャルゲームの中のコミュニティ画面を見ている自分に気づいた。
画面の中では、ももちゃんのアバターが動いている。
ごんさんと、みぃ君と自分のアバターは椅子に座ったまま、眠っている。
このゲームでは、一定の時間、アバターを動かさないと、その場に座って眠るという動作をする。
今回の様に、元々椅子に座っていたら、座ったまま眠るのだ。
PCの置いてある自室のデスクの横に、小さいけど3面になっている鏡が置いてあるので、その扉を開いて自分を映してみた。
あの世界へ飛ばされる前の自分だ。
あの世界で数年過ごす前の中年ではあるが、さっきまでりんご亭で暮らしていた時よりはかなり若い顔。
画面の中のももちゃんのアバターが動くのを止めていないのを確認しつつも、まず、自分の部屋から出て、台所と居間を覗いた。
お父ちゃんと呼んでいる夫は、どちらの部屋にもおらず、夫の趣味の部屋の一人用のソファに座ってヘッドフォンを使って大好きなジャズを聴いていた。
「ん?どうした?」と顔をのぞかせためりるどんを見たお父ちゃんは、いつもの様に穏やかに聞いてきた。
どうして良いか分からないめりるどんは一瞬固まってしまったが、お父ちゃんの怪訝そうな顔を見て「何でもない」と答え、また自分の部屋へ戻った。
ももちゃんのアバターはまだ動いている。
徐にマウスを取り、動かすと、自分のアバターが動き始めた。
ももちゃんのアバターが走り寄って来て、「めりるどん、戻って来たの?りんご亭って知ってる?」などとアイコンの上に吹き出し状に出て来るチャットで聞いて来た。
このゲームでは会話は文字だけなのだ。音声でやり取りができないので、吹き出しとしてアバターの上に現れる文字を見るか、画面の左下のコメントの履歴を見るしかない。
「ももちゃん!ももちゃんもりんご亭を覚えているのね?」
「うん。さっきこっちに戻って来て、体とかは数年前のままで、部屋の中も変わったところがないの。でも、あっちの世界のことはちゃんと覚えてるの。ほら、私独り暮らしだから、誰かに確認する事もできなくて・・・」
「待って、私も同じ感じなんだけど、お父ちゃんが家にいるから、ちょっと確認してくるね。すぐ戻る!!!」
「うん」とももちゃんが返事をする前に、めりるどんはまたお父ちゃんの趣味の部屋へ急いだ。
「どうした?」と怪訝そうな顔で、ヘッドフォンの片方のイヤパッドを片手で耳から少し離したお父ちゃんが、めりるどんを見た。
「私、ずっと部屋にいた?」
「うん。ってか、部屋まで見に行ってないけど、夕飯の後はいつもの様に部屋へ籠ってたみたいだから、部屋にいるんだと思ってたよ?」
「今日は何月何日?」
「ん?12月2日だよ」
「何年の?」
「2021年の。って、どうしたの?」
「ううん、何でもない。ありがとう」と慌ただしく自分の部屋へ戻っためりるどんは、落ち着きなく動いているももちゃんのアバターに向けて、「私たちがあっちに飛ばされた日のままだよ、こっち。今、おとうちゃんに確かめて来た!」と矢継ぎ早に報告した。
「えええええ。そうなんだ。」とももちゃんのアバターが返すと、突然、みぃ君のアバターも動きだした。
そして、最後に数分経ってからごんさんのアバターも動き始めた。
「みんな!りんご亭って知ってる?」とめりるどんが聞いた。
「「うん」」と男性陣2人のアバターが答えた。
「私、りんご亭にいる時、黒服の兵隊が来て、どうやら殺されたみたいなんだけど、すぐにこっちに戻って来たみたいで、今、家の父ちゃんに聞いたら、あっちに飛ばされる直前と同じ状態に戻ったみたい」
「やっぱりかぁ。わても、家のに確認したら全然時間が経ってないみたいだったし、わても黒服にやられたと思ったら、PCの前に座っとったわぁ」
「俺は黒服にはやられなかったけど、死んだらこっちに戻ってた」とごんさん。
「私が一番初めにこっちに戻って来たんだけど、その後、数秒後に、めりるどん、その後2分くらいかな?みぃ君、ごんさんの順でアバターが動いたので、もしかしたらこの順番でやられちゃったのかもね~」とももちゃんのアバターが大げさなモーションをしながらみんなの注意を促した。
「何年もあっちに行ってた感じだったのに・・・」
「うん、それはわても思った」とみぃ君が、めりるどんに同意した。
「これって、全員が同じ夢を見てたってことかな?」
「いや、ごんさん。多分だけど、これはラノベによくある展開の異世界転移で、こっちにある自分たちの体が影響受けない一瞬の間だけの転移とかなの様な・・・。でも地球と異世界の時間軸は長さが違うっていう感じかなぁ」とももちゃんが無責任な分析を披露した。
「まぁ、それが正しいかどうかは分からへんけど、みんなりんご亭の記憶があって、大まかな記憶も同じやったから、その可能性は高いと思う。めりるどんところも、あの飛ばされた日から1日だって経ってないって家族に言われたんやろう?」
めりるどんが頷くと、「わてもや。で、一人暮らしのごんさんやももちゃんは、今は夜中だし、スマホやテレビをつけて日付や時間を確認することしかでけへんかもしれんけど、わてらと同じやと思うから、みんなあっちで死んだから、こっちへ戻って来たってことだと思うわぁ」
「だね」とラノベ大好きコンビのみぃ君とももちゃんの意見が一致した様だった。
「あっちで何がどうなったのか、知らないと思うから、俺から知ってる事について話すな。」とごんさんがみんなの願いに応える形で、3人の死とその後について話してくれた。
「まず、ももちゃんとめりるどんがりんご亭を接収したい軍に狙われたんだ。ゴルミ副隊長に聞いたんだが、貯め込んでいる金も含めて狙われていて、外国人なので全てを接収した後に俺たちの国がしゃしゃり出て来て揉める事を避けたいっていう的外れな指令が原因の様だった」
「うわぁ、そんな事で・・・・」とめりるどんが絶句した。
「ゴルミ副隊長って赤服のだよね?なんで黒服の内情を知ってるの?」とももちゃん。
「ボルズリーの国が亡くなって、赤服の何人かはそのまま帝国の警察的な職を引き継いでて、ゴルミも引き継いだから、ある程度の内情に触れられたらしいよ」
「うわぁ、国って敗れると国民は敵国にでもおもねらないと生きていけなくなるのね」
「そうだねぇ。でも、私たちみんな、こっちに無事帰ってこられて良かったよ」とめりるどんが慰めた。
「で、王様はどうなったの?」とめりるどん。
「何とか隣の国に逃げ延びて、一旦は客人扱いされてたけど、帝国に睨まれたくない近隣諸国の思惑もあって、早々に隣国からも出てしまって、今は行方不明だ。」
「うわぁぁ。」とめりるどんのアバターが大げさなアクションで後ろにひっくり返った。
みんなこっちに帰って来られてホッとしたのと、直前にあっちでは死んだらしいのに死に際の痛みなどの直接的な記憶が欠如している事を確認したりしている内に、少し落ち着いてきた。
「だいたい、こんな感じだ。りんご亭は帝国の子飼いの商人に下げ渡され、芸能プロダクションは男性タレントはみんな身を隠し、女性タレントは黒服の餌食になったみたいだった。」
「うわぁ、エグイ!」とももちゃんは怒りを隠そうともしない。
それはそうだろう、手塩にかけて育てたビジネスなのだ。武力で美味しいところだけ取って行ったり、大事に育てて来た人材をいたずらに弄んだ相手に怒りを覚えないはずはない。
それを聞いて被害にあった女性タレントや女性社員の事を想いめりるどんは歯を食いしばり、握りこぶしを握ったのだが、画面のこっち側の話しなので、アバターしか見えない画面の中では無言で動かないアバターが立っているだけだった。
「軍のない国やったからなぁ。民を守る事もでけんかった。民は悲惨だったでぇ。」というみぃ君の一言で、また長い沈黙が続いたが、
「とにかく一度落ち着きたいから、俺、落ちるわぁ。」とごんさんが言うと、「「私も~」」、「わても」とアバターをモーションでさよならと動かした途端、また全員の画面に砂嵐が舞った。
「「「「えっ!?」」」」
気づくと4人ともが土を固めた細い道の上に立っており、戦国時代の様な着物を纏った供を連れた女性や、侍の様な頭をした丈の短い着物を着た人たちが歩いているのを眺めた。少し先には「茶屋」という文字が染められた布が軒先にはためいている掘っ立て小屋みたいなものが見えた。
4人は揃って「「「「NOOOOOOOOoooooooooo!!!!!」」」」と叫んだ。
拙作をお読み頂き、ありがとうございました。
初めて書いた作品で、小説を書く難しさを痛感しました。
感想を寄せて下さった方、誤字脱字を教えてくださった方にもspecial thanksです。ありがとうございました。
本文には関係ありませんが、別ページで後書きを書いています。
よろしければお読み頂ければ幸いです。