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王都でのりんご亭の面々

「ごん様!」

 シンの家の戸を叩いてしばらくしてからシン本人が扉を少し開けて、外にいる人物を確かめた後、何の憂いもないかの様に大きく扉を開けてごんさんを中に招き入れた。


「よく、ご無事で。問題なく王都へ入れたんですね」

「ああ」

「チッチはなんとかごん様の所へ行き着けたんでしょうか」

「問題なくグリュッグまで来れた様だったよ。直ぐに事情を話してくれたが、王都への出入りが厳しいと聞いたので、少し時間をあけてから王都へ戻った方がいいと思ってな。で、王都入りが今になったんだ」

「そうだったんですか。何はともあれチッチさんも無事な事が分かって良かったです」


 ごんさんはチッチがシンたちに借りたお金と王都が占領されてから以降の給料分と更にいくばくか余剰分の硬貨の入った小さな巾着袋をテーブルに置いた。

「それは何ですか」

「チッチが王都を抜け出すために借りた金と、最後の給料から今の分までの給料だ」

「え?でも、りんご亭はあいかわらず黒服たちに接収されたままで、私達は仕事に行ってないですよ」

「そうか。りんご亭の今について色々教えて欲しいのと、りんご亭が接収されたままならば、今後は、りんご亭を畳む事になるので、この袋の金の一部は新しい仕事を見つけるまでの支度金も入ってるんだ」


「そうですか・・・。やっぱりりんご亭は閉められますよね」

「そうだな。営業が出来ないのにずっと給与を払う事は難しいしな」

「分かりました」

「この後、ボルゲ達の家も回って同じ様に最後の給料を支払おうと思ってるんだ。後で、それぞれの家を教えてくれないか」

「もちろんです」と、シンがすぐに了承してくれた。


「で、りんご亭や女性従業員とか、ももちゃんとかめりるどん、芸能プロダクション関係者についての現状を教えてもらいたいんだが」

「・・・・・。もも様とめりる様については、私らもチッチの話でしか聞いてないんですが、その後、王都で見かけたという話は聞いてないです」

「女性社員たちは?」

「黒服たちの為に毎日りんご亭に詰めてます。その・・・・宿の管理だけじゃなく、いい様にされてるらしく・・・・本当は俺らが行って助けてやらなければならないんだけど、武器すらないし…本当に情けないっ!」と段々と激高して来たらしくシンの話し方が少々乱暴になって来た。


「そうか・・・・。ある程度想像はしていたが・・・・」

「街中でも見目の良い女は黒服が勝手に拉致して来て、自分たちの良い様にしてるみたいですね」と吐き捨てる様に言うシンだが、目は床を見ている。

 帝国軍の横暴に対して立ち上がる事も出来ないのが後ろめたいと同時に、自分たちの国の女を守れなかったということで悔しい思いと、きっとその両方なのだろう。


「ミルやスーラもですが、芸能プロダクションの女性タレントたちも同じ目にあってますよ。あの娘たちは、それだけじゃなくって黒服の前でよく歌を歌わされたり、ダンスすることも強要されてるみたいですね。まぁ、さっきも言った通り、一般の市民でも見目の良い婦女子は黒服の慰み者にされてますから、りんご亭だけの話ではないんですけどね。」

「そうか・・・・」

「男性タレントの方は、ライアが最初に黒服に捕まって女に媚びを売る男なんて下種の下種だとか言われて、広場で公開処刑の様に嬲り殺されてからは、残りの男性タレントはすぐに姿をくらましました」

「・・・それは・・・命の危険があればそうなるだろうな」

「それからは、男性タレントの方は殺されたという話は聞いてないですね」


「あと・・・」と遠慮がちにシンが続けた。「家の事業とは関係ないんですが、職人が大勢拉致され帝国本国へ連れて行かれたみたいです」

「ん?帝国の職人技術はこの国より低いのか?」

「分野によりますが、ボルズリーの方が一般的には技術は上ですね。戦後、帝国の技術に追いつけ追い越せでうちの国も頑張って来たので・・・・」そう言うと、シンの目は左右や上や下へと忙しく動いた後に、じっと床の一点を睨みつける様に止まった。

「戦争に負けるとこんな目に合うんですね・・・・」とシンがしばしの沈黙の後、声を発した。

「そうだな。まぁ戦争といえる様な戦争ではなかったみたいだしな」

 シンはぐっと拳骨を握って体を震わせながら情けなさを堪えている様だった。


「俺の国も、軍を持たない国だった。いや、恐らく今も正式には軍を持っていないだろう。80年前の戦争で負けてから、法律もその戦勝国が作ったものを押し付けられ、軍を持てない国にされたから、ボルズリーの事は他人事ではないんだよな」

「え?ごん様たちの国にも軍隊はないんですか」とシンは驚いた様に目を見開いた。

「そうだ。まぁ、実際は外国語に訳す時は正式名称で言っても通じないので、結局は軍って訳しているので、実際にはあるんだがな。国内の道を移動する時も、一般の人が優先になるくらいで、実際に戦争が起こったら戦場まで移動するのに苦労するレベルだな。しかも、法律に違反している存在だなどと後ろ指を指してる者も少なくない」

「え?国を守ってくれているのに後ろ指を指されているんですか?」


「そうだな。災害が起こった時は救助なんかでありがたがられるけど、本来の国を護るっていう意味での存在は半分否定されてる感じなので、ボルズリーで起こった事は十分俺たちの国にも起こる可能性はあるんだ」

「ボルズリーみたいな国が他にもあったんですね」

「ああ、信じられないだろ?でも、あるんだよな。外国から押し付けられた法律を自分たちで変えようとすらしない国だからな・・・」


 シンとごんさんはしばしお通夜に参列している人たちの様に無言で下を向いて歯を食いしばった。


 その後、二人はボルゲの家まで行き、これまでの給金を渡し、女性たちの家に行くかどうかを3人で話し合った。

 スーラは黒服たちの毒牙にはかかっていないらしいのと、ある程度の年齢なので落ち着いて話せるだろうと、まずはスーラの家に行き、女性社員の事についてスーラに相談する事にした。


 スーラの答えは「そっとしておいてやって下さい」だった。

 現在進行形で黒服たちにもてあそばれている女性社員たちは、ごんさんたち4人や、男性社員たちにあの時助けてもらえなかったという気持ちがどうしても根底にあり、今更顔を出されてお金を貰っても悲しい気持ちがより強くなったり、恨みが再燃するだろうとのことだった。

「もちろん、彼女たちとて旦那様たちのせいでないの事はよく分かっているんですけどね、もも様やめりる様があれから姿を見せられていないので、自分たちを置いて逃げたのではないかと思っている様です」と言われ、チッチから聞いた話をせざるを得ないごんさんの顔は暗い。

「そうだったんですか・・・1階の廊下の血だまりが相当大きかったのと、2か所だったから・・・もしやとは思っていました」とスーラはある程度予想していたらしく、びっくりしたという感じではなく、自分の予想の裏が取れた的な感じだった。


 どっちにしても女性社員の方は、汚されてしまった自分を前の同僚や雇い主に見られるのも別の意味で屈辱に感じるだろうというスーラの意見を参考に、ごんさんは、スーラ経由でミルやルルたちのこれまでの給与を渡してもらう事にした。


 ただ、これをごんさんたちが渡したと教えず、スーラが掃除していた時にももちゃんかめりるどんの部屋に隠されているのを見つけて、給料をもらっていない代わりにそのお金を女性社員で分ける事にしたという事にしてもらう事にした。


 女性タレントの方は、帝国軍が直接管理している様で、スーラたちもあれから顔を見たりはしていない様だった。


 多勢に無勢なので、りんご亭の男手だけで彼女たち全員を救う事は無理だ。

 本来なら国が、軍が守るべき者らを一般市民数人が守る事など無理なのだ。

 数は力なのだ。

 武器は力なのだ。

 訓練されている軍を相手に1人2人が立ち上がった所で、何もできないまま殺される姿しか思い浮かばない。


 スーラからはもう一つ芸能学校の方の話も聞きだす事ができた。

 タレントの卵たちはすぐに姿をくらまして黒服の手から逃れたが、衣装づくりの生徒たちは、その裁縫の技術に目を付けられ、今、黒服たちの制服を縫わされたり、補修させられたりしているそうだが、扱いそのものは普通の扱いなのだそうだ。りんご亭の女性社員の様な酷い有様にはなっていないそうだ。


 黒服たちは今猿酒を造っているところを探しているらしく、スーラたちにも色々聞いて来たが、仕入れ先はももちゃんたちが一手に管理していたから知らないということで通しているらしい。

 ただ、最近は王都中を調べて猿酒を造っている酒蔵がない事を確認した黒服たちから、王都の外に酒蔵があるはずだという意見が出ており、探索の手を広げようとしているらしい。

 グリュッグやザンダル村へ奴らの手が伸びてくるのもそう遠い時期の事ではなさそうだ。


 ごんさんは、りんご亭の裏庭に植えたりんごの木が大きくなる前に、りんご亭を失う事になるとは・・・と思いながら王都を後にし、グリュッグへ向かった。


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