占領
ももちゃんとめりるどんの体は二人の意識が消えた段階でその場から消えてしまった。
黒服の兵士たちは慌てて、すぐ横の左右の部屋の扉を開けて、彼女たち二人がどこへ消えたのか調べようとしたが、結局二人の姿は見られなかった。
「魔女じゃないか?」
「気持ち悪い。なんだこれ?」
黒服たちも当然あるべき遺体が2体も目の前で消えたので、慌てまくっている。
ももちゃんが倒れたところにも、めりるどんが倒れたところにも血だまりは出来ているのだ。
だが、肝心の遺体はない。
「とにかく、この階に他に誰かいるかどうかまずそれを確認しろっ」と、命令を発しなければならない立場にあった小隊長が部下へ指示すると、何人かがすぐさま1階の残りの部屋の扉を開け、中に誰もいないことを確認しはじめた。
それでも2~3人の黒服は気味悪げにももちゃんとめりるどんの居た場所を凝視して一歩も動かずにいたのだが、とうとう小隊長が「お前ら、気味が悪いのは全員同じだ。とにかく動け!上の階の客とかも追い出して、ここを接収する。従業員が出て来たら、料理を作らせろ!」と矢継ぎ早に唾とともに命令を飛ばして部下を動かしにかかった。
小隊長の次にエライのか、黒髪の黒服が、少数の黒服に細かな指示をだし、2階と3階の宿泊客らを無理矢理宿から引きずり出し始めた。
2階と3階に宿泊していた客たちは、黒服たちが階段を上ってくる一足先にチッチによってたたき起こされていた。
「黒服が襲って来たっす。みなさん、逃げるっす」と言いながらチッチは一部屋一部屋扉を叩いて回ったが、黒服に守ってもらっていると思っているボルズリーの国民と同じ様な考え方をしていた冒険者たちはすぐには事態を飲み込む事ができず、また、眠気からベッドに座ってボーっとしている者も結構いたのだ。
無事逃げおおせたのはせいぜい3人だっが。
チッチも自分の命が惜しいので、ボヤボヤせず、一通り宿泊客を起こし、警告を発してからは、3階の扉を使ってテラスへ出、そして中庭側の階段を下りて、そっと裏門から外へ出た。
ぐずぐずとベッドの上に座り込んでたり、半分寝ぼけてまだベッドに寝転がっていた宿泊客は、足音も荒く階段を上って来た黒服に「本日よりここは帝国軍の駐屯基地の一つとする」と宣言され、一般人はこの建物に一歩でも足を入れる事が禁じられ、荷物を纏める事もできず、そのままりんご亭の外へ追いやられた。
「おはようございます~」と、朝のいつもの時間になると、今日はいつもの時間に、家族の朝の仕度を終えたスーラが出社して来た。
朝食は前の晩に料理人が作っておいたスープ等を女性陣が当番制で早めに出勤し温め直し、フルーツをカットしたりして、客に出すのだ。
今朝は、スーラが当番だった。
裏口からりんご亭に入るなり、調理場に黒服の兵隊たちがおり、前の日にボルゲが用意していた客の朝食用の鍋を取り囲んでいた。
「あのぉ。どちら様ですか?」と遠慮がちに聞いてみたが、彼女の問いには答えず、「お前はここの従業員か」とキツイ目をした黒服の若者が数歩スーラの方へ近づいた。
剣呑とした雰囲気を纏った黒服に、スーラは数歩後ずさった。
「ここは我が軍が接収した。今後は、我が軍の兵の為に働く様に。まずここにいる兵士に朝食の用意をしろっ」と強く言われたが、「あのぉ。手前どもの主人はどこにおりますでしょうか」とまずは状況把握に努めようとスーラは質問をしてしまった。
「早くしろ」とサーベルを腰から抜いてスーラの鼻先に突き付けて来たのは、先ほどの目のするどい黒服だ。
「ひっ」とスーラは更に数歩後ろに下がったが、そこは壁だった。
「お前たちの主人はここにはもういない」と例の黒髪の黒服が言うと、他の黒服たちが、何がおかしいのか大きな声で笑った。
「お前は、俺たちの言う通りに動けばいんだ。役に立たないなら切り捨てるぞ」と脅しをかけられて、スーラは客用に用意されていた朝食を調理場と食堂に居た黒服の人数分だけ用意した。
まだ中年のスーラの扱いは脅されただけだったので良かったのだが、若いミルとルルは、出社して来たと同時に、黒服たちに良い様にされてしまった。もちろん、宿の機能を失わせないために、掃除等もやらされるのだが、どういう風に扱っても良い人間としてしか黒服たちの目には映っていないので、多勢に無勢で複数の黒服たちの慰み者にされてしまった。
隊の男たちの相手を一通りやらされた二人は、あまりの事に床に座り込んで壁に背をもたせかけ、声も出さずに泣いていた。特にミルは呆然自失の呈で、傍から見ても尋常ではない精神状態なのが分かるというものなのだが、「給仕しろっ!」と黒服の1人から顔の横に向かってコップを投げつけられた。
それでもミルは呆然としていて動かなかった。いや、動けなかったのだが、早く食事を摂りたい黒服の1人が「おい、さっさと給仕しろ」と明確にミルの体に向かって物を投げつけた。
ミルも、乱暴されたショックから茫然自失な状態になってはいたのだが、物を投げつけられ体に当たれば、痛いという感覚はそんな時でもしっかり感じてしまうのだ。
2つ目に投げられた物が当たった後には、ぐずぐずとしながら立ち上がり、夕食の給仕を始めた。
もう、彼女たちを守ってくれる雇い主も、そしてなにより国すらもないのだ。
どんなにショックでも、どんなに嫌でも、死ぬのが嫌なら、痛いことされるのが嫌なら、どんな理不尽な事でも聞かないと、容赦ない扱いをされてしまうことを今日一日で嫌という程学んだのだ。
命からがらりんご亭から逃げたチッチは、調理人のボルゲやシンの家を知っていたこともあり、真直ぐにりんご亭から近い方のボルゲの家へ行った。二人に何が起こってるのかを伝えるということもあるが、逃げるにしても着の身着のままでは移動もできない。
自分の所持金や貯金は全部りんご亭に置いて来たのだ。
ボルゲに頼み、当座の資金を貸してもらうことにした。
ボルゲは、チッチがごんさんに会いに行くと言ったので、すんなりと軍資金を融通してくれた。
その後に二人でシンの家に行き、シンが出社する前に無事捕まえる事ができた。だが、女性陣は出社時間が早い事から行き違いになってしまったのだ。
「あっしはめりる様に言われて上の階の客を逃す様に走り回っていたので、お二人がどうなったのかは知らねぇっす。でも、上の階にいても、音は聞こえていたので・・・・多分、お二人はもう・・・・」とチッチが言ったこともあり、シンやボルゲも女性陣が心配ではあるが、今すぐ何の手立てもないのにりんご亭へ行くという考えはなかった。
王都は厳戒令が敷かれているわけではないので、街中を歩いている人もいないわけではないが、異様な雰囲気に気づいている住民等は固く扉を閉ざして、家から出ようともしていないので、道行く人の数は極端に少ない。
「あっしは、ごん様に事の次第を伝えようと思うっす」
「そうか」
「あんた達も無理をせず、命を大切に」と普段のチッチからは想像もできない台詞を残し、チッチはシンの家を出た。
「俺らがりんご亭に行っても、何にもならない。俺は衛兵の所へ行ってみるよ。なんて名前だったっけ?ほらドンパ事件の時に力になってくれた・・・」
「ゴルミ副長?」とボルゲが答えると、「そう、その人だ。俺ちょっと行ってくる」とシンが家を飛び出した。
シンの家なのだが、ボルゲが留守番役としてそこに残った。