乱入
王都はあっさりと、殆ど抵抗らしい抵抗もなく陥落した。
朝早くの出来事で、王都の民の殆どが気づかない内にだ。
それでも仕事を始めていた民もいた様で、数人は何が起こったかについては分からないまでも、何かが起こっているのは分かった者もいたが、それに気づいて家に引っ込んだ者はその命を長らえる事が出来た。態々、様子を見に黒服の目に入るところまで移動した者はその瞬間にこの世を去った。強制的にだが・・・。
こと切れた門番らが門の横の地面に積み重ねる様に放置され、固く扉を閉めた門の前に相当な数の黒服が整列している。
実は、他の王都の門も同じ様な状態なのだが、この東の門の前には小さ目の広場の様な空間があるため、王都の門を潜った南方面軍第2軍に所属している黒服が終結しているのだ。
他の門の前や、この王都の中央広場、もちろん王城の前にも他の黒服軍の兵士が整列しているはずだ。
全ての黒服兵は王都の中に入っており、今日、この町の門を開けるつもりは帝国軍にはない。
つまり誰一人王都の外に出すつもりもないし、誰一人王都の中へ入れるつもりもない。
王都の全ての門を管理下に置き、人の出入りをコントロールすれば、今の王都の状態を他へ伝えられ、万が一にも援軍などが来ては面倒だからだ。
王都の全ての門は黒服によって固く閉ざされているのだ。
それにしてもあっけないものだった。
元々黒服は一度に大勢でなければ、普通に王都に入れるので、敵意を隠して王都の門の中に入ってしまえば、王都を落とす事など容易いことだった。
「中央軍、フェルミ隊長より命があった!貴族は、反抗しなければ全員縛り上げ、城の中に集めろ。反抗する様なら殺せ。殺す時は禍根を残さない様に一族全員を殺れ!金を貯めこんでる商店、大通のバスガ商店、王家御用達のイルガ洋装店だったか?とそれから少数民族が行っている事業とか、力のない国から来てる外国人の店の押収もやれ。」と、ゴルゴン・ド・バル南方面軍第2軍の隊長は、自分のすぐ左後ろに立つ黒服を着た兵士に確認をした。
「はい」
「相手が少数で全員の口を塞ぐことが可能な場合は、躊躇なく殺れ!この襲撃が終わった後、他国からチャチャが入ったらややこしくなる」
「分かりました」
「王城の中を隈なく探せ。王が居たら殺さず、中央軍の隊長の前に連れて行け」
「「「はい!」」」
「王妃や王子たち、側妃たちまで纏めて王家の者は全員だ」
「「「はいっ」」」
目の前に立つ兵士が直立不動のまま、声を揃えて答える。
それに満足そうな笑みを浮かべ、「王城へ行く者は我に続け!」と言い、馬に乗って王城へと馬の首を向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガタっ。ヒヒヒヒーーン。かなりの数の馬と人がこの宿の前に現れた様だ。
ついさっき起きて、朝食のために身支度をしていためりるどんが、騒音を不審に思い、中庭に面している自室から通りに面した元ごんさんの部屋へ移動し、窓から外を覗いてみると、軍人が山ほどいる。
赤の制服ではなく、黒の軍服の方だ。
しかも、彼らは一様に殺気だっていた。
なんだろうと首を傾げて、別の部屋にいるももちゃんに知らせようと体の向きを変えたところ、乱暴にバターン、ドーンと1階の階段裏、スタッフの居住区と階段スペースを分けている壁や木戸を複数人で蹴ったり、何かをぶつけている音が聞こえる。
「ハンマーを持って来い!」という声まで聞こえる。
外へ駆けていく足音も聞こえたし、すぐにハンマーを使ってこの戸や壁は打ち破られるだろうと焦っためりるどんは、廊下へ戻ろうとすると男性の声が聞こえて来た。
「ここはりんご亭っす。どなた様っすか。今日は満室なので、お泊りはできないっすよ」と騒音を聞きつけて慌てて出て来たチッチが声を張り上げていたのだ。
ももちゃんの部屋だろう、戸が開く音がして、「どうしたの?」とチッチに声を掛けているのが、騒音の合間に聞こえて来た。
「帝国の軍だ。ここを開けろ!」と壁の向こうから叫ぶ者がいる。
「ここは宿です。この様な乱暴はやめて頂きたい!」とももちゃんが声を張っている。
めりるどんもすぐに元ごんさんの部屋から出て、ももちゃんの横に立つ。
「黒服の軍が大勢でりんご亭を囲んでるよ」と元ごんさんの部屋から見かけたりんご亭の前の様子を小声でももちゃんへ伝えた。
「えっ?何で?」
「わかんない」
「でも、黒服って、この国の軍じゃないし、前からちょくちょく客で来てたよね?」
「うん」という二人のやり取りの間に、戸の取っ手横が破られた。
それを見ためりるどんがチッチに「お客様に何かあったらいけません。あそこのエレベーターを使って上に行き、テラスから外の階段を使ってここから逃げる様に言って」と指示を出した。
チッチは「こっちの方に男手があった方がいいと思いやす。めりる様が上に行きなさったらええ。」と進言して来たが、男性がいると余計に揉めるかもと咄嗟に思っためりるどんは、自分がももちゃんの横にいるから、とにかくチッチは客を逃がす様にと再度指示を出した。
チッチは納得がいかない様だったが、3人が3人とも焦っており、じっくり考える事をせず、強く指示を出すめりるどんに従う事にした様だ。
何にしても、10人以上いる兵隊に年をとったチッチ1人で対応できる訳でもないので、女性が嫋やかに対応した方が丸く収まるかもしれないと思ったのもあった。
めりるどんはエレベーターを動かす為にチッチと奥に行き、普段はベッド用の藁や、テラスで出す料理を乗せる箱型のエレベーターにチッチを乗せ、ハンドルを回す。
最初だけなかなかハンドルが回らなかったが、火事場のバカ力なのか、一度はずみがつくといつもよりスムーズにハンドルを回せた。
ももちゃんが破られかけた戸に向かって、無体な事をするなと話しかけている声を聴きながら、何とかエレベーターが2階に届いたのを見て振り返りかけたら、「お前がここの主人か」という無理矢理壁を壊して乱入してきた黒服と、それに対峙するももちゃんの会話が聞こえた。
漸く振り返った時には、既にももちゃんは一番前に立っていた黒服の剣に切られ、床にうずくまった所だった。
訳がわからず、一瞬固まってしまったが、いずれはあれらの兵士が自分のところへも来る。
歩数にして5~6歩だ。
黒服が何のためにりんご亭に乱入しているのかすら分からない。
誰と交渉すればいいのか。それと、ももちゃんは大丈夫なのか、それを確かめないと焦っている内に、とうとうめりるどんの目の前に、10人以上いる黒服が立ちふさがった。
「おい、お前もここの主人かっ?」と、黒服の1人が怒鳴る様に聞いてきた。
めりるどんは咄嗟に返事をしたら殺されると焦った。
「答えなくていい。あの女と同じ人種なのは見れば分かる。やれっ」と、自分の後ろに立つ黒服の1人に命令を出した。
その途端、めりるどんの目には振り下ろされる剣が見えた。